記憶の欠片
待つうちに、顔色が回復していくのを見て、一安心する。
はじめてティオが、失われた記憶の欠片を取り戻した。
トリガーになったのは、夢。アレクとクリス。それに引っ張られて、俺との記憶が戻った。
一筋の光明。それが見えた気がする。ティオにかけられた呪い系竜魔法の効果は完璧ではないということが証明された。
記憶の一部を取り戻したことによる後遺症の心配がある。実は今も、このままずっと目を覚まさないんじゃないか、という恐怖に駆られてたりする。
そんな恐怖と戦いながら、二時間。
「う、んん」
「ティオ!? 目を覚ましたのか!?」
「おはよぉカエデェ」
寝ぼけている。俺の名前を呟きながら、顔をぐねぐねこねくりまわしてくる。俺の顔はパン生地か。アンパンマンにでもするつもりか。
「おはよう。心配したぞ。二時間も眠りっぱなしだったんだから」
「んー。あ、そっか、私、思い出したんだ。良かったぁ。本当に私とカエデって、一緒に旅してたのね」
「そうだよ。なんだ、今まで疑ってたのか?」
「だって記憶ないもの」
「そりゃそうだ。よく最初、俺の言うことすんなり信じたな」
「うーん。直感みたいなもの? 本能的に、そうなんだろうなって分かったっていうか」
ティオは出会ったときから勘が非常に良かった。その野性的とも言える勘の鋭さに感謝するしかない。
「ともかく、晴れて疑惑はなくなったってことで」
「うん。この調子で、どんどん記憶取り戻していく。これからも、私の記憶を取り戻すの、手伝ってくれると嬉しい」
まじめな話をしていたせいか、膝枕されていたことを気にもかけないままティオは立ち上がり、座っている俺に手を差し出した。
「何度だって、俺はティオの助けになるよ」
手を握りながら、引かれるようにして立つ。
「ね、ねえ、カエデって昔から、そういうキザッぽいこと言ってたの?」
若干顔を赤らめ、俺から視線を外すティオ。
「ばっ、いや、え、キザッぽいとか、そういうニュアンスのやつじゃないし! 自然に出た言葉だし! だし!」
うわぁさっきの発言反芻すると、確かに口説き文句っぽい。やらかした。
「そ、そう! 自然に出た言葉なら仕方ないわね!」
ティオも混乱しているのかお互い変な雰囲気に。
景色を眺めることで一旦気を落ち着かせる。
「ティオ。もしかしたら記憶を取り戻したことによって体に何か影響が出るかもしれない。今日は部屋で安静にしてた方がいいよ」
「そうする。もしこれで何の影響もなかったら、さっきみたいに、少しずつ記憶を取り戻していきたい」
「無理するなよ。かなりキツそうだったし」
「大丈夫。あのくらいなら全然耐えられる。早く、私は思い出したい。カエデとの記憶」
「なんで俺の限定?」
「ちがっ! だって、最初に思い出したってことは、私にとって大事なことだったからだろうし、その、深い意味とかないからっ」
「お、おう。そうだな」
またもおかしな空気になりかける。どうなってんだこれ。
「じゃあ、私は部屋に戻るね。仮眠? とったせいで身体ダルいから、また寝ようかな。運が良ければまた記憶に関連した夢見れるかも」
「夢に出てきた人や物に関連させて記憶を引っ張り出すの、有効だって分かったもんな。一人で戻れるか?」
「もちろん。竜魔法使って帰る」
「安静にしてろよ」
「分かってるわよ。それじゃあまた夜に」
強化魔法を使い、青いオーラを纏ったティオは、跳躍して、城へ一直線に向かっていった。
さて。夜の歓迎会まで数時間空いちまった。
稽古もいいけど、その前に話さなきゃいけない相手がいる。
俺は旧物見台から降りて、魔法を使わず走ってとある場所へ向かった。走り込みだ。基礎体力は戦闘において重要なファクターの一つ。ファクターっていう言葉の響きの格好良さは異常。
数十分走ってようやくたどり着く。竜魔法だと一瞬なのに、素のままだとこんなにキツいのか。
訓練場の寮。っその横に併設された小さな一軒家。あいつはきっとそこにいる。
ノックをしたが返事がない。鍵がかかっている。
見上げると、二階の窓のカーテンに一瞬人影が映ったのが分かった。あの長身、後ろでちょこんと束ねられた黒髪。
再度ノック。反応なし。
ほうほう。そっちがその気ならこっちは強硬手段をとらせてもらおうか。
強化魔法を使い、一っ飛びで二階の窓から中へ突入する。
「よっす、アル」
「……貴様。なぜ来た」