2部一章 始
あの激動の日々から約4カ月たち。
俺はと言えば、特に代わり映えのない生活を送っていた。
周りにはお前ちょっと変わった? なんて言われるが自分ではどこが変わったのかわからない。
あ、でも少しだけ変わったことがあるかも。
それは、小説を書き始めたことだ。
夏休みの間にした経験を文章に残しておきたい。そう考えてあの鮮烈な日々を思い出しながら少しずつ書き綴ることにしたのだ。
タイトルは「蒼銀の竜契約者」、なんてどうだろうか。
今も次はどこを書こうか、あれは省いてもいいかな、なんて考えながら歩いている。
手にはずっしりとした重み。
包みの中には、なんと真剣が入っている。
今日は17歳の誕生日ということで、父方と母方の両方の祖父からプレゼントされたものだ。まあ選んだのは俺なんだけど。
それぞれ剣道と居合道の師範をしているのだが、刀選びの際にはそれはもうもめにもめた。だから俺が自分で選んでお金だけだしてもらうことにしたのだ。
一応居合道の段位はとっているため、法律的には真剣を所持していても問題はない。今さっき申請書をだしてきたばかりだから、晴れて持ち歩くことができる。外で包みからだしたらアウトだけどな。
選んだ刀は祖父2人に不評だったが、俺はこれしかないと思った。
日本刀のはずなのに、柄頭、目貫、鍔、刀身の随所に西洋竜をかたどっていたからだ。極めつけは目貫にはめられた小さな宝玉のようなもの。
バカげた妄想かもしれない。けど、可能性は0ではない、と思う。
俺はこの刀が向こうでつくられたものではないかと踏んでいる。もっといえば、魔宝剣なんじゃないかとも。
手にしてもドラグサモンのように光輝くことはなかったから確証はない。
違ったら違ったで不都合が生じるわけじゃないし、考えすぎないようにはしてるけど。
かつて向こうの世界で幾度となく俺を救ってくれた愛剣、ドラグサモンは、宝玉部分に無数のヒビが入っていて固有魔法を使用することができなくなっていた。
今はあの2人を守るかのように、墓碑のすぐ近くに突き立っている。
だから新しい得物として、使い慣れている刀を選択した。切れ味も祖父たちによって確認済みだ。
刀の銘は、時雨。それしか刻まれていなかったそうだ。これも祖父たちの不評をかう理由なのだが、もちろん気にはしない。
祖父の道場で試し振りをしていたら遅くなってしまい、もう夜の10時近い。早く帰って明日に備えないと。
そう、今日は俺の誕生日だけど、それと同時に終業式でもある。
つまり、明日から冬休み。
向こうの世界に行く日だ。
音波は夏休みの反省を活かして宿題を終わらせてから来るそうなので、明日は俺1人だけで行くことになる。音波は1日で終わらせてすぐ向かうなんて言ってたけど5日はかかると予想している。
どうしよう、ワクワクが止まらない。
シルバに早く会いたいし、ユキトとシチューも食べたい。
なにより、ティオに会えるのだ。
別れ際のことを思い出して思わず赤面してしまう。
告白の返事をしなければ。今度は、こっちから言うんだ。
今だ心の準備ができていない。自分のヘタレ加減にイライラする。家に帰ったら何回も練習しなきゃな。
頭の中でシュミレーションを重ねていたら、不意に両方の手のひらにある【竜の爪痕】がむずむずしはじめた。
なつかしい、魔力が通う感覚。
そして聞こえてくる、俺の契約竜のイケボ。
『主よ、突然すまない。強制的に転移魔法を使わせてもらう。緊急事態なのだ』
目の前に向こうにつながるゲートが現れ、有無も言わさず俺の身体を飲み込む。
どういうことだ。向こうで何が起こったんだ。
さきほどまでの浮ついた気持ちは瞬時に消え去り、ただただ不安ばかりがつのる。
移動は一瞬で終わり、目を開けたらなじみ深いあの草原に立っていた。
冬だということもありすっかり暗く、月の光のみがこうこうと辺りを照らしている。
『無事到着したようだな。重ねて、すまない。明日まで待つことのできない事態に陥ったゆえ』
「いや、大丈夫。まずはお前の安否が確認できてよかった。久しぶりだな、シルバ」
『うむ、久しぶりだ、我が主よ』
相変わらず大きな体躯だ。
全身をおおう銀色の鱗が月光を跳ね返し、キラキラと輝いている。
この短期間でさらに大きくなったように感じるのは、きっと気のせいだろう。
「それで、緊急事態っていうのは?」
間髪入れずそう聞く。
イヤな予感がした。シルバが無事だとして、俺を呼ばないといけない事態に陥ったということは……。
シルバは俺の問いに言葉で答えるのではなく、ただ視線を草原のある一点に移した。
月を背負ったシルエット。
静かにたたずむその姿に、俺は何度心をうたれてきたことだろう。
間違いない。ティオだ。
腰まであった長い金髪は肩くらいの長さになっていたが、その後ろ姿を見間違うはずもない。
ティオはこちらに背を向けたままだ。俺が来たことに気付いてないらしい。
普段の俺だったらぬき足で忍び寄って驚かすところだが、今回はそうしない。
まとっている雰囲気がまるで違うのだ。
ティオの身に何かあったのではないか、と心配したが、その姿に目立った点はない。少なくとも後ろ姿は。でも、この胸のざわつきはなんだ。
俺はただ静かに歩み寄って、声をかける。
「ティオ、久しぶり」
振り返った彼女の目を見て、愕然とした。
透き通った湖の底のような、翠色の瞳が。
血のような赤に、染まっていた。
それだけではない。彼女の放った一言が、さらなる衝撃をもたらす。
「あなたは、誰?」