何とかなるさ
空気が変わったためか、ちょうどそのタイミングでティオが目を覚ます。
「うぅん」
「おお。起きたか、ティオ」
「カエデ、おはよう。んん。うぅ。ん、あれ、この姿勢、何?」
「ティオはお姫様だからな。お姫様をお姫様抱っこするのは当たり前じゃないかハッハッハ」
「下ろして」
「はい」
ユキトに頼んで縄をほどいてもらう。身体が自由になった瞬間、ティオは即座に俺から離れた。なんだこれちょっと悲しいぞ。
「変なとこ触ったりしてない?」
「してないです」
変なことも考えていませんこれっぽっちも。ええそうですとも。
「そ。ここまで運んでくれてありがと」
そっぽを向きながら、お礼を言ってくる。心なしか耳が赤くなっているような。え、何この乙女チックな感じ。新鮮で反応に困るんだけど。
「お、おう」
「ちょっとソーマ火を熾すの手伝ってくれないか?」
ずいとユキトが俺とティオの間に割り込んでくる。張り切ってんなぁ。
「炎魔法ならユキトのが得意だろ」
「君とはじめて出会った時の銀色の炎が恋しくなってな」
ユキトはグランの背にくくりつけられていた荷物の中から木枝を取り出し、焚き火用に枝を三角状に組んだ。
「綺麗だよな、あの炎。自分の竜魔法だけどそう思う。自分のってより、シルバのだけどーー顕現せよ。契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が元にーー銀浄の炎」
ぼうっと、銀色の炎が枝に灯る。
「これだ。実に美しい。こんな炎を見ることができるのはここだけだろうな。伝説の銀竜。ぜひとも繁殖させたい」
ユキトは立ち上がり、羽を休めているシルバの元へ。
「シルバ。君、気になる子はいないのか? いないなら私が見繕ってやろう。なに、遠慮することはない。グレン王国には美竜揃いだ。一頭に絞り切れなければハーレムを作ってもいい。どうだ? 見合いする気はないか?」
美竜なんて言葉はじめて聞いた。皆いかつい顔してるから見分けられないっす。メイルとかは付き合いが長いからこそ愛くるしく見えるだけであって、初見はめちゃめちゃ迫力あって怖かった。
「がうがう。がーう」
「ソーマ、シルバはなんと?」
ユキトが目を輝かせてそう聞いてくる。
「ちょっと待て。その前に、なんでユキトはそこまで銀竜繁殖にこだわっているんだ?」
「む。誰だって気になるだろう。生態不明の竜だぞ? ワクワクするじゃないか。や、下心もなくなはい。繁殖成功の暁には一頭くらい譲ってもらえないかと一瞬考えた。でもそれは重要じゃない。普通の竜と何が違うのか? 膨大な魔力の源泉は何か? 食べ物か? 習慣か? はたまた他の竜とは違う臓器、身体的特徴によるものか? 興味が尽きない!」
興奮しながら熱弁している。ユキトは学者肌で好奇心旺盛だったな。そりゃシルバみたいな貴重な竜のこと気になるか。
俺の世界にユキトがいたなら、間違いなく教授、学者になっていただろう。嬉々として研究、実験漬けの日々を送ってそう。
「お、おう。まあ銀竜種はシルバ一頭だけらしいし、そりゃ気になるわな、うん。で、えーっと、シルバの回答だけど『今は誰かと付き合う気はない。せっかく主と巡り会えたのだから、主ともっと過ごしたい。別におなごに興味がないわけではないが、今じゃなくてもいいかな、と。運命の相手が見つかれば自然に結婚すると思う。ちなみにハーレムは不誠実なので作らない』だそうだ」
「くぅ。そうか、残念だな。無理強いはできない。でも私は諦めないぞ。色気のある成熟した雌竜を使って……ふふふ」
何やら怪しげな笑いを浮かべている。楽しそう。
しっかし、シルバのやつ、草食系男子というか、なんというか。メイルとかグランとかシンとか雌竜にアタックされてるのに誰にもなびこうとしないのはそんな理由があったんだな。なんか前にも聞いた気がするけど。
まあかくいう俺も元の世界では、彼女作る気ないわー男子とバカやってる方が楽しいわーとか言ってたわ。似たもの同士か。
そんな俺たちのやりとりを見ていたティオが、ぽつりとこうこぼした。
「私の契約竜の話、聞かせてくれない?」
自身の手の平に刻まれた『竜の爪痕』を、寂しげに眺めている。
「メイルとの思い出、一杯あるから、いくらでも話せるぞ」
「私も聞きたい。かねてより、青竜の最上位種の蒼竜には興味があった。グレン王国は青竜の育ちが悪いゆえ、蒼竜まで発展した例はこれまで確認されたことはないんだ」
三人で銀色の焚き火を囲み、ユキトが持ってきてきた携帯食料をつまみながら、つらつらとメイルとの思い出を語っていく。
俺がこっちの世界で見た最初の竜。背に乗せてもらった時の感動。俺のマッサージを喜んでくれた。主人想い。かわいげがある。特にきゅいきゅい鳴くところ。シルバのことが好き(シルバに聞こえないようここだけ声量を絞った)。一時的にコンビを組んだ。共闘した。二人でティオを助けに行った。
「メイルに会えば、私の記憶、少しは戻るかな」
マグカップを両手で包みながら、不安げにそう言うティオ。
「きっと戻るさ。ティオとメイルは幼い頃からずっと一緒だったらしいし、契約者と契約竜って、特別な絆で結ばれてると思うから」
「だと、いいんだけど。きっと、メイルも寂しがってるよね」
「メイルは強い。きっと、俺たちが助けに来るのを信じて待っていてくれているはずだ。大丈夫、俺がなんとかするって」
「ソーマの言葉って、なんでか信用しちゃうのよね。根拠ないのに」
「俺の言葉に説得力があるのは当然だ。だって今まで何とかしてきたからな!」
「いや覚えてないし」
そこで、ティオが少しだけ笑った。
実際は、何とかできたことの方が少ない。
ティオの妹、クリスを救えず。
カメリア、リリー、ローリエさん、村の皆を救えず。
アレクも、死なせてしまった。
俺は忘れていない。忘れられない。忘れちゃいけない。こっちの世界での失敗を。後悔を。
だから、明るく振る舞うんだ。くよくよしてたら、成功していたはずのことが、失敗してしまうかもしれない。
周りの人を元気付けていれば、自分が弱ったときに励ましてもらえる。そういう良い循環を作るんだ。
だから、ティオが笑ってくれて、俺は少し救われた気持ちになった。