懐かしい感覚
「? どういうこと?」
「お前が、そして俺が攻撃された。邪竜を破ったことで王位継承者序列が一位になったティオと、その相棒の俺がだぞ。国王がそんなことするはずない。でも、あれほどの衛兵を動かせるのは、国王以外あり得ない」
「父様を裏で操っている人間がいるってこと、ね」
「そうだ。そんなことができる人間がいるとは思えないが……内部の人間、身内、国王に近しい者なら、あるいは」
「ねえ。カエデはさっき、私が序列一位になったって行ったけど、もしかしてそれを快く思わなかった私の兄弟や親戚の仕業じゃ?」
「可能性はある。でも、判断材料が少な過ぎる。情報を集める時間を確保するためにも、グレン王国に行くのがベストだな」
「カエデ。私から記憶を取り戻す手伝いをして欲しいって頼んだ手前、こんなこと言うのはおかしいかもしれないけど……ごめんね。こんな面倒事に巻き込んじゃって」
ティオは申し訳なさそうにうつむきながら、唇を噛んでいた。
「何いってんだ今更。相棒のためならこんなこと面倒でもなんでもない。もっともっと大変なことを、俺とティオは体験してきたんだ。俺たち二人なら、きっと、なんとかなる」
ティオを不安にさせないため、俺は胸を張ってそう言い切った。
「……早く、カエデとの記憶、思い出したいな」
「焦らなくていいさ。今は確実に、一歩ずついこう」
「ありがとう……ふぁ」
そう言ったティオは眠そうに目をこすりながら、小さく欠伸をした。
「疲れたな。お互い。明日のためにも寝よう」
「うん。それじゃあ私は下で寝るね」
「おう。んじゃささっと寝床作っちゃいますか」
俺とティオは手分けして葉を厚め、簡易寝床を作る。
「やっと一つ完成ね。二つ目もこの調子で」
「何言ってるんだ? 一つで十分だろう?」
「え?」
「だから昨日も言ったじゃないか。基本、俺とティオは一緒に寝てたって」
「その話、未だに信じられないんだけど」
「けけけけ決して下心があるわけじゃないよ? ほら、固まって寝ないといざって時に対応できないしさ。夜襲とか」
「一理あるような、ないような。じゃあ、昨日みたいにカエデの腕を縛るならいいよ」
昨日の俺はラッキースケベ展開が起こることを予見し、自ら腕を縛った。それがティオにとっては好印象だったらしい。
「了解であります」
敬礼。
「よろしい」
敬礼返し。
二人してプッと吹き出す。
記憶がなくとも、ティオはティオなんだ。ふとした行動で、そう思う。
背中合わせで寝ころび、目をつむる。
ほどなくしてティオの寝息が聞こえてきた。よっぽど疲れていたのだろう。
『主よ。起きているか』
「起きてるよ」
ティオが寝入ったのを見計らったかのように、シルバが話しかけてきた。
『主のことだ。万が一に備えて寝ずの番をするつもりだろう? それは無用。なぜなら』
シルバを中心に、魔法陣が展開し、俺たちをすっぽり覆い尽くした。
「これは?」
『隠蔽と探知の魔法だ』
「そんな魔法も使えたのか。言ってくれれば俺がかけたのに」
『実を言うと、我がかけた方が魔法の強度も効果時間も大きいのだ』
「マジか。もしかしたら俺が竜魔法使うより、シルバが自分で魔法使った方がいいんじゃ」
『それはない。主は攻撃魔法に適正があるだけだ。こと攻撃魔法に限れば、我が発動させるより遙かに主が発動させた方が強力だ。例えば夜霧の娘、音波が我の契約者だった場合、先ほど使った魔法を我以上に広範囲、精密に使えただろう。だが、攻撃魔法は我が自身で使った場合と同じくらいになる』
「へえ。竜魔法は契約竜に依存するのかと思ってたけど、人間側にも適正ってか、得意不得意があったんだな。ごめんな、お前も疲れてるのに魔法使わせちゃって」
『なんてことはない。さあ、寝よう、主。月が我らを照らしているうちに』
「ああ。おやすみ、シルバ」
『おやすみだ、主』
そうして俺たちは、深い眠りに落ちていった。
※※※
「ふぁああああ」
目覚めた。
無事安眠できた。これもシルバのかけてくれた魔法のおかげだろう。おかげで緊張を解いて眠れた。
それにこの手で感じている柔らかい感触。なんだこの安心感は。
ボーッとしながらもみもみやっていると、目の前で寝ていたティオが目を見開いた。
「おはようカエデ」
「おはようティオ」
「この手はなに」
「安心感を得てたんだ。すげえんだぜ。まるで魂が浄化されるかの如く甘美な感触でぇ!?」
最後、声が裏返る。
やべ、寝ぼけてやらかした。てかなんで腕縛ってた縄ほどけてんだ。疲れのせいで結び目が甘かったか。
「言い残すことは」
「ないです。ありがとうございました」
「顕現せよ。契約に従い其の力を我が元に」
「さあ皆さんご一緒にっ!」
「「風神の刃!」」
空に舞う俺をキャッチしたのは、シルバの大きな手だったった。
※※※
「その、さっきはごめんね? でもカエデも悪いんだから」
「それは重々承知しております。以後、気をつけます」
「……でも、安眠できたのは、事実。カエデは本当に安眠効果があるのね。半信半疑だったけど」
「恐縮です」
「その変な口調やめて」
「あいあいさー」
空駆けるシルバの背の上で、たあいもない会話を繰り広げる。
「そういえば、竜魔法でカエデを吹き飛ばすの、どこか懐かしい感じがした」
「そりゃ記憶を失う前のティオはしょっちゅう俺を吹き飛ばしてたからな」
「しょっちゅう私に吹き飛ばされるようなことをしてたってことね」
「全て事故なんです許してください」
「どうしようかなー」
昨日にも増して、ティオと気安く話せている。俺を吹き飛ばしたことで、僅かながら、記憶を失う前の感覚を取り戻したのかもしれない。
『見えてきたぞ、主。マテリア王国とグレン王国の国境だ』
会話を中断し、地平線の先を見つめる。
朝焼けに照らされた、広大な草原が、見えてきた。