平行線の狭間で
若かりしころの、アレクの記憶。
復讐の、はじまり。
ただ話を聞くのと、目で見るのとじゃ天と地ほどの差がある。
こんなもの、見たくはなかった。
映像の中の、哀れな男に剣を突き立てているのは、自分なのだ。
アレクの悲しみが、憎しみが、そしてリーサへの愛情が、痛いほど伝わってきた。
だが、伝わったところでどうしようもない。可能性のついえた今となっては。
『……アレク、やっと、やっとこうして直接会えたわね』
やっぱり。
ティオの話では、意識的に繋がることによってまるで夢の中にりかのような状態になる、というようなことも言っていた。
この2人は夢の中なら、意識だけの世界ならば、再会できるんだ。
俺やアレクが伝説の竜と契約し、かつ竜神化していること、稀少で特別な能力を秘めた魔宝剣を介して繋がっていること、それらが作用して、こんなことが起こったのかもしれない。
『リーサ……本当に、君なのか?』
『なあに、何年も見てないから私の顔忘れちゃった?』
『まさか! この僕が忘れるわけないだろ! いつまでも脳裏に焼き付いてる。でも、信じられなくて』
『私もこんなことが起こるなんて信じられない。いくつもの偶然が重なった結果ね。神様に感謝しなきゃ。さあ、こんな特殊な状況そうそう長くは続かないだろうし、お互い言いたいことを』
『リーサぁぁぁぁあああああ! 会いたかった』
『もう、しょうがないわね、アレクは』
2人は固く、固く抱きしめ合っている。
アレクはまるで子どもみたいに泣きじゃくり、リーサもまたアレクを受け止めつつ号泣していた。
俺ももちろんもらい泣き。境遇を考えると、この再会にどれだけ価値があるのかがわかる。
アレクはリーサを失ってから泣かなかったのだろう。誰にも弱みを見せることなく強く残酷であり続けたのだろう。
リーサはアレクと別れてから同じ場所で何もできず歯がゆい気持ちのまま誰かを待ち続けたはずだ。何年間も同じところでいつ現れるともわからない人を待つのはどれだけの苦痛か。頭がおかしくなっても疑問を抱かない状況だ。
その2人が、複雑に絡まり合った運命の糸に導かれて、こうして出会うことができたのだ。
『リーサ、僕は、僕は、自分の復讐のために多くの罪を重ねてしまった』
『知ってる。まったく、バカなことをして。こんなことをして私が喜ぶとでも思ったの?』
『まさか。君は僕を叱るんじゃないかと思ってた。これまでの行動は全部自分のため。君への愛を貫き通すと誓った、自分の』
『バカ。……ほんとにほんとに、バカ』
『ふふふ、君にこうやってバカって言われたのは何年ぶりかな。でも僕は間違ったことをしてきたっていう自覚はあるけど、後悔はしてないよ。後悔、してないんだ。だって今、こんなにも心がすっきりしている。多くの人を殺した。でも、自分で決めたことだから。こんな僕を、君は許してはくれないのだろうね』
次にリーサが放った言葉に、俺は心臓をわしづかみにされたかのような衝撃を受ける。ここまで人は人を想うことができるのか、という感動が身体の芯を突き抜ける。
『許すわ、アレク。だって、私が許してあげないと、肯定してあげないと、誰があなたを許すっていうのよ。世界中の人間があなたの敵になったとしても、私だけはこの先ずっと、永遠にあなたの味方』
『ありがとう、リーサ。相変わらず優しいなぁ。僕は大罪人なのに、こんなにも幸せな気持ちになっていいのかな』
『どんな人間にも幸せになる権利はあるわ。それに、私やあなたは、もう……』
『……そう、だね』
リーサはやわらかな、アレクは憑き物が落ちたかのようなさっぱりした表情でこちらへ向き直る。
『ソーマ、何度もいうけど、今までありがとう。あなたがあのときこの場所で私を見つけてくれなかったら、こんな幸せな展開にはならなかった。気付いてた? この場所、私が殺された場所でもあり、ソーマが私を見つけてくれた場所でもあるの。私は願いを叶えることができた。色々ごちゃごちゃ考えてきたけど、こうやってアレクと会って、話したらどうでもよくなっちゃって、ああ、私はただもう一度アレクと再会したかっただけなんだって、気付いた。……世話に、なったわね』
なんという偶然だろう。
なんとなく見覚えがあるなと思ったらそういうことか。
すべての、はじまりの場所。
「どういたしまして。俺の方こそ何度も何度もリーサに助けられた。後ろから襲われそうになったとき警告してくれたり、魔宝剣の使い方を教えてくれたり。ありがたかったよ、お姉さんぶって励ましてくれたときとかも。今だから言うけど、本当にお姉さんみたいに感じてた。……寂しく、なるな」
『ふふ、私も本当の弟みたいに思ってたわ。少しは恩返しできてたようで、良かった。向こうの世界に戻っても元気でやりなさいよ。ソーマ、すぐに挫けるし、優柔不断だし、お姉さん心配』
「な、なにおう!」
『うそよ。ソーマは傷つきやすいけど、立ち直ることができる。何度挫けても、立ち上がることができる強さがある。実はね、なーんにも心配してないのよ。そのままのソーマでいてね』
「そう言われると逆に、なんていうか、恥ずかしいな。うん、リーサにみっともないところ見せないよう、元の世界に戻っても、自分の道を歩むよ」
『よろしい。ソーマならきっと大丈夫。この人生経験が豊富すぎるお姉ちゃんが保証してあげるんだから!』
そうやっていつも根拠もなく励ましの言葉を言う。でもその言葉には幾度となく救われた。
戻ったあとも、リーサのこの言葉を何回だって思い出そう。そうすればリーサが背中を押してくれる。そんな気がするから。
今度は、アレクが口を開いた。どうやら俺とリーサが話していた間、アレクはかたわらにいる契約竜のアーサーと話していたようだ。契約者と契約竜の会話を他の人間は聞くことができない。グレイヴは俺とシルバの会話を聞けていたし、話もできたが、それはあいつが竜だからだろう。そうじゃない俺にはどんなことを話していたか知る由もない。でも、アレクとアーサーの満ち足りた表情を見るだけで十分だった。
『君には恨まれても仕方のないことをしてきたけど、僕からもお礼を言わせてくれ。ありがとう。僕をグレイヴの呪縛から解き放ってくれて。こうしてリーサを連れてきてくれて』
「……もう、いいよ。2人の笑顔を見てたら、なんか何も言えなくなっちまった。俺が言うのもなんなんだけど、あっちでもリーサをよろしく頼む」
『もちろんさ』
弟のくせに生意気だーとかいう声は無視しておいた。
ごめん、カメリア、村のみんな。俺、結果的には仇をうったことになるんだろうけど、こいつのこと、憎みきれなかった。
そこで、魔宝剣ドラグサモンのつばの部分にある宝玉の光がチカチカと、まるで切れかけの電池のようになりはじめていた。
時間切れ。お別れの、時間だ。