信頼
暑苦しさと、柔らかさで目が覚める。
もう、『ん? なんだこの感触は?』なんて野暮なことは言わない。流石に。だって今までも何回かこういうことあったもん。人間は学習する生き物だ。
そう、今ちょうど寝相的に両手におさまってる柔らかいものの正体だって分かってる。どうせ音波の薄っぺらい胸部であろう。
そう思ったがしかし、手の平に違和感を感じる。この違和感の正体は何だ?
違和感の正体を確かめるべく、一揉み。
「むぅ」
こ、これは! ほどよくめりこむ指! ほどよい弾力!
間違いない。これは音波ではない。
じゃあ誰か。この感触で分かってしまった。分かってしまうのもどうかと思うが。
瞳を開ける。案の定、目の前で覚醒しつつあるティオの寝顔が飛び込んできた。
と、同時に背中に押しつけられる僅かなふくらみ。
「ソーマ。揉むなら私のを」
「結構です。それより音波。なぜティオが俺のベッドに?」
「夜中に寝ぼけて侵入してきた。監視が楽になるから特に追い返したりはしなかった」
「なるほど。じゃあ音波、俺から離れようか。そろそろティオから風神の刃が飛んでくる頃合いだ」
音波からの返事がない。
振り向くと、もうそこには誰もいなかった。音波のやつ、ティオの前では姿を隠す気か。
「カ、カカカカ、カエデ?」
「ここは俺の部屋。忍び込んできたのはティオの方だ。寝ぼけてたんだろう。二人で旅してた時から一緒に寝てたから、本能的なものかもしれないな」
「それと私の胸を揉むのと何の関係が?」
「関係ございません。ひとおもいにやっちゃってください。最後に一つ。恥ずかしそうに顔赤らめながら涙目になっちゃってるティオさんマジてんs」
風神の刃で空を舞うの、これで何回目だろう。もはや楽しくなってきたまである。ご丁寧に窓が開けられてたから、何にもぶつからずふっ飛べたし。きっと音波だ。気が利くなぁ。
城から飛びだした時の風景は新鮮だった。すぐに重力に引っ張られて見えなくなったけど。
強化魔法を使って着地。これじゃ罰にならないだろうけど魔法使わないとワンチャン死ぬから使わざるを得ない。
ジャンプして部屋に戻る。ティオは自分の部屋に戻ったようだ。
日の高さを見る限り、もう昼頃か。どうりで身体が動くわけだ。
寝間着から着替えて部屋の外へ出る。
「おーいティオ。さっきは悪かった。ごめん。準備できたら、昼飯食いにいこうぜ」
そう声をかけると、ほどなくして仏頂面のティオが出てきた。
「お腹空いた」
「良い弁当屋と、その弁当を食う絶好の場所知ってるぞ。強化魔法、使えるよな?」
「うん」
ということで。
昨日ミーアに教えてもらったスタミナ弁当を携え、ティオと競争しつつ旧物見へ。
ちなみに今日一日は俺もティオもオフだ。ユキトの置き手紙に書いてあった。『昨日は色々あったから今日一日はゆっくり休むがいい。夜は歓迎会だ。楽しみにしているがいい』だそうだ。
「ねぇ、競争する意味あったの?」
負けたからか、不満そうに口を尖らせている。
負けていると言っても、ミーアより早かったが。流石ティオだ。この国一番の竜契者、ユキトに負けない実力者だけある。
「身体を鈍らせないために竜魔法使ってかないと。じゃ、ご飯食べますか」
「「いただきまーす!」」
箱を開けたら現れた肉たちに、ティオは顔を輝かせる。分かるぞその気持ち。肉は皆を幸せにする。あ、皆は言い過ぎた。ベジタリアンの皆さんごめんなさい。野菜美味しいです。ほうれん草のお浸し好きです。
お互い無心で弁当を食べた後、のんびりと風景を眺める。
ここは話がしやすい。訓練の音は遠く、風は心地よい。
「なあティオ。昨日、ユキトから話、聞いたよな?」
「……うん。何か私、囮役やるらしいね」
「なんでそんな落ち着いてんだよ。危ない橋渡ることになるんだぞ」
実は俺はまだ安心できていない。安心などできるはずもない。だって、ティオの安全を保障する存在が俺自身なんだから。
「そうだけど、でも、カエデが守ってくれるんでしょ? なら、何も心配することない」
澄ました顔で、当たり前でしょ? と言わんばかりにサラリとそう言い切った。
そういえばティオは、記憶を失う前からずっと、俺を信用してくれていた。信じてくれていた。
そうだ。俺とティオは相棒同士。
「そうだな。任せとけ。俺が必ず守るから、ティオは引き渡しの時寝てていいぞ」
「流石にその状況で寝れないでしょ」
穏やかに笑うティオの横顔に、つい見入ってしまう。
守る。この笑顔を。そして取り戻してみせる。ティオの記憶を。