王の叱咤激励
木陰からユキトが音もなく姿を現す。ユキトもそれ系統の魔法使えたんだな。
「ユ、ユキト様!? お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません!」
アルが深々と腰を折る。
「見苦しくなどなかったぞ。また腕を上げたな、アルバート。今私と手合わせしたらもしかしたら負けるかもしれん」
「そんな! 滅相もない!」
「それで、私に会いに行くと言っていたが、何か用でも?」
「はっ。それについてなのですが」
「ちなみに統括グループ加入辞退は受け入れないぞ」
アルは目を見開き、固まってしまった。先回りされちゃったもんな。
俺なんか比べものにならないほどアルと長い時間を過ごしてきたユキトだ。アルがこうなることくらい予想がついていたのだろう。俺なんか出る幕じゃなかったのかもしれない。余計なお世話だったか。
「私は器では無かったということです。戦場で感情的になり、祖国を危険にさらした。打ち首ものです。ユキト様、どうして私にもっと重い罰を課さないのですか!」
言いながらアルは地面に膝をついた。
「いい加減にしろバカ者!」
一喝。うつむいていたアルが顔を上げる。俺の背がピシンと伸びる。
「アルバート、貴様は王たる私が下した判断が間違っていると、そう言いたいわけだな?」
「いえ、そんなことは!」
「いいか。貴様が信じられないようなら何度だって言ってやる。私はお前に期待している。信頼している。胸を張れ。アルバート並びにミーアと、ギルバートの事情は皆が知っている。あの場面でお前が激昂しても仕方ないということは誰しも理解している。もちろんだからといってあのような冷静さを欠いた行動をとっていいわけじゃない。が、お前はあの場で一人だったか? 違うだろう。仲間がいる。夜霧の者が偶然居合わせたからその者がお前を止めたものの、そうじゃなかったら私たちグレン兵がお前を止めていた。貴様は一人で何でも抱え込みすぎだ。他人に頼ることも少しは覚えろ。仲間を信頼してやれ。人間誰しも間違う。だから皆でカバーしていく。……なんだ、まだそんなしょぼくれた顔をして。しようがないやつだ。今から言うことは他言無用。分かったか二人とも」
「はいっ」
「何言うか分からんけど了解」
ユキトは、地面に膝をついたアルに近づき、跪いてアルに目線を合わせ、その方に優しく手を置いた。
「アルバート、お前をグレン兵のトップに、と推薦したのは、他ならぬグレン兵たちだ。グレン兵たちの総意なんだ。もちろん私の意でもある。先ほどまで部隊長ならびにその部下たちに、アルの任命について聞いて回ったが、皆変更無しとのことだった。お前が考えている以上に兵たちはお前を信用しているのだ。分かったら事務作業に戻る! いいな?」
「は、はいっ! 教えていただき、深く感謝いたします。一層身を引き締め、業務にあたります!」
「うむ」
ユキトは颯爽と去っていった。いい話だったな~。将来はあんな上司のいる会社に就職したい。
アルは膝を折ったまま静かに涙を流してた。空気を読んでハンカチを渡す。
アルは無言でそれを受け取り、目元にあてた。
数分後。
すっかり凛々しい表情に戻ったアルが俺に向き直る。
「感情的になっていた。すまない。変な気遣いもさせたな」
「うんにゃ。俺は何も。ケアしたのはユキトだ。良い王様に恵まれたな、グレン王国は」
「何を今更。ユキト様、我が君こそ最良の王。ユキト様に仕えられることの喜びは筆舌に尽くしがたい。それでは俺は事務所に戻るとする」
「おう。頑張れ」
アルは背を向け、確かな足取りで歩き始めた。
「次は勝つ」
「楽しみにしてる」
振り返らずにシンプルにそう一言。無骨だ。
グレン王国、良い人材が集まってるな。この国の未来は安泰だ。
グレン王国の希望を目にするたび、その正反対、マテリア王国の国情が頭にちらつく。
情報を待つしかない今の状況がもどかしい。いっそ夜霧に加入して俺自身で調べに行きたいくらいだ。
マテリア王国に行くことができれば、ティオの記憶も戻りやすいはずなのに。あと五日間、グレン王国内で記憶を取り戻す手がかりを見つけなければならない。とすると対話ぐらいしかないわけで。
事務所の裏で突っ立ったまま考え込んでいると、不意に肩を叩かれた。
「師匠! 夜の歓迎会の前に稽古つけてもらえませんかっ!」
「だから師匠って呼び方はやめろって言っただろミーア」