プライド
さてさてやって参りました、屋内剣術訓練所。
扉の奥から剣と剣が交わる音、すなわち剣戟音が漏れてくる。
「訓練用の木剣じゃなく実剣使ってるのか……え、マジ? 正気かこいつら? 一歩間違えれば大事故だぞ?」
「まあ木剣も実剣もそんなに変わらないですから。当たったら痛いですし」
「そういう問題か?」
「あと、我らがグレン兵は一歩間違えるようなヤワな訓練積んできてませんから。生まれたときから剣を握ってるような人たちですよ?」
当然でしょうと言わんばかりのドヤ顔。流石に比喩だろうが、こうも自信満々に言われると本当なのかと思えてくる。ガチ戦闘民族じゃねえか。
「た、楽しみだな」
重厚な扉を開けて真っ先に感じたのは、汗臭さ。
ある者は半裸、ある者は重厚な鎧。様々な服装で、剣を振るっている。
剣の種類も多種多様。ショートソード、ロングソード、バスターソード。フルーツカットに使うようなチャチな剣で打ち合いをしている者たちもいる。
嬉々として剣を振るっている者もいれば、殺気丸出しの真剣な表情で打ち合っている者も。
「たのもー!」
「ちょ、ソーマさん!?」
「いや、道場破りっつたらコレしかないと思って」
視線が一気に集まってくる。訓練所内は一瞬にして沈黙に包まれた。え、俺、もしかしてやらかした?
次の瞬間、ワァ! っと溜めていたものが爆発するようにそこかしこから歓声が上がる。
「ミーアが男を連れてきたぞぉ!」
「見たこと無い剣もってっぞ! あれはなんだ!?」
「知らねえのか、東方で出回ってるカタナってやつだよ。片刃で恐ろしいほどの斬れ味誇るっていう」
「手合わせ! 手合わせ! 手合わせ! 手合わせ!」
手合わせ限界民がいるようなんだがそれは。
にしてもミーアに男っ気が無いのがよく分かるな。まずミーアが男を連れていることについてツッコまれるもん。兄、アルバートに大切に見守られてきたのだろう。ミーアの苦労が忍ばれる。
「みなさーん! 落ち着いてくださーい! この人はお客様! お客様ですから! それに最初に手合わせするのはあたしですぅ! 繰り返します、最初に手合わせするのはあたしですから、手合わせしたい方はあたしの後で!」
大事なことなので二回言ったのだろう。
ミーアが皆に、手合わせを大人しく鑑賞するよう心がける。 数分かけて場を整え、ようやく訓練所内中心で、ミーアと対峙する。
「本当に真剣使っていいのか?」
「いいって言ってるじゃないですか。殺す気で来てください」
武者かお前は。こんな形式の訓練、日本じゃ許されないだろうな。
「強化魔法は?」
「使いません。あくまで純粋な剣術勝負です。強化魔法を用いての訓練は、竜魔法訓練時に行います」
「分かった。手合わせ開始のタイミングは?」
「いつでも。武器を構えた時点でもう訓練ははじまっています」
ミーアも俺と同じく、訓練用木剣ではなく実剣を構えている。
両手で握り込んだロングソード。大柄な男性が持つ分には違和感の無い長さなのだろうが、小柄なミーアが持つとアンバランスさが目立つ。
目つき、身体つきを見れば、ただ者ではないことが分かる。
美しくついた、しなやかな筋肉。洗練された構え。今まで対峙してきた強者たちと同じ、相手を射殺さんばかりの目。
昨日行った、ユキトとの訓練は木刀だったから、安心して打ち合えた。しかし今握っているのは、真剣。
冷や汗が垂れる。
ミーアは顔面蒼白になっているであろう俺の顔を見て、ニヤリと不敵そうに笑った。その笑みが、怖じ気づいたんですか? そんなんじゃすぐやられますよ? と物語っている。
腹を決めた。全力でいく。最悪、竜人化、いや、竜神化して治癒魔法をかければいい。瀕死になろうが、それでなんとかなるはずだ。
イカレてるぜ。ただの訓練に、これほどの緊張感を持たせるなんて。
まだあどけないミーアの表情が、完全に戦士のそれになっている。修羅の国グレン。恐ろしい。
でもな、俺だって、剣にかける想いは負けてないと思ってる。死線をくぐり抜けて得た剣術、見せてやる!
グレン式剣術の特徴は、鋭い上段斬り、斬り上げ、突き。カウンター型。
それらを念頭に置き、立ち回る。
カウンター型だと分かった上で、先に動く。強烈なカウンターを、いなしてみせる。
柄に手をかけ、抜刀横一文字の準備をしながら間合いを詰めようと踏み出した瞬間、ミーアも同様に駆けだした。
バカな!? ユキトと立ち回りが違うぞ!?
ミーアはジャンプし、左手を柄から離して、右手だけで突きを放ってくる。
三次元的な動き。上空からの強襲。左半身を後ろに反らして紙一重でかわす。
俺は距離を取るために前方へ転がり、すぐに体勢を立て直す。
再び対峙。ミーアは今度は恐ろしいほど体勢を低くし、斬り上げを放ってくる。
これは見たことがある。グレン式剣術の弱点。それは上下へ振る剣術故の弱点。簡単なことだ。左右どちらかに全力で身をそらせば避けれる。
今度は右に避けよう。
動き出してから、気づく。斬り上げはフェイントだったと。
ミーアは低い姿勢のまま、足を狙った、横薙ぎの斬り払いを行ってきた。
これは、居合道で培った動きで対応する。
刀を地面に突き立てるように、切っ先を地面スレスレにもっていくようにして、ミーアの剣を払う。
ミーアにとってその動きは予想外だったようで、剣を弾かれた後の挙動が遅れた。
その隙を見逃さず、剣を弾いた反動を用いて、低い場所にあったミーアの首筋に、刀を一気に振り下ろす。
皮一枚のところで、刀をピタリと止める。寸止めは居合道で散々叩き込まれてきた技術だ。
「参りました」
ミーアは、そのまま地面に倒れ込み、片手を上げる。
場内は割れんばかりの歓声に満たされた。
「あっという間に、あのミーアがやられちまった!」
「ミーアの突きを避けた瞬間、野郎が勝つって俺は確信したね!」
「手合わせ! 手合わせ! 手合わせ!」
このあとも、ミーア並みの戦士たちと手合わせしなければならないのか。
一応、血振りの動作をしてから納刀。倒れ伏しているミーアに手を差し伸べる。
「おい。大丈夫か」
「大丈夫じゃないです」
帰ってきたのは、刺々しい涙声。
「泣いてるのか?」
「泣いてないです! ちょっと顔洗ってきますんで!」
ミーアは目元を押さえたまま風のように去っていった。
途方に暮れる俺の肩を、若い兵士がつかむ。
「剣術大会、優勝はユキト様で、準優勝はアルバート。三位がミーアだったんだ。剣の腕にゃあ自信があったんだ。それを、お前に砕かれちまったんだ。あいつもまだまだ青いな。だが、悔し涙を流せるのなら、これからも成長していけるだろう」
「……そうだったのか」
「ということで、次は俺と手合わせな」
「ええっ!?」
落ち着きを取り戻したミーアが戻ってくる頃には、俺は三〇戦を戦い抜いていた。正直、二度とやりたくない。