あの日のシチュー
「ソーマ、なのか? 幻、ではない?」
「おいおい、このイケメンな顔面を忘れたのか?」
「特徴的な顔面、笑えない冗談、まさしくソーマだ」
「おい! 久しぶりに会ったのになんてこと言うんだ!」
「すまない、私なりに冗談に応えたつもりだったんだが。私は君の顔の造作、好きだよ。久しぶり、ソーマ」
「お、おう」
かしこまってそう言われると照れる。
髪が伸びて、少しだけ大人っぽくなったユキトに、思わずドキドキしてしまう。俺が好きなのはティオ俺が好きなのはティオ俺が好きなのはティオ。
「驚いたよ。ここで落ち合う予定はもっと先のはずだったから」
「事情があってな」
「そのようだな」
ティオに剣呑な視線を送るユキト。
目の色が、翠から赤に変わっていることにも気づいたようだ。
「なあユキト、早速で悪いんだが、ここに来る前、国境あたりでグレン王国兵を見たんだが」
「ソーマ。悪いがその話は後にしてくれ。実はここに訪れたのは、休息をとるためでな。ここは、私にとっては神聖な場所で、悲しい思い出が多いが、心が落ち着くのもまた事実なのだ」
よくよく見ると、ユキトの目の下にクマができている。相当に疲れているようだ。
何か問題があったことは明白。ましてやユキトは国王。その意外に華奢な両肩に、俺には想像ができないほどの重荷を背負っているのだろう。
「ユキト。食材、持ってきてるか」
「! ああ!」
ユキトは嬉しそうに、かつてローリエさんが立っていた台所へ向かった。
「カエデ。あれが、前話してたユキトさん?」
分かりやすくほっぺたを膨らませて、不機嫌ですアピールをしてるティオ可愛い。
不機嫌になる気持ちは分かる。相方が、自分の知らない相手と親しげに話し始めたら疎外感覚えるし、寂しいよな。
「そうだ。グレン王国の国王」
「グレン国王!? その情報は聞いてない。つい最近まで、私の国と争ってた国の王……」
「お前たち、初対面で割と意気投合してたぞ」
俺の世話は大変だなんだって話題で。悲しくなってきた。
「へえ。あの人も、私の記憶を取り戻す鍵になるのかな?」
「うーん、協力関係にはあったけど、そこまで深く関わってなかったはずだから、期待はできないかもしれない」
「そうなんだ」
これから二人は仲を深めていくはずだった。それぞれ一国の王として、国同士、手を取り合っていくはずだったのに。
少し待つと、シチューの良い香りが漂ってくる。
この家。あのシチュー。情景が脳裏にありありと浮かぶ。
ローリエさん、リリー、小さな勇者カメリア。俺、また妙なことに巻き込まれちまったよ、皆。
急にこっちの世界に呼ばれちまったものだから、外套、持ってき損ねちまったよ。俺の部屋の引き出しの中だ。
引き出しの中には、二人に作ってもらった外套と、リーサが作り、アレクが肌身離さず身につけていたマフラー、ユキトからもらった、ローリエさんのシチューを再現できるレシピ、それに、ティオからもらったエメラルドのネックレスが入っている。
あれらがあったら、どれだけ心強かったろう。
いや、今も十分、支えられてるか。この場所から想起される思い出たち。シルバ。ティオ。ユキト。結んだ絆は、目には見えない宝物みたいなもの。
「完成したぞ。熱いうちに食べよう」
「ありがとな。俺が取り分けるよ」
ユキトから鍋を受け取り、三人分の器によそっていく。
「さて。いただきますの前に。君は、ティオ・マテリアなのか?」
テーブルにつくなり、ユキトが真剣な眼差しでティオを見据える。
「そうよ。ただ、これまでの記憶が一切ない」
「記憶喪失……。そうか。おかしいとは思ったんだ。マテリア王国に、何度も君との謁見を申請したのだが、受理されなくてな」
「ユキト。詳しい話は後にするんじゃなかったのか? 俺、もうお腹ぺこぺこなんだけど」
「せっかちなやつめ。熱いうちに食べようと言ったのは私だったな。じゃあ、食べよう」
いただきます。
かの日の全く同じ声音で。
俺もユキトも、もうシチューを食べながら泣いたりなんてしない。ただただ、じっくり噛みしめる。味わう。これも一種の、弔い。死者を悼む行為。
ユキトとこのシチューを食べられることへ、感謝を。
ティオは俺とユキトの雰囲気で何かを察したのか、俺たちと同じように、黙ってシチューを口に運んでいた。