夜霧からの情報
もしかしてティオの敵は国内にいるんじゃないか、さらに言えば権力争いの結果じゃないか、と予想していたが、当たってしまった。
今まで王位継承争いに参加してこなかったティオが、いきなり次期王と目されたのだ。いざこざが起こらない方がおかしい。
「ちょっと待て。そいつが怪しいのは分かった。でも、なんでマテリア現国王は、急にグレンとの戦争に舵を切ったんだ? せっかく同盟結べたのに」
「まず、最初に頭に入れておいて欲しいのが、マテリアとグレンについて。一〇〇年間、両国で戦争が続いていたのは、ソーマも知ってるよね」
「おう。ユキトの父親が、マテリアと同盟を結ぶために苦労したって話は知ってる」
それが、邪竜によってめちゃくちゃにされたってことも。
「一〇〇年間も戦争してた相手とすぐ仲良くなれると思う?」
音波の声はどこまでも冷静で、感情を感じさせない。
「そりゃ、すぐには無理だろうけど、時間をかけてゆっくりとだな」
「戦争のことを覚えていない次世代が国民の大半を占めればいいけど、今はまだそうじゃない。デレク・マテリアは、最後まで同盟に反対だった。それを支持する人々も、決して少なくはなかった」
「でも、結局現国王が反対派を抑え込んだわけだろ?」
「そう。そのはずだった。明らかにおかしい。国王だけでなく、賛成派だった貴族たちも次々にデレクの言いなりになっている。人が変わったように」
「まさか、洗脳か!?」
「夜霧はそのセンで見てる。でも、これだけ大規模で強力な洗脳を短期間で行うなんて不可能に近い」
「不可能を可能にする……。おい音波。今日、お前も見たよな? ギルバートが生き返ってたのを」
「見た。あんなこと、起こり得るはずがない。幻覚でも見せられてるのかと思った。私たち夜霧は幻覚に対する耐性が高くて対抗魔法も持ってて確かめてみたけど、違った。アレは間違いなく本物」
そっか。心のどこかで、あれが幻であって欲しいって願ってたのだが。あれは、本当にギルバートだったんだ。ということは、きっと、カイルも。
「ソーマ。震えてる。大丈夫?」
「あ、ああ。なんでもない。シルバが、ギルバートから邪竜に似た魔力を感じたって言ってたんだよ。でも、邪竜は完全消滅したはず。文献で、邪竜の竜種とか残ってないか? 仲間や子孫がいた、みたいな」
「残ってない。伝承では、邪竜はグレイヴとイコール」
「でも、やつの仲間が存在していたとしてもおかしくはないよな?」
「そうだけど、ここまでずっと姿を見せていなかったのが、何の前触れもなくっていうのは……待って。あった」
「「邪竜・グレイヴの消滅」」
俺と音波の声が被る。
グレイヴは、初代マテリア王とグレン王によって封印されていた。
「どこかで別の邪竜が封印されていて、グレイヴ消滅をきっかけに封印が解かれた、なんてことはないか?」
「邪竜に関する文献が残ってないから、生態が分からない。だから、何とも言えない。から、探ってみる。後で本部に連絡して情報集めてもらう」
「頼む。邪竜が絡んでいるとすれば、ティオの不可解な記憶喪失にも納得がいく」
「ティオが記憶喪失になった経緯は、こちらでも把握できていない。もしかしたらそうかもしれない」
「結局全部、憶測でしかないか」
マテリア王国の守秘力は相当なもののようだ。情報戦を制すものが戦争を制すと言っても過言じゃない。とすると現在、かなり不利な状況にあると言っていい。
こちらがティオ引き渡しの際、奇襲をかけるという情報は死んでも漏洩させないようにしないと。
「マテリア王国のガードはかなり堅い。夜霧も総力をもって当たる」
「音波に与えられた任務は?」
「もちろん、ソーマとティオの監視並びに護衛」
「またか」
「また。嬉しい」
「俺も、音波がいざって時に控えててくれてるかと思うと心強い。今後も頼むぞ」
「こちらこそ。これから一週間に一度、定期連絡するから夜の時間は開けておいて」
「了解」
「とりあえず今日はここで寝かせてもらう」
「なんで!?」
「大丈夫。ティオの方はシンが見てる。感知魔法もばっちりかかってる。心配いらない」
音波は言いながら、また俺の背後に移動し、抱き枕のごとく張り付く。
「心配いらなくねえよ!? 今まさに別の心配が舞い込んでるんだけど!?」
「大丈夫大丈夫。悪いようにはしない」
「それ確実に悪いことするやつの台詞なんですけど」
「護衛には最適の場所」
「そうかもしれないけど」
「すぅすぅ」
「寝るの早っ!?」
狸寝入りかと思ったが、本当に寝てしまったようだ。きっと、任務の疲れがたまっていたのだろう。
俺も眠くなってきた。音波に起こされなければ本来昼過ぎまで寝ていたはずだったし。俺も寝なきゃ。寝て、竜の細胞を人の細胞に戻さないと。
音波から得た情報を精査する間もなく、俺は睡魔の誘いに乗った。