思い出さなきゃいけないこと
改めてそう決意する。グレン王国に協力するのもいいけど、俺の第一目標は、ティオの記憶を取り戻すことなんだ。
アルバートの辞令が出るのは六日後。アルバートが軍の統括に就いたタイミングで俺の訓練、指導がはじまるだろうから、それまではフリー。この期間を利用して、ティオの記憶を取り戻す手がかりを見つけたいところだ。
でも、ティオの記憶にまつわるものは、マテリア王国に関わるものが大半。しかし今、マテリアの地を踏むことはできない。さて、どうしたものか。
俺がティオについて知っていることは多くはない。兄妹、アレクやクリスのこと、一緒に旅をしていた期間で知り得たことくらいだ。
「俺は、剣術講座と対伝説竜演習やるんだけど、ティオはどんな仕事するんだ? 昨日、ユキトから聞いてたりしない?」
「うん。昨日言われた。私はユキトの秘書として彼女のサポート、事務作業を行うらしい」
ユキトのやつ、考えたな。ユキト自身の傍に置いておけばティオの安全は保障されるし、人質を目の届く場所に置いておくという意味でも好都合だ。
「それはいつから?」
「六日後だって」
「俺と同じだな。よし、ならこの期間を使って、ティオの記憶を取り戻すために試せること試していこうか」
「試せることって?」
「俺がティオについて知ってることは、一緒に旅をしてた間のことだけ。だから、旅を追体験しようと思う。色んな場面抜粋しつつな」
「なんだかそれ、楽しそうね」
ティオは紅い目を細め、小さく笑う。
「もうちょっと休憩したら城下町をぶらつこうか」
「うんっ。ふわぁ。お腹一杯になったら眠くなっきちゃった」
「そういえば昨日はめちゃめちゃ寝てたな」
「疲れが溜まってたのかも。そうだ、いくつか、夢を見ていた気がする」
「聞かせてくれ」
夢には潜在意識が関わっている場合があると聞く。もしかして、記憶を取り戻す糸口がつかめるかもしれない。
「幼い頃の夢、だと思う。前カエデが言ってた、私の兄、アレク、って人と、なんだろう、私にそっくりで、私の後ろにくっついてくる、小さな女の子。幸せな気分だった。三人で、追いかけっこしたり、お稽古したりしてた」
ズキリと胸が痛む。
ティオに似た、小さな女の子。それはきっと、アレクとティオの妹、クリスだ。
夢に出てきた二人は、もうこの世にいない。邪竜・グレイヴのせいで、死んでしまった。
「多分それ、ティオの兄妹の夢だ」
「じゃあ小さな女の子は、私の妹?」
「そう。クリス・マテリア、だと思う」
「クリス……私の、妹……」
ティオが、頭を押さえはじめた。呪いによる頭痛がきている!
「無理に思い出そうとしなくていい!」
「待って! これは、思い出さなきゃいけない気がするの! 教えて! クリスのこと!」
涙目になりながら、歯を食いしばりながら、必死に耐えている。俺の言葉を待っている。
ティオは、本能的に理解しているんだ。自分にとって、クリスは大切な存在だったのだと。
ティオの頑張りを無駄にしないためにも、伝える。伝えなければ。
「クリスは、邪竜に操られたアレクによって、殺された! 邪竜が復活するのにマテリア王家の人間の血が必要だったから!」
「そう、なのね。もうあの子はこの世にいないのね」
俺は見逃さなかった。
頭痛のせいか、それともクリスのことで悲しんだせいか、涙を流すティオの紅い目が、一瞬、碧に戻ったのを。
「ティオ! 大丈夫か!?」
「少しだけ、思い出した。クリスが亡くなったっていう知らせを受けた時、カエデ、あなたが慰めてくれたことを」
「本当か!? いや、その話はいい! とりあえず思い出すおをやめて休もう!」
ティオの顔色はかなり悪くなっていた。【竜の爪痕】も、赤く発光している。危険だ。
効くか分からないが、回復魔法を試してみよう。
再生の銀光。少しだけ、顔色が良くなった気がする。
ティオは俺の方に倒れ込み、そのまま気絶してしまった。呪いに抵抗したことで身体へ大きな負担がかかったのだろう。
無理に動かすのはよくない場合があるので、ティオが目を覚ますまで、膝枕して待つことにした。