待ち人
これは、早急にあいつとコンタクトをとる必要があるな。雲行きが怪しい。今グレン兵と接触するのはマズいと本能が告げている。
しかし、連絡手段がない。この時代に電話がないのが悔やまれる。いや、あったとしても一国の長と気軽に電話なんてできないか。
隠密行動に長けた音波を頼りたいところだが、こちらも連絡手段がない。
一縷の望みにかけるしかない、か。
「進路変更。シルバ、竜契約者を警戒しつつ、右方向へ。そうそう、そのまま真っ直ぐ。しばらくしたら山が二つ見えてくるから、その間を突っ切っていけ」
『承った』
シルバに指示を出し、ある場所へ向かう。
風景が過ぎ去っていく。子細に観測することのできないほど、速く飛んでいる。メイルを凌駕するスピードだ。この分なら数時間で着きそうだ。
高く高く上空へ上がり、探知系の竜魔法に引っかからないようにする。
『着いたぞ、主』
降り立ったのは、森の中の、小さな村の跡地。
その村の中で最も広く、見晴らしの良いスペースに着地。
荒れに荒れた広場だ。
小さな勇者が、幼き命を散らせた、俺にとっての聖地。
広場の一角にある、小さな小さな墓石へ手を合わせる。
「この村、戦場になったのね」
ティオは背中越しにそう呟いた。
記憶がなくても、そういうことは分かるんだな。そういえば会ったばかりの頃、色んな戦場を経験してきたって言ってたっけ。
「戦場なんていう上等なものじゃないよ。一方的な虐殺だった」
「カエデが何とかしたの?」
「誰一人救えなかったよ。俺と、もう一人の竜契約者と一緒に、虐殺を行ったクソ野郎を倒しただけだ」
「そう……」
ティオはそれ以上つっこんでこない。
まだ、辛いな。思い出すのは。辛くても、忘れちゃいけない。だから俺は、生きている限りこの地を訪れ続けるだろう。
この広場にはもう一カ所、目を背けられない場所がある。
広場の中央近く。
そこには、錆び付いた大鎌が突き刺さっている。
耳障りな哄笑が聞こえる気がした。
できるだけ見たくない。でも、目をそらすわけにはいかない。
やつは間違いなく大悪人だった。罪のない、無力な人々を楽しみながら殺した。
やつを殺してしまってよかったのだろうか。
きっと俺は、自身に一生そう問い続けるだろう。
「待たせたなティオ。行こう」
「どこに?」
「ここに来るかもしれない人を待つ。待ってる間に住む場所に行く」
あの家は身体が覚えている。何度も足を運んだ。
中央の広場と、村の端の中間あたり。
比較的綺麗なまま残っている家々の中の一つ。
ドアノブをひねり、中へ。
変わってない。当時のままだ。
感慨深さに身をゆだねていたせいで、気づくのが遅れた。
あまりに、そのまま過ぎる。誰かが定期的に掃除しているとしか思えない。
誰か、じゃないな。分かり切ってる。この家を知っているのは、この世で俺とあの子の二人だけなんだから。
「ここで待つの?」
早速ベッドに腰掛けたティオは、きょろきょろ室内を見回していた。
「ああ。ここで待ってれば、確実に会えるはずだ」
「どれくらいかかりそう?」
「さあ。そこまでは分からん。一週間か、一ヶ月か、もっとか」
「そんなに!?」
こればかりは断言できない。定期的に来ているのか、偶然、最近来て掃除していっただけなのか。
どのくらい待つか、制限を決めよう。
そうティオに提案しようと口を開きかけたところで、俺は硬直した。
なぜなら、ドアノブが回り、誰かが家の中へ入ってこようとしたからだ。
戦闘体勢に入りかけていたティオを、手で制する。
現れたのは、黒と紅のドレスのようなものを纏った少女。
最後に会った時には短かった髪が、背中くらいにまで伸びている。
「髪伸びたな、ユキト。黒髪ストレートは俺の好みド真ん中だ」