風雲急を告げる
染まる、染まる。染まっていく。
俺の髪や目の色は、銀色に。ハイネは赤黒く。
身体が軽い。魔力が身体を循環しているのを感じる。高揚感。全能感。
「ふぅぅぅぅうううう! たまんねえぜ、この感覚! きっもちいいいい!」
ハイネは軽々と数十メートルの垂直ジャンプを行いながら、何事か叫んでいた。
「もう仕掛けていいか?」
ハイネは反復横飛びやバク転を繰り返して大いに楽しんでいた。気持ちは分かるけども。
「もうこっちからいっちゃうよーん!」
遊んでいたと見せかけてその実、俺に対するファーストアタックをどうするか考えていたようだ。
ハイネは地を蹴り、弾丸のごとく真っ直ぐ飛び、突きを放ってくる。速すぎるあまり、身体が地面から離れている。
見える。ハイネの軌道がはっきりと。
難なく避ける。避けたと同時に刀の峰でハイネの背中を叩く。
「ぐがっ!」
ハイネはすさまじい勢いでそのまま吹き飛んでいく。
数瞬後、ハイネは何らかの魔法で制動をかけ、止まる。
遙か先に見える背中に向かって、俺は魔法を放つ。
「顕現せよ。契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が元にーー銀光の波」
地駆ける銀色の大波。超高速で迫る銀の衝撃波を避けるのは容易じゃないはずだ。
「顕現せよ! 契約に従い其の力を我が元に! 煉獄の壁!」
赤黒い炎の壁が出現。銀光の波からハイネの身を守り……きれずに、ハイネは宙を舞った。
落ちてきたところで次の魔法を放とう。そう思っていたのだが、ハイネはなんと空中で詠唱しはじめた。衝撃がまだ身体に残っているだろうに。何という根性。
「ーー爆熱旋斧!」
炎を纏ったトマホークが複数、回転しながら迫ってくる。
避けるか。銀竜剣で迎撃するか。跳ね返すか。
「ーー銀鏡の盾」
魔法を跳ね返す盾を他面展開。飛んできたトマホークを全て跳ね返す、予定だったが。
トマホークは盾に触れた瞬間、爆弾のように派手に爆発した。
爆発系の魔法だったか!? これ系統の魔法に遭遇したことがなかったから予想できなかった。
銀鏡の盾はこういう魔法は跳ね返せないのか。
爆風で視界が悪くなる。そのせいで、ハイネの姿を見失った。
俺はすぐさまバックステップし、爆風地帯を抜ける。
「ーー火緋神大蛇!」
爆風の中から、ユキトの契約竜、グランに匹敵するほど大きな炎の大蛇が、猛然と襲い来る。きっと、竜人化していなかったら、ここまでのサイズにはならないのだろう。迫力がすごい。
動物を象っている魔法は、自律するものが多い。きっとこの大蛇も、標的を追い続けるようなもののはず。
断ち切る。俺が最も信頼している魔法で。
「ーー銀竜剣!」
シルバとの物理的距離が近く、且つ竜人化している今。現れた銀色の剣は、計五〇本。今の俺なら、この全てを操ることができる。
浮遊する剣を飛ばし、大蛇を、斬り裂く、斬り裂く、斬り裂く。
そして、俺が大蛇に気を取られている隙を狙って、大蛇の後ろから高速で飛び出して来て、剣による突きを放ってきたハイネに、鞘を返しての抜刀斬り上げでもって対応。
ユキトやミーアと剣術訓練して良かった。おかげでグレン兵特有の鋭い突きに反応できる。
ハイネの剣が宙を舞う。
同時に、残しておいた四本の銀竜剣を、いつでも突き立てられるようにハイネの周囲に配置する。
「そこまで!」
ユキトの雄々しい声が、手合わせの終了を知らせる。
離れたところから耳に入ってくる大歓声。
「は、はは。こりゃ化け物だわ。ソーマ少年、あんた、何者だ?」
ハイネは両手をあげ、降参のポーズをとる。それを確認し、銀竜剣を消して、刀を納める。
「あー、この後ユキトから直々に発表されると思うんだけど、グレン王国で言うところの、銀色の閃光です」
ハイネはなるほど、そういうことかぁ、と、小さく呟き、やれやれと小首を振った。
「竜人化からして、ただもんじゃねえとは感じてた。灰竜とは違う輝き。魔法の属性も特定できねえし。そっか。これが伝説の銀竜の魔法か。ソーマ少年、手加減してだろ」
「多少は。でも、なんとかトマホークには驚いた。俺が使った防御魔法、あれ、本来魔法を跳ね返すんだけど、跳ね返す前に爆発したから」
「へへ。爆発魔法使えるのって結構珍しいんだぜ? 意表を突いたはずなのに、難なく対応されちまった。完敗だ。だけど、まだ、やりてえ。戦闘開始から一〇分くらいしか経ってねえし、二回戦、どうだ?」
ハイネは幼子のように目を輝かせ、手合わせの続行を望んだ。
純粋に戦闘が好きなのか。はたまた上昇志向が強いのか。
「どうせなら竜人化が解けるギリギリまでやろうぜ!」
俺も、少しでも竜人化に慣れておきたい。こういう機会は大事にすべきだ。
「へへっ、そうこなくっちゃなあ! おーいユキト様ぁ! 二回戦やるんでよろしくぅ!」
上空にいるユキトは、了承のサインを出した。
よし、次は別の魔法を使おう。まだ竜人化状態の時に試してない魔法はいくつもある。
お互い背を向け、一定の距離をとるべく離れる。
戦闘予測、初手、それらの思考を強制的に止めたのは、頭に響くシルバの声と、突如出現した黒霧だった。
『主よ! 何者かがそちらへ向かっている! この妙な黒霧のせいで、反応が遅れた! 再生の銀光を使え!』
黒霧が身体に触れた途端、身体機能が鈍ったのをはっきりと自覚した。
「っ! 顕現せよ、契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が元にーー再生の銀光!」
再生の銀光は治癒魔法。解毒等にも効く。これが毒ガスなのか竜魔法なのかは定かではないが。
と、急に霧が晴れる。
グランが、俺のすぐ近くに墜落したせいで。
「ユキト! グラン!」
駆け寄ると、ユキトは唇の端から一筋、血を流していた。
グランはもっと重傷で、右翼の一部がぶち抜かれて穴が空いている。
「ごほっ! わ、私は大丈夫だ! それよりソーマ、侵入者を! 我が警備隊を突っ切って、ここまで深くまで入り込んできたんだ! 速すぎて視認できなかった! ただ者ではない!」
ユキトは血をぬぐいながら、キッと上空を見上げる。
赤黒い、巨大な竜が見えた。竜の頭の上に、竜契約者と思われる人物が乗っている。少しずつ降下しているため、徐々にその顔が露わになる。
あの、グランと同じ体色の竜。あの色からしてグレン王国の竜であることは間違いない。ただ、違和感がある。色が、くすんで見えるのだ。元々そういう色、という可能性はなくはないが、なんだろう、生気が感じられないように見える。
侵入者と目が合った。
生気のない、幽鬼のような顔。
バカな。あり得ない。そんなこと、あってたまるか。
「久方ぶりだな。少年」
死んだはずの、俺がこの手で殺したはずの、ギルバート・グレンが、そこにいた。