覚醒
「お前は何なんだ?」
『まあ端的に言うと幽霊みたいなものかな』
「端的っていうかドストレートじゃねえか」
「ねえソーマ、さっきから誰と話してるの? もしかして死んでいった兵士が見えるとか?」
どうやらこの声が聞こえるのは俺だけらしい。
「あー似たようなものかも」
『いや、兵士じゃないから! あなた、ソーマっていうのね。覚えておくわ。そんなことより』
「似たようなもの? ますますわからないんだけど」
「多分、この剣自体に幽霊が憑いてる」
『ねえソーマ』
「聞いたことがあるわ。特定の条件を満たすと魔宝剣に魂を宿らせることができるって」
「魔法って何でもできるんだな」
『ソーマったら』
「いや、魔宝剣自体がこの世界に10本もないほど貴重なものだから、こんなこと滅多にないわよ」
「そんな剣がなぜここに?」
『ソーマ!』
「さっきから何なんだ! 今お前のことで話し合ってんだよ!」
『もうっ! 後ろにグレン王国の兵士がいるんだって!』
「は?」
視線をティオの後ろに移す。
「? どうしたのソーマ?」
「ティオ! 危ない!」
俺はとっさにティオの体と相手の剣の間に魔宝剣を滑りこませた。
「チッ」
小さな舌打ちとともに相手は剣を戻すと距離をとった。その動きは実になめらかで、タダ者でないことがわかる。
軽鎧をまとった大柄な男だ。鎧は赤と黒を基調としたカラーリングで威圧感がある。
「ソーマ、助かったわ。この私が気配に気づけなかったなんて……。もういいから下がってなさい。後は私がやる」
ティオはそう言うとすぐに魔法発動の準備をする。
「顕現せよーー」
くそ。やっぱり俺は見ていることしかできないのか。
「おい、リーサ。お前何かできないのか?」
『私自身はただこの剣の中にいさせてもらってるだけだからねー』
「むぅ」
戦闘の邪魔にならないように巨大な木の影に隠れる。今の俺には、こうして身を隠すことしかできない。
「風神の刃!」
俺に放ったのとは比べものにならないくらいに強い風が敵に襲いかかる。風と同時に青い光で構築された刃も放たれているようだ。
すごい。素人目で見ても強力な魔法だということがわかる。これは手練れの戦士でも避けられないだろう。
そう思って相手の方を見た途端、再び驚愕することになった。強風にあおられ、動きが制限されているのにも関わらず、最小限の動きで刃をかわしている。
「さすがに単身こっちに乗り込んでくるだけあって強いわね! 前みたいな雑魚3人組よりよっぽど」
「それはどうも。強くなければお前を捕まえられないからな。上も苦労しているんだぞ」
魔法が終わった直後、2人は同時に飛び出し、お互いの剣を打ち合わせる。腕力は相手が有利なようで、ティオが徐々に押し負けつつあった。
「そんなの知らないわよ! だいたいなんで私なんかを狙うの!?」
「我が主がお前をご所望でね」
「グレン国王が? なんのために?」
「さあな。一兵卒の俺には想像もつかん。それに、もうグレン国王などいない」
「なんですって?」
ティオは押し負ける寸前、後ろに大きく跳躍し、一旦距離をとる。
「この情報はじきにそっちの国にも流れるだろうが、特別に今教えてやろう。革命が成功したのだ。たった1人の男によってな。今その男は初代皇帝を名乗り、グレン王国改めグレン帝国を強大な軍国に作りかえている。そのためにお前が必要なんだそうだ」
おいおい、どういうことだ。ティオは以前にも襲われたことがあって、しかも狙っているのはグレン帝国の皇帝だって? なぜティオが必要なんだ。
「そう。なら尚更捕まるわけにはいかないわね。ーー顕現せよ。契約に従い其の力を我が身に。ーー風神の加護」
「強化魔法か。ならば俺もそれで応えよう。ーー顕現せよ。契約に従い其の力を我が身に。ーー炎神の加護」
いや、それよりまずこの戦いに勝たなければ元も子もない。
双方、青と赤のオーラをまとったのが確認できた瞬間、スピードが格段に上がり、目にもとまらぬ速さで戦闘を開始した。
本当に俺には何もできないのか。
帰るまでとはいえ、ティオの相棒なんだぞ。
足手まといにはなりたくない。でも、助けにはなりたい。
この欲求を満たすためには、強くないと。強くないとこの2つを通すことはできない。
悔しい。見ていることしかできないことが、こんなにも。
「ティオ……ごめんな、力になれなくて」
握った拳が痛む。くいしばった歯が軋む。
『ねえソーマ。この剣を使ってちょっとあなたの体を調べたんだけど』
「……なん、だよ」
『こら、男子がそんな情けない声出すもんじゃありません。いや、それが』
「……うん」
『あなた、すでに竜と契約してるわよ。ただ竜と離れすぎているせいか使える魔力は小さいようだけど』
「なっ! 本当か!」
そんな、まさか。俺が、すでに竜と契約を結んでいる?
『こんな状況で嘘なんてつくもんですか。ほら、その証に利き手に刻印があるでしょ』
「小さいときからあるこの変なアザのことか? 利き手っていうか両手にあるけど。しかもよく見るとちょっと形がはっきりしてきているような」
『両手? まあ今はそれはいいとして、形がはっきりしてきたのは竜とあなたの距離が近づいたからでしょうね。竜が移動したのか、あなたが移動したのかはわからないけど』
異世界に移動したからアザ、というか刻印が確認できたのだろう。それまでは変な形の色素の薄いアザでしかなかったのに。
「説明はいいから、どうすれば魔法が使えるか教えろ!」
『はいはい。えーと、竜魔法を使うには共通の詠唱と、契約した竜の特性を汲んだ、魔力をより効率良く具現化できるようイメージを補強する言葉が必要なのね』
「じゃあその詠唱と言葉を!」
『焦るな焦るな。契約した竜とつながる、つまり刻印に集中することによって自然とわかるはずなのよ。私がこの剣を使ってサポートしてあげるから、あなたは刻印に集中しなさい』
「わかった、やってみる」
ぶっつけ本番だ。やるしかない。
剣を握りしめ、自らの両手に意識を集中させる。感じ取れ、たぐり寄せろ。
木の向こう側では、ティオが戦っている。やはり肉弾戦では不利なのか、小さな傷が無数に走っている。
早く。もっと。
その時、何かを感じ取ることができた。例えば、ラジオの周波数が合うかのような、そんな感覚。
『ソーマ、良い感じよ! その感覚をもっと深めて、頭の中に入ってきたものを声に出して!』
ティオは地面に組み伏せられ、顔の数センチ先に相手の剣が迫っている。あと少し競り負けるようなら、命が危ない状況だ。
「こんなところで! 死ぬわけには! いかないのよ!」
「俺もだよ。手ぶらで帰ったら皇帝に何をされるか」
「こうなったら、奥の手を使うしか……」
「何?」
ティオが奥の手を使おうとした瞬間、木の後ろから白い光が溢れだした。
「ーー顕現せよ。契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が元にーー銀竜剣!」




