鎖国
流石にこの家で魔法をぶっぱするのは抑えてくれたようで、説教だけで済んだ。
「ふむ、思いの外、昼寝で時間を食ってしまった。明日の朝には王都に戻らねばならないのだが」
テーブルで気怠げに頬杖を突いているユキト。絵になるなぁ。はじめて合った時は常に鎧を身にまとっていたし、髪も短かったし、グレン王国を取り戻さんと常に気を張っていた。今は一国の主としての落ち着きと威厳を感じる。立場は人を作るんだな。
ユキトのはす向かいでは、まだ昼寝の余韻が抜けていない様子のティオが寝ぼけまなこをこすっていた。もう一眠りしそう。
俺はソファに身体を預け、ちびちびコーヒーを飲んでいた。
ティオは紅茶を淹れるのが上手かった。対し、ユキトはコーヒーを淹れるのが上手い。ちなみに俺は緑茶を淹れるのが得意だが残念ながらまだこちらの世界では緑茶を確認できていない。落ち着いたら緑茶の文化を広めたいところだ。
「それなんだけど、ユキトに頼みがある。俺とティオをグレン王国に匿ってくれないか? 理由は分からないけど、俺たち、マテリア王国から追われてるんだ」
「マテリアから? 国賓である君と、王族のティオを?」
「ああ。王国軍に攻撃された」
「なるほど。やはり、マテリアは何者かにのっとられたようだな」
「どういうことだ?」
「先月、唐突に条約破棄され、さらには宣戦布告されたのだ。マテリア王国から」
「マテリアから? 何度も話し合いして、合意に上で条約を結んだんだろ?」
言いながら、歴史の授業を思い出す。あれ、割と条約って破られてね? いきなり敵になって昨日の友は今日の敵みたいになってなかったっけ?
「ああ。こちらが領土の一部を差し出して合意に至った。君が自分の世界に返った後、貿易面や、合同演習など交流をしていたし、条約破棄される前日に私はマテリア王含むマテリア王国の貴族たちと食事もした。宣戦布告するなら、その時にグレン王である私の首をとっておいた方が良かったはず。だから、怪しいと感じた。まるで、グレン王国が、邪竜にのっとられた時のような、不吉なものを感じるのだ」
何者かにマテリア王国がのっとられたという説、あるかもしれない。俺やティオが攻撃される時点でおかしいもんな。マテリア王が実の娘、王位を継がせようとしてた者にそんなことするなんてあり得ない。
「グレン王国側は、何かつかんでないのか? 今、マテリア王国がどうなっているのか」
「それが、何もつかめていないんだ。宣戦布告後、マテリア王国は完全に鎖国状態になっていてな。王国から誰も出てこないし、誰も入れさせない。一人、私の言いつけを破り、勝手に偵察を行おうとしたグレン王国兵がいたのだが、翌日、国境地点でさらし首にされていたよ。うちの偵察部隊の中でも特に優秀な人材だったのだがね」
唇を強く噛みすぎたあまり、血を流すユキト。
国民想いのユキトのことだ。兵を一人失ったことに心を痛めているのだろう。
「宣戦布告したのに、自国から出てこないんだな」
「すぐにでも攻め込んでくると思ったのだが、拍子抜けだったよ。もう一ヶ月近く動きがない。軍備を整えているのかもしれないから、警戒は怠るわけにはいかない。緊張状態が続いているよ」
ユキトはフーッと大きく息を吐いた。読めない敵国相手に疲弊しているのが伝わってくる。
「そんなことになってたんだな……」
「ソーマ。私も聞いていいか。ティオの記憶が無くなった経緯を」
とうとうテーブルにつっぷし、昼寝第二ラウンドをはじめたティオを眺めながら、真剣な声音でそう言う。
「俺も知らないんだ。記憶喪失状態のティオを、国境付近草原で発見したシルバが俺をこっちの世界に呼び寄せたから」
「妙だな。赤く変色した瞳といい、王位継承者というマテリア王国にとって重要人物であろうティオが一人でいたことといい」
「シルバが言うには、何かしらの呪いを、『竜の爪痕』を通して受けたんじゃないかって。メイルがいないから、その呪いをかけたやつに捕らわれているんじゃないかって」
「ふむ。そんな竜魔法、聞いたことはないが……。失われし古代の竜魔法なら、あるいは。契約者と竜は爪痕によってつながっているから、竜を通して契約者を攻撃することも可能、か。興味深い」
学者肌のユキトはぶつぶつ呟きながら、一人で検証しはじめた。こういうところは変わってないな。
「分からないことだらけなんだ。だから、グレン王国に腰を据えて色々と調査したい」
「いいだろう。君とティオがグレン王国にいてくれるのは、こちらとしてもありがたい。ティオはある意味人質のようなものだし、君は一騎当千の戦力だからな」
「まさか俺とティオがグレン王国側につくことになるなんてなぁ」
グレン王国の主であるユキトの了承は得た。これで一安心だ。