番外編 バレンタインの夢
んん……むにゃむにゃ。
「主よ、そろそろ起きろ」
「んん、あと5分……」
「ダメだ。その5分が命取りになることだってあるのだぞ。さぁ」
がばっと掛け布団をはがされる。
うう、なんて乱暴なんだシルバのやつ。
渋々起床。
銀髪のイケメンが目に飛び込んできた。
陽光を浴びてキラキラ輝いちゃってるよ。顔も西洋風のクッキリしたもので、背もすらっと高くて、なんというか全体が輝いているようだ。
「誰だお前はぁぁぁぁああああ!」
「主よ、我を忘れたというのか。シルバだ」
「……は?」
「主の相棒のシルバだ。さあ朝ご飯もできているぞ。冷めないうちに食べるといい」
分かったこれ多分夢だそうに違いない。
俺は考えるのをやめた。
なぜか執事服を着たシルバがイスを引き、俺を座らせる。
焼きたてと思われるロールパン。色とりどりの野菜サラダ。食欲をかきたてる匂いを放っている鮭のムニエル。
即座に食した。
感想。クソ美味い。以上。
「シルバお前器用だなぁ」
「我は1人で生きてきた期間が長かったからな。1人暮らしスキルは極めた」
「そっか。毎日こんな食事をとれるなんて俺は幸せものだな」
「そう言ってもらえて我も嬉しい。では我は食器を片づける故、主は身支度を整えるといい」
「了解~」
制服に着替え、髪を整え、玄関へ。
「カバンは我が持とう」
「サンキュ」
なにこの専属執事。最高かよ。
清々しい気分で、いざ家を出ようとしたその時。
「ソーマ! 今日もこの私が迎えに来てあげたわよ! 感謝しなさい!」
「主危ない!」
勢い良く開かれたドアが俺の顔面にぶち当たりそうになったところを、シルバが引っ張ってくれたおかげで寸前回避。この声は。
「朝から元気だなぁティオは」
「あんたは眠そうね~。また夜更かししたんでしょ。全く」
サラサラと肩から滑り落ちる金色の髪。セーラー服に包まれた均整のとれたプロポーション。
「おはよう、ティオ」
「ええ。おはよう、ソーマ」
新鮮だなぁ。俺と同じ学校の制服着てるティオ。
そしてその後ろには。
「きゅい~! おはようございますぅシルバさまぁ」
「寄るなメイル。主の世話ができない」
「もう、シルバさまはソーマのことばっかり! ソーマ、いい加減シルバさまを解放しなさいよ!」
「いや俺に言われても。ってか解放したところでシルバはお前になびかないと思うぞ。な、シルバ」
「うむ。我の魂は主とともにあり」
「ガーン。うええ、ティオちゃーん!」
「もう2人とも、あんまりメイルをいじめないでよ」
青い髪のツインテール。メイド服。身長低いくせにでるとこでてるスタイル。これティオよりあるんじゃないか。
「いてっ」
「ソーマ、今失礼なこと考えたでしょ」
相変わらずのエスパーだった。
やっぱりメイルはシルバに相手にされないんだな。可愛そうに。当のシルバは色恋沙汰に興味なさげだし、何よりガキだと言って女性(メス?)扱いしていない。
俺はメイルの恋路を応援しているぞ。頑張れメイル。多分恋路の1番の障壁は俺だろうけど。
俺とティオはそれぞれ執事とメイドを連れながら通学路を歩く。
「ね~ソーマ。今日って何の日か知ってる?」
「バレンタインだろ。何だかんだ俺は期待してるぞ。下駄箱の中にチョコが入っていることを! まあ毎年期待してやっぱりなくて落胆して、を繰り返してるんだけど」
「ふ、ふ~ん。下駄箱ねぇ。やっぱりそういうのに憧れるの?」
ティオの翠色の瞳がちらちらこちらをうかがう。こいつが自信なさげにしてるの珍しいな。
「そりゃあ、まあ。もらえるなら何でも嬉しいけどね」
「そ、そう。直接手渡しとかはどう?」
「恥ずかしいけど、それが1番嬉しいかも」
「そ、そうよね!」
ぐっと拳を握り込むティオ。俺何かしたかな。殴られたくないなぁ。
「どうしたんだよ、さっきから挙動不審だぞ」
「……いいわよね。学校着いちゃったら他の生徒の目もあるし。ファイト、私!」
なにやら小声でブツブツ言ってる怖い。
ティオが自分のカバンをごそごそやりだしたところで。
「シルバさま! あたしの気持ち、受け取ってください!」
「なんだこれは。チョコ? 我は基本的に主から与えられたものしか食べないのだが」
「そう睨むなよメイル。シルバ、受け取ってやれ。ホワイトデーにはちゃんとお返しするんだぞ」
「ふ、ふむ、主がそう言うのならば」
「やったー! ソーマありがと! ……と、特別にソーマにもこれあげるね! もちろん義理だから!」
「はいはい分かってるよ。ありがとなメイル」
「ふーんだ! せいぜいこれからもシルバさまに迷惑かけないことね!」
「わーってるわーってる」
「ちょ、メイル、あんた何私の先越してるのよ!」
「ひいいい! ごめんねティオちゃんー!」
騒ぎ出した2人を尻目に、シルバが俺の袖をくいくい引っ張る。
「そうだ主。我も実はチョコを用意していたのだ。いつ渡そうか悩んでいたが、ちょうどいい。受け取ってくれ」
「うお、デカい! ってバレンタインって普通女の子から男の子に渡すもんなんだぞ」
「聞けば友チョコという文化があるとか。親愛の証としてだ」
「友チョコも女の子同士で交換するものなんだけど……まあいいか、ありがとな」
「うむ」
それから数分後。
ようやく落ち着いたらしいティオ&メイルコンビが俺たちと足並みを揃える。
「ね、ねぇソーマ」
「ん?」
「実はね、私もチョぐはぁ!」
「ティオ!?」
駆け抜ける茶色い閃光。たなびくポニーテール。
「ソーマ。馳せ参じた」
「おお、我が妹よ」
「妹じゃない。幼なじみ」
「お、と、はぁ! いきなり何すんのよ!」
「不穏な雰囲気を感じたから。身体が勝手に動いたというか」
「何よそれ! って、あんたもまさか」
ニヤリ。
ティオを煽るように笑う音波は、案の定、懐からチョコを取り出した。
「私の体温で温めておいた。愛情温もりたっぷり」
「それチョコでやっちゃダメなんじゃ」
「冗談。懐には今さっき入れた。懐から取り出す瞬間、制服の中が見えそうになるドッキリ。ドキドキした?」
「いや特に」
「いけず。はい、チョコ」
「おう、毎年ありがとな。母親からのチョコだけじゃかわいそうだろうとといつも作ってくれる思いやり……感謝」
「だからいつも本命だって言ってるのに」
音波の最後の言葉は耳に入ってこなかった。なぜなら。
「シルバ殿。受け取ってくだされ」
「またチョコか。主が受け取れと言うだろうし、もらいうけよう」
「ふふふ。受け取ってもらえて、嬉しい」
「きゅい~! シン、なんであんたもチョコ渡してるのよ!」
「……ポッ」
「頬を赤らめるなぁ!」
いやーシルバはモテるなぁ。伝説の竜だし強いしイケメンだし当然か。
しっかし、音波の契約竜、シンはちっこいなぁ。小学生って言われても納得するレベルだぞ、でもメイルと同い年なんだよな~。髪型も深い緑色のおさげで子どもっぽいし。
「ああーもう! そろそろ限界だわ! ーー顕現せよ」
「おいティオ外で竜魔法はマズい!」
「ーー風神の刃!」
…。
……。
………。
「はっ! ……夢か」
起きた途端、今のが夢だったと悟る。
自分の世界に戻ってきてまだ1日しか経ってないし、こういう夢を見ちゃうのも仕方ないか。にしてははちゃめちゃな内容だった。俺の脳内どうなってんだ。
ティオのチョコ、もらいたかったな。
まあ、いいか。きっとまた、会えるから。
その時におねだりしてみよう。もちろん、お返しはすると先に伝えてから。
カーテンを開け、朝日を浴びる。
新しい1日のはじまりだ。