お姫様だっこ
「私もまさか君たち二人をかくまうことになるとは夢にも思ってなかったよ。こんな形でグレンに呼びたくはなかったがね」
「俺も普通に旅行感覚で長期滞在したかったよ」
「さて、ではそろそろここを離れるとしよう」
「だな。明日の朝までに着いてなきゃいけないんだよな? どこかの街で宿をとるのか?」
「ここからグレン王国までの直線距離上に街はない。山と谷があるだけだ。野宿だな」
「ドレスの姫君を野宿させるなんてそんなことできません」
「ははっ、面白いことを言う。邪魔になったらこんなドレス即座にひきちぎってしまうだろうな、私という人間は。野宿など何度経験してきたか分からない。王城生活を送っているとむしろ外に出て野宿したくなってくるぞ」
おかしそうに笑うユキト。うん、これでこそユキトって感じ。姫じゃなく王。守られる側ではなく守る側。戦士という言葉が相応しい。
「流石ユキト。頼もしいな。んじゃそろそろティオを起こすか」
「ぐっすり眠っているじゃないか。そのまま寝かせておいてやろう」
確かにこの安らかな寝顔を見ていると起こすのが忍びなくなるな。
「ん。了解。俺が背負ってシルバに乗ろう」
「私が背負う」
「いやいやそこは俺が」
「まさかふしだらなことを考えているわけではあるまいな? あるいは、私を信用していないか」
顔を赤くさせながら圧をかけてくる。何を考えているんですかねぇ。ふしだらなこと? ちょっとボクそれよく分かんない。えっちぃ妄想良くないと思いまーす。
なんてことを言ったら八つ裂きにされそうなのでもちろん言わず、代わりに本音を話す。
「違うって。俺たち三人の中で、契約竜が傍にいず、竜魔法の威力が落ちてるティオが最も弱い。いわば護衛対象だ。なら、一番強い俺がティオと一緒にいるのがベストかなと」
「君がこの場で最も強い、か。ここは私の性格上、悔しがるところなのだろうが、邪竜を倒した君が相手なら、素直に認める他ない」
「信用していないか、って言ってたけど、逆だ。ユキトなら自分の身は自分で守れるだろ。手合わせしたことないから憶測になるけど、昔チラッと見たユキトの戦闘、相当なもんだった。カイルやギルと同じくらいなんじゃないか?」
「君と別れてから、公務の隙をぬって鍛錬してきた。昔より強くなっているという自信はある」
誇らしげに胸を張る。すると自己主張の激しい双丘が押し上げられるためつい視線がおっと危ないガン見するところだったセーフセーフ。
「頼もしいな。じゃ、そういうことで」
「しかしだソーマ。何も背負う必要はないんじゃないか?」
「え? 背負うのが一番安定するだろ?」
「いいや、他にもある。ティオは王の娘。つまり?」
「姫?」
「そう。その『姫』という字を含んだ抱え方といえば?」
「お姫様だっこか?」
「そうだ。私が、お姫様だっこの状態で安定するよう縄で縛ってやる。護衛するというなら、自分の背面に配置するより腕の中の方が安全だ。だろう」
「うん。まあ、そうだな」
「決まりだ。ん? ソーマ、何を残念そうな顔をしている?」
「そんな顔してないであります、サー!」
「よろしい。では家を出て竜の元へ向かうとしよう」
ティオを背負って歩き出すユキト。
残念じゃないよ? 背負った時に胸が当たるな、とか、これっぽっちも考えてないよ、うん。ほんとほんと。
いやでも最初は本当にそんなこと考えてなかったんですよユキトがふしだらだなんとか言うからつい想像しちゃっただけなんですよ。
背負った状態のためドアが開けられないユキトの代わりにドアを押し開けながら胸中で必死に弁明する俺だった。
ティオをお姫様抱っこした俺はシルバ、ユキトはグランに乗り、空を駆ける。グレン王国への最短距離を知っているグランに着いていく。
ユキトによって俺の腕にがっちり固定されたティオは、起きる様子はなくすやすや眠っていた。地上だったらいざ知らず、空の上では剣を用いて戦闘することなど皆無、竜魔法の撃ち合いになるため、いかに竜の上から落ちないようにするかが重要。だからこの固定方法は理に適っている。
四時間ほど飛び続け、辺りがすっかり暗くなった頃。
谷底へ向けてグランが降下していく。追随。今夜の野宿は谷か。山の方が個人的には好みだった。だって谷底って寒いんだもん。
着陸。二頭とも飛行魔法の扱いが上手いのか、音もなく地に降り立った。