カエデ
不思議そうに聞き返すティオ。その表情はとても自然なものでウソをついているようには見えなかった。
そんな。なんで、こんなことに。
「ティオ、俺のこと、覚えてないのか?」
「ティオ? それが、私の名前なの?」
「……ああ、そうだ。君の名前は、ティオ。ティオ・マテリアというんだ」
さりげなく手の【竜の爪痕】を確認してみたが、間違いなくティオのものだ。契約者の変更などできるはずもないし、この子がティオのそっくりさんというセンは消えた。
「それが、わたしの、名前。覚えた。それで、もう一度聞くけど、あなたは誰?」
悪意のない様子なだけに、胸に突き刺さる。
「俺は、楓ソーマ。短い間だったけど、ティオ、君と一緒に旅をした、相棒だよ」
声が震えそうになるのを抑えながらそう言う。
忘れてしまったのだろうか。共に過ごしたあの時間を。
脳裏に様々なティオの表情がよみがえる。
トランプで勝ち、嬉しそうな顔をしたティオ。
妹のクリスが死んだと知り、悲しみに顔を歪めたティオ。
お祭りで芸を披露していたピエロを見て興奮した様子のティオ。
別れの瞬間に見せた、見とれてしまうほどの泣き笑いをしたティオ。
想いを、伝えようと思った。
ティオが好きだという想いを。
今、それは叶わぬ夢となった。
本当に、初対面みたいな反応をする目の前の女の子。
この子はティオであって、ティオじゃないのだ。
「カエデ、ソーマ……良い名前ね。懐かしい感じがする」
「そうか。そりゃよかった」
懐かしい感じ。確かにそう言った。一筋の希望が見えたぞ。
そうだよ。記憶が戻る可能性は残っているはずだ。縁のあった人物に会ったり、思い出の場所を回ったりすることで徐々に記憶が戻るかもしれないじゃないか。
「カエデ、私は、自分が何者なのかわからない。なんでこんな場所にいるのか、どうしてこうなったかも、なにもかも、覚えていない。だから、取り戻したい。私自身を。あなたは、記憶のあったころの私の相棒だったのよね? 迷惑かもしれないけど、記憶を取り戻す手伝いをしてほしい。私には、あなたしか頼る人がいないから」
「もちろん手伝うよ。いや、むしろ手伝わせてくれとこっちからお願いしたいくらいだ。大丈夫、きっと、取り戻せるよ。俺たち2人なら。覚えてないかもしれないけど、ティオと俺はいくつもの困難を2人で乗り越えてきたんだ。今回も、乗り越えてみせる」
ティオはその血のように赤い瞳を見開き、驚いたような顔でこちらを見た後、ゆっくりと微笑みかけ、さきほどより幾分か高いトーンでこう言った。
「ありがとう、カエデ。記憶を取り戻すまで、よろしくね。私の相棒さん」
どこかで聞いたようなセリフに、また胸がチクチクと痛んだ。
この子は知る由もないのだ。俺たちがどうやって出会い、相棒になったかを。でも、確かにティオなんだと、今ので確信した。
だって、はじめてお互いを相棒と言ったときと、同じ顔をしていたから。
「おう。短い間かもしれないが、よろしく」
俺もいつかと似たようなセリフでもってそう返し、ティオの手をしっかりと握る。
こうして、俺とティオの新たな旅がはじまった。
以前と違って手がかりなんて何もないけれど、必ず達成してみせる。
言い逃げなんて許さないぞティオ。今度こそ俺の方から好きだって伝えて、驚かせてやるんだ。だから、早く帰ってこいよ。帰って、きてくれよ。
「どうしたの、カエデ。痛いよ」
知らず知らずのうちに握手をしている手に力がこもっていたようだ。
「ごめん。あ、そうだ、早速聞きたいことがあるんだけど、メイルはどこにいるんだ?」
「メイルって?」
「そうか、メイルのことも、覚えてないか。メイルっていうのは、ティオ、君と契約していた竜のことだよ」
「そう、なんだ、私って竜契約者だったのね」
「竜契約者とかの言葉は知ってるんだな。その竜はあそこにいる銀色の竜の半分くらいの大きさで、蒼色で、きゅい~とかいう鳴き声のやつなんだけど、一緒にいたんじゃないのか?」
「ううん。気付いたら、私1人でここにいた。だから、そんな竜知らない」
「なるほどな。うーんそうだな。まずはメイルの安否を確認したいから、その手にある【竜の爪痕】を通してメイルに話しかけてみてくれないか?」
「やってみる」
ティオは自分の手のひらをじっと見つめ、意識を集中させていた。
メイルと話すことができれば、記憶を取り戻す糸口がつかめるかもしれない。ティオと過ごした時間が一番長いのは、きっとメイルだから。
「どうだ?」
「だめ。全く反応がない」
ううむ、これは困った。いや、困るというか、心配だ。捕まって意識を奪われた、もしくは殺された……?
頭を振り不吉な考えを振り払う。まだだ。まだ確認できる方法がある。
「なら、竜魔法を使ってみてくれないか? 覚えてたら、だけど」
「うん。なぜか魔法の使い方は覚えてる。じゃあ、やってみるね。――顕現せよ。契約に従い其の力を我が元に――風神の刃テンペスト・エッジ」
ティオの前に魔法陣が現れ、そこから風の刃が放たれる。それは、記憶を失う前のティオが使っていたものと遜色がなく、その威力は健在だった。
風の刃は草原の草を次々と斬り裂き、そのうちの1つがシルバのすぐ近くを通り過ぎる。
「うわ、びっくりした!」とかいう契約竜の声は聞かなかったことにした。キャラがブレてますよ。
「よし、これで少なくともメイルが生きていることがわかった。無事だといいんだけど。それじゃあいつまでもこんな国境近くにいるわけにもいかないし、宿に移動しよう」
「わかった」
「それでだな……今お金持ってる?」
「ん。ポケットに入ってる」
ああ情けない。マテリア国王からもらった褒賞金は全額銀行に預けてあるんだが、この時間だと引き出せないんだよぁ。