手合わせショー開幕
何度見ても、ポカンと口を開けてしまう。それくらい見応えがある。本人たちは真剣そのもの、敵を倒すために訓練しているのだろうが、端からだと映画やアニメのワンシーンに見える。
空中で入り乱れる竜たち。飛び交う魔法。まるでショーのような綺麗な編隊飛行。
限りなく実戦に近い、集団竜魔法訓練。
屋内訓練所の中で最も大きなところは、竜なしの竜魔法訓練所だった。屋外の訓練所は、ここだけだ。
ここ、どこかに似てると思ったら、あれだ。昔写真かなにかで見た、自動車学校内の教習コースに似てるんだ。
パッと見ただけでも砦、平野、山、様々な地形が密集している。戦場を想定しての地形だろう。遠目で見ると砂漠や廃墟のような場所まで。
「どうです? 本格的でしょう?」
「ああ。すげえ」
そんな言葉しか出てこないくらい、目の前の光景に呆気にとられる。
と、上空から、こちらへ向かって降下してくる影が一つ。
「む。あれは第四部隊長ですね」
ミーアが呟くと同時くらいに、巨大な竜が俺たちのすぐ横へ着地する。
くすんだ色の黒い竜。マットブラックというやつだろうか。
竜の背から、中肉中背の是男が飛び降りる。
「そこの少年、空から見てたぜ。尋常じゃない強化魔法だったな。おれっちと手合わせしてくんね?」
明るい茶髪。人なつっこそうな笑み。
「第四部隊長ハイネ、今は訓練中では?」
ミーアが冷静にそうつっこむ。
「そうだけどよぉ。あんなん見せられたらこう、ムラムラっとくるもんがあんだろ。知ってるだろ。うちの隊員は俺含め血の気の多い奴が多い。強いやつとの手合わせは士気向上につながるんだけどなぁ。より一層、訓練に身が入ると思うんだけどなぁ」
両手を頭の後ろで組みながら、流し目をミーアに送る。
「はぁ。ソーマさん、お手数ですが、この不届き者を軽くひねちゃってくれませんか?」
深いため息をつきながら、申し訳なさそうに俺にそう頼む。
さっき一肌脱ぐって言ったばっかりだしな。快く引き受けるとしよう。
「いいぞ。やろう」
「ひゅーうぅ、そうこなくちゃなぁ! ミーアを置き去りにするほどの速さ、楽しみだぜ! にしてもミーア、お前悔しかっただるぉ? スピードには自信あったのになぁ!」
「うるさいです! この方は規格外なんです! 後々分かると思いますが!」
顔を真っ赤にさせてキレるミーア。煽り耐性が低いようだ。
ハイネは上機嫌に笑いながら。片手を上げた。
すると、次々に彼の部隊所属と思われる竜契約者が降りてくる。
兵士たちはハイネを囲い、何事かと問いつめる。
「なんだなんだ何が起こるんだ?」
「お前等もさっき見ただろ? ありえねえ速さで駆けてった竜契約者。そこにいる少年なんだけど、手合わせできることになったんよ!」
「羨ましい! 隊長だけズルい!」
「お前等じゃ荷が重いだろ! おれっちでも通用するか微妙だけどな!」
「いっそボコボコにやられちまえ!」
「ちょ、それはひどいっしょ!」
わいわいがやがや賑やかだ。部隊長と部隊員の距離が近いな。
「なあミーア、グレン兵たちって、全員あんな感じなのか? こうアゲアゲでいくっしょ! みたいな」
「違います勘違いしないでください! 第四部隊は特別ノリが軽い部隊なんです。真逆の雰囲気の隊もありますよ」
「それが聞けて安心したわ」
「しょうねーん! ミーアとくっちゃべってないで、早くおれっちと手合わせしようぜーい!」
見事なウインク。普段から練習しているのだろうか。
そんなやりとりをしている最中に、俺たちの周りにどんどん竜が増えていっていた。他の部隊の人間たちだ。どうなってんだこれ。
「ミーア。なんかギャラリーが増えてるんだけど」
「全く、訓練中なのに! 手合わせの気配を感じたんでしょう。困った人たちです」
こめかみを押さえて頭痛そうにしている。手合わせの気配ってなんですか。私、気になります!
収拾がつかなくなってきた中、喧噪を切り裂く一声が響き、騒がしかった場が、一瞬で静まる。
「何事だ! 訓練中だぞ!」
ユキトだった。
兵士たちはユキトを目にした途端、ピリッと引き締まり、全員が全員、綺麗に腰を折った。
アルバートを伴ったユキトは兵士たちを睥睨したのち、ミーアに近づいていく。
「ミーア。どうしてこんなことになっている」
纏ってる雰囲気がすごい。凄みがある。さすが王様。さすおう。
「はひぃ。あのですね、さっきソーマさんとお昼ご飯食べる時、強化魔法使った駆けっこをしたんです。それで、ソーマさんの圧倒的な速さを上空から見ていたハイネが我慢できなくなってソーマさんに手合わせを申し込んだんです」
ミーア、ビビり気味である。気持ちは分かる。横目で見てるだけでも怖いもん。
「ソーマと駆けっこ……お昼ご飯……うらやまけしからん、けしからんぞ!」
「はい!? そうですよねけしからんですよね訓練中断してまでそんなこと!」
ミーアは混乱しているご様子。俺もだ。けしからん! から前の言葉が小さすぎて聞こえなかったからな。
「で、ソーマは手合わせを了承したのか?」
いくばくか表情が柔らかくなったユキトが俺に向き直る。
「おう。まあいいかなって。士気向上につながるらしいし」
「むう。全く、しようがない奴らだ。ここまで騒ぎになって中止は、興が冷めるだろう。手合わせを許可しよう」
「マジっすか!? ありあとごじゃあすユキト様!」
え、ハイネ、国王に対してその口調!? マジっすか!? パネエっす。
「ハイネ! 貴様、ユキト様への口調を改めよと何度も言っておろうが!」
アルバートが激高している。さもありなん。
「るっせえ引っ込んでろアル! これから楽しい楽しいショーのはじまりなんだ! 久々に滾るぜい!」
うおおおお! とギャラリーの兵士の皆さんも盛り上がっております。その盛り上がりに押しつぶされてアルバート黙っちゃった。かわいそう。
再びお祭り騒ぎになる。それを止めたのもまたユキトだった。
「静まれ! この手合わせ、私が直々に仕切らせてもらう」