呪い
俺はとてもじゃないが冷静でいられず、頭が真っ白になった。
ゆらゆらと、暴かれた墓に近づいていく。
ガラクタ同然になった魔法剣ドラグサモンも、アレクの遺体もない。
「誰かのお墓があったの?」
記憶を失ったティオは、尋常じゃない様子の俺に遠慮してか小声でそう聞いてきた。
俺は段々と落ち着きを取り戻し、悲しみが反転、怒りの感情に支配されつつ、その問いに答える。
「ああ。俺にとって、そして何よりティオにとって、忘れられない大事な人間が眠っていたんだ。……二人仲良く、安らかに眠っていたはずなのに。許されないことだ。というか、俺が、許せない」
「私にとって大事な人?」
「そうだ。アレク。アレク・マテリア。お前の実の兄だ」
「アレク……アレク・マテリア」
ティオは不思議そうに何度もその名を呼んだ。
そして、顔を苦悶の表情を浮かべながら頭を抑え始めた。
「ティオ!?」
「頭、痛い。名前呼んで、その人のこと思いだそうとすると」
どんどん痛みが増しているようで、涙まで流し始めている。
このままじゃ危険だ。一旦やめさせないと。
「無理に思い出そうとするな!」
「う、うん」
背中をさすってやりながら、肩を貸してその場から移動する。この場所にいるのも悪影響を与えるかもしれない。
近くで待機していたシルバの翼に寄りかかりながら、ティオの頭痛がおさまるのを待つ。
一〇分ほど経ち、ようやく顔色が回復してきた。
水筒の水を飲ませ、一息ついたところで。
「ティオ。聞いてくれ。さっきティオが頭を抱えていた時、俺はあることに気づいた」
「何に?」
「お前の【竜の爪痕】が、赤く、鈍く光っていたんだ」
「なんで……」
「分からん。シルバ、何か心当たりはないか」
丸くなっていたシルバはむくりと首をもたげて、その銀色の瞳を俺たちに向ける。
「がう。がうおー。ぎゅいぎゅい」
「カエデ、この子はなんて」
「ああくそ、実際に聞こえる鳴き声と頭の中で響く声が同時なのにまだ慣れねえな。シルバによると、呪い系竜魔法の可能性があるってさ。【竜の爪痕】が光っていたことを考慮すると契約竜の方がその魔法を受けた可能性が高いらしい」
ティオの赤く変貌した瞳も、呪いの影響によるものかもしれない。
「私の、契約竜……」
「特定の何かを思いだそうとすると、それを阻害するように発動するらしい。魔力が送られる経路でその呪いがやってくるから厄介だ。これからは自分から思いだそうとしない方がいいかもしれない」
「そんな。それじゃあどうすればいいの」
ティオは泣きそうになりながら声を震わせる。
不安なんだろうな。自分の記憶を思い出せない、得体の知れない魔法にかかっている、それらのことが。
「全部、シルバの推測だけど……自然に思い起こされる記憶なら呪いが発動しないケースがあるそうだ。だから、ティオの記憶に結びついている場所に行く、状況を再現する、そういう地道なので、ゆっくり記憶が戻るのを待つしかない」
「そう……。私の記憶が戻ってくる可能性はゼロじゃないのね」
「ああ。焦らず、無理せずやっていこう」
「う、うん」
ティオは予想以上に厄介なことに巻き込まれているようだ。
呪い系統の竜魔法。記憶喪失。行方不明のメイル。
そして、暴かれた墓。
きっと、つながっている。大きな何かに。
「ティオ。さっき名字を言ったからなんとなく察したかもしれないが、お前は王家の人間だ」
「うん。自分の記憶以外のことは頭に残ってるから、マテリアの名を持つ意味くらい、分かる」
「王都に行くぞ。マテリア国王に会いに行く、それで、協力を仰ぐ」
「マテリア国王。私の、父様」
「王都に向かう道中、俺が知ってる限りの、ティオの情報を伝える。俺たちがしてきた旅も全部」
俺の真剣な表情で何かを察したのだろう。ティオも険しい顔で、分かったわ、と答えた。
俺たちがしてきた旅は、決して楽しいことばかりではなかった。それらを思い返しながら語らなければならない。
シルバの背に乗り、光学迷彩まがいの竜魔法をかけて空に飛び立つ。
先ほどまで晴天だった空が、曇り始めていた。