波乱
「ギ、ギル、なのか? 俺は、幻覚を見ているのか?」
「幻覚などではない。俺は確かにここに存在している。安心しろ。お前に殺されたという事実は、消えていない」
「なら、お前はなんだ?」
「さあな。我が新たな主、マテリア国王にでも聞いてみたらどうだ?」
「何? お前、今、マテリア国王っつったか?」
「そうだ。この場に姿を現したのは、我が主の言葉を伝えるため。攻撃の意思はない。俺を攻撃すればすぐにでも戦争がはじまると思え」
俺を見据えながらそう言う。バレていたか。
「シルバ。奇襲は無しだ。そのまま大人しくしてろ」
『承知』
黒霧による身体機能阻害を魔法で解除していたシルバとこっそりやりとりしていたのだったが、気づかれていたようだ。手練れのギルだからこそ察知できたのだろう。
ギルの視線が俺からユキトに移る。
「グレン国王に就任おめでとう、とでも言っておこうか」
「早く用件を言え」
ユキトは緊張で顔を強ばらせている。俺も、さっきから手足の震えが止まらねえ。死んだはずの人間が、目の前にいるのだ。得体が知れない。
「つれないな。よかろう。では、伝える。『ティオ・マテリアを匿っていることは分かっている。一ヶ月後、国境線にて彼女の身柄を引き渡すべし。さすれば貴国を我が同胞として迎えよう。拒否した場合は、総力を挙げ貴国を我がものとする』以上だ」
「バカな! 宣戦布告しておいて今更何を言っている!」
ケガしていることなど全く意に介さず、喉がはちきれんばかりの大声でユキトが激高する。
「だから、ティオ・マテリアさえ引き渡せば矛を収め、マテリア王国の属国として血を流さず受け入れようと言っているのだ」
「その言葉を信じるに足るものがない!」
「俺は国王の言葉を伝えにきただけだ。信じるも信じないもそちらの勝手。では、俺はこれにて失礼させてもらおう」
上昇をはじめるギル。まだ聞きたいことが山ほどあるってのに、そんなすぐに帰すかよ!
「待てギル! お前、偽物じゃないのか!? まさか、生き返った何て言うんじゃないだろうな!?」
「真実を伝える義理はない。そうだ、少年。カイルが随分貴様に会いたがっていたぞ? 借りを返したいそうだ。律儀なやつだ、あいつも」
そんな。ギル以外にも、カイルまで!?
怖気が走る。今でもやつを夢に見る。やつの高笑いが耳にこびりついている。
新たに明かされた衝撃の事実に、茫然自失になっている俺の横を、誰かが走って通り過ぎた。
「待て! ギルバート!」
アルバートだった。
剣を抜き、空にいるギルを突き刺さんと、切っ先を真っ直ぐ向けている。
「…………アル。お前に話すことなど何もない」
「気安く呼ぶな! この裏切り者が! グレン皇帝に味方し、多くの同胞を屠ってきた罪、この俺が必ず償わせてやる!」
「お前ごときでは無理だ。引っ込んでいろ」
「な、何だと!」
アルバートは怒りで我を忘れているようで、アルバートに近くに控えていた、彼の契約竜と思しき竜に乗り、ギルの方へ突っ込んでいく。
「やめろアルバート! 戦争になる!」
「ギルバート、貴様だけは許さん! 俺の命に代えても、貴様を殺す!」
ユキトの声でさえ、届かない。
ギルバートが応戦しようと詠唱しかけたところで、アルバート、並びにその竜に向かって鎖付きのクナイにようなものが飛んでいき、その身体をぐるぐるに縛る。
鎖に引っ張られたアルバートとその竜は、あっけなく地面に叩きつけられた。
「これは誰の仕業だ! 離せ!」
「哀れなやつだ。ではグレン国王、少年。これにて失礼」
ギルバートの竜は加速し、あっという間に小さな点となり、やがて、消えた。
にわかに騒がしくなる、兵士たちも混乱しているようだ。死んだと聞かされていたギルバートが生きていたこと。提示された条件。
「鎮まれ! 今回の件について、各部署の長と話し合いを行う。明日の朝、決定事項について話そう。それまで各位通常通り過ごすこと。くれぐれも先ほどの出来事を訓練地区の外へ持ち出さぬよう。アルバート。君は我が国を危険にさらした。だが罰則は後だ。ミーアとともに部署長の元へ行き、王室へ向かうよう伝えろ」
「承り、ました」
とっくに鎖から解き放たれていたが、アルバートはうなだれたまま微動だにしなかった。
ミーアに肩を貸してもらい、ようやく立ち上がれたようだ。
「ソーマ。君の治癒魔法で、グランのケガを治せるか?」
「あ、ああ。まだ竜人化は継続しているから、いける」
すぐさまグランに再生の銀光を施す。
瞬く間に空いていた穴が塞がる。
「ありがとう。ソーマ、君にも話し合いに参加してもらいたいのだが、問題ないか?」
「もちろん」
「頼む。竜人化が解けた後は動けないだろうから、使いを向かわせる。自室で待っていてくれ」
ユキトはグランに乗り、王城の方面へ去っていった。
残された兵士たちは、盛んに意見を交わしながらも、それぞれ訓練へ戻っていく。
もう俺の周りには誰もいない。今なら大丈夫だろう。誰にも聞かれないはずだ。
「音波。さっきはありがとな。おかげで大惨事にならずに済んだ」