死闘
「もうちょっとであのガキ竜を仕留められたのにな~。マテリア血族の女にも逃げられちゃったし、どれだけ我の邪魔をすれば気がすむんだよ、おい。こうなったらさっさとお前を片付けて我の本体と合流してマテリア王国を滅ぼしてやる。だから早く死んでね」
グレイヴは翼を使って飛び、爪で城の天井を突き破ったあと遥か上空で静止した。
魔力が収束していくのが見える。おそらく大規模遠距離魔法を使うのだろう。
どうする、回避するか? いや、もしホーミング性のものだったら危ない。ここは様子見も兼ねて防御魔法だ。
「――銀鏡の盾」
普段のものより大きな、ひし形の盾が無数に現れ、周りに浮遊する。
このすべてを組み合わせれば俺の身体をすっぽりと覆うことができるだろう。
魔法反射能力も健在だし、これならよほどのことがない限り攻撃を受けないはずだ。
「――虚竜の咆哮」
だが、あいつの竜魔法は想像を超えていた。
20、いや30ぐらい出現した魔法陣から、竜の骨格がずるりと出てくる。
その骨だけの竜たちに瞬く間に肉が付着し、30頭もの薄紫色の竜が現れた。
そいつらが全頭、虚ろな瞳でこちらに視線を向けてくる。
ゾッとした。1頭1頭の竜の大きさ、形がそれぞれ違う。これはあくまで推測でしかないが、このゾンビみたいな竜たちはきっと、グレイヴがイチから作り出したものではなく……。
「やれ、お前たち」
あいつの一声で虚竜たちが一斉に向かってくる。
ある竜は魔法陣を形成し、またある竜は全速力で飛行し、各々全く異なった方法でしかけてくる。
くそ、これじゃ盾だけで対応できない。様子見とか言ってる場合じゃなかった。こちらからも全力でしかける!
「――銀竜剣」
俺がはじめて使えた魔法であり、最も使い慣れた魔法でもある。
竜神化した今、それはもう元の銀竜剣とは別次元のものだった。
虚竜ほどの長さの、自分で持ち上げることなど不可能そうな巨大な銀色の剣が、計50本ほど展開し、虚竜たちを迎撃する。
空を駆ける銀色の線が何度も何度も走り、1頭、また1頭と屠っていく。
対抗できる。俺の力はグレイヴに届くんだ。
「さすが我と同じ姿になれただけはあるな。まさに神の力。まあ我の方が格上なのは覆しようのない事実だけど。――掴み取る手(ルカ―・ザ・ホールド)」
巨大な手が2つ現れたかと思ったら、空中を駆けまわり、銀竜剣を1つ、また1つと掴み、折っていく。
逆にあの手を斬ろうとしたが、避けられ、こともなげに消滅させられてしまう。
まだ虚竜は半数くらいしか減らせていない。まずはあの手をなんとかしなければ。
「――銀光閃!」
槍と言ってもさしつかえのない弓矢を空に向かって放つ。
銀竜剣以上にスピードがでる反面自分で操作できないが、ある程度の追尾性能はついてる。
すべてとはいかなかったが出現させた矢の八割はあの手に到達し、貫くことができた。
「ま、虚竜もその手もオトリみたいなものなんだけどね。ざーんねん」
気付かなかった。目の前の状況をどうにかしようと精一杯で、あいつの身体から伸びている複数の糸に。
慌てて銀鏡の盾で防ごうとしたが、たった1本、侵入を許してしまった。
それは俺の肩に突き刺さり、そして痛みも感じないまま消滅した。
「なんだこれ。何も起こらないじゃな……!?」
最初は小さな小さな違和感。だがそれが如何に致命的なのかわかる。
糸が消えてから数秒。すでにつま先が動かなくなっている。同時にやってくる、熱した針を突き刺したような痛み。
「再生の銀光!」
即座に回復魔法。だが、消えない。いくらか進行は遅くなったように感じるが、確かに麻痺と痛みは残っている。
「う~ん、並の人間なら1分ももたないんだけど、さすがだね」
「悪趣味な魔法使うんだな、伝説の竜のくせに」
「我は邪竜などと呼ばれている竜だよ?」
完全な解毒ができない今、長期戦になればなるだけ不利になる。
時間を稼ぐのが目的だが、生き残ることも諦めていない。
なら、もうなりふり構っていられない。毒が回りきる前に、攻め切る。
「――光曲の銀鱗粉」
銀色の粒子が身体を包み、光を屈折させる。結果、相手からは透明になったかのように見える。
視覚のみにしか作用しないため、おそらくすぐにどこにいるか悟られてしまうだろう。でもそれでかまわない。一瞬でもあいつの目をくらませ、スキをつくることができれば!
銀鏡の盾、銀竜剣、光曲の銀鱗粉。
以前は同時に発動できたのはせいぜい2つが限度だったが、この姿ならもっと多くの竜魔法の同時展開も可能のはず。だけど俺が制御しきれない。3つが限界だ。必然的に攻撃方法は限られてくる。
その中で俺が選択するのは、もちろん。
迷いなく鞘におさめていた魔宝剣・ドラグサモンを抜き放つ。
幸いなことに、俺にはこの世界で最高クラスの切れ味と強度を誇るこいつがある。それに、鍛えてきた剣技も。
高速空中戦で剣のみの戦闘スタイルをとるのははじめてだが、やるしかない。
翼に魔力を込め、地上を離れる。
なるべくすぐに位置を悟られないようジグザグに、ランダムに飛びながらグレイヴに肉薄する。
目が回りそうだ。脳みそがシェイクされているようで気持ちが悪い。それに自分が思い描いていた進路から若干外れてしまう。三次元移動がこんなに難しいとは。
荒っぽくても仕方がない。こうやって飛んで、その中で慣れる。いつもやってきたことじゃないか。
俺の目論見が当たったのか、飛び出した直後、グレイヴは俺がどこにいるのか把握できなかったようだ。
「そんな隠し玉を持っていたとは……もう、見えてるけどね」
背後から仕掛けた一撃を、振り返ることなく大剣で受け止められてしまった。
この一撃が入りさえすれば戦局を大きく変えられたのに……!
間髪入れず続けざまに二、三撃。
防がれてはいるものの、反応がほんの少しだけ遅れている。
つまり、剣技の方は俺にアドバンテージがあるということだ。
「く、人間の身体ってやつはどうしてこんな無駄に複雑なんだ」
そうか、わかったぞ。グレイヴは人間の身体に慣れていないんだ。いくら剣術に秀でていたアレクの肉体を使用しているとはいえグレイヴは竜。ろくに動かしていないだろう。
「すごいだろ、人間の身体ってのは。お前も竜の身体のがいいだろ? だからさっさとアレクに返してやれよ」
「やだよ。今の主、使いものにならないし。主も我も目的は同じなんだから別に我がやったって問題ないだろう?」
「問題ありまくりだ。この戦いはお前のじゃなく、アレクのもの。自らの人生を投げ打って復讐の道に身をやつしたアレクの戦いなんだ。アレクのとった行動には賛同できないし、間違っていると思う。でも、踏みにじっていいものじゃない。自分の考えや主張でもって正面からぶつかるべきだ。それをお前は無理矢理押し込んで……目的は同じでも意義が違う。お前の破壊衝動と一緒にするな」
あれ、なんで俺こんなこと言ってるんだ。アレクに同情しすぎてないか。
「ひどいなぁ。主の復讐したいって気持ちも、我の国を滅ぼして大陸を支配したいって気持ちも等しく『欲望』と呼ばれるものじゃないか。欲して望む。欲望に貴賤なんてない。それに竜である我に人間の価値観を押しつけるな」
剣を弾いた勢いそのままに後方に下がったグレイヴは、旋回しながら剣を構えこちらに迫ってくる。
「なら、戦うしかないじゃないか」
「最初からそう言ってるだろ」
やっぱりグレイヴにアレクを解放させることはできなかった。ダメ元だったけど、言いたかった。自分の身勝手な考えを主張したかった。
だって、無念だろう。意識が戻ったとき、すべてが終わっていたら。自分の手で、意志で成し遂げたいはずだ。自分の肩で、背負いたいはずだ。
戦いに意識を戻せ。切り替えろ。
特攻してきたグレイヴの攻撃を受け流せるよう、竜神化によって限界まで引き上げられた五感を研ぎ澄ます。
大剣が到達する一歩手前で、グレイヴの姿がかき消える。目で、追いきれなかった。
聴力と反射神経をフル活用して背後からの攻撃を防ぐ。
真正面から斬りかかってくると見せかけて直前に急降下し、背後に回る。
言うは易し、行うは難し。俺にはそんな動きとうていマネできない。
剣技では俺、翼を用いた空中戦では竜であるグレイヴに分があるため、互角。
何か1つのキッカケで均衡が崩れる。1秒たりとも気を抜くことがでいない。
だが、互角といっても俺には大分多くのハンデがある。
己の腕で剣を振りながらも、頭では銀竜剣を操作して虚竜を迎撃しなければならないし、おまけに少しずつ少しずつ毒が回ってきてもいる。幸いこの麻痺は足の先から進む特殊なもののようで、翼を使って飛んでいるぶんには問題ない。ただし、何十分か過ぎ、麻痺が上半身にまで到達したらいっかんの終わりだ。竜魔法のみで対処しなくてはならなくなる。
「なあーにを考えてるのかなぁ?」
く、気を抜くなと自分に言いきかせたばかりなのに!
体勢を崩しかけたがなんとか持ち直し、斬撃をいなす。
しかしあいつは攻撃の手をさらに早め、俺に生じた隙を全力で突いてくる。
防御することしかできない今の状況は危険だ。何か突破口は!
そのとき、俺の目に奇妙な光景が映り込んだ。虚竜の1頭が味方の虚竜を攻撃していたのだ。
グレイヴもそれに気づき驚愕した表情のまま命令する。
「おい、そこのしもべよ、何をやっている。ただちに味方への攻撃をやめろ」
よし、一瞬気がそれた。理由はわからないが反逆の虚竜さんありがとう。
残りの虚竜は3頭。もう銀竜剣を消しても問題ないだろう。まだ残っている禍々しい手を抑えつけておくための矢と、遠距離魔法を使われたときに対処できるよう盾も残しておけるとして、あと1つ竜魔法を使える余裕ができた。
「お前もこっちに集中しろよ」
「うっさいなぁ、もう。ていうかしぶといんだよ、人間風情が。そろそろトドメをさして……!」
もう1つ攻撃魔法を発動しようとしたとき、グレイヴが何の前触れもなく、唐突に表情を歪め、苦しみだした。
この好機を逃す手はない。
押されっぱなしから一転、こちらから猛攻撃をしかける。
「くっ……バカな、まさかあっちの我が瀕死状態に……有象無象の人間どもにそんなことができるはず……」
そうか! ティオやメイル、ユキト、マテリア王国軍が、グレイヴの本体を追い詰めたんだ! 瀕死ということはまだ倒し切っていないということだが、そこまでいったなら時間の問題だろう。
そこで、あることが閃いた。
ずっと疑問だったんだ。グレイヴはどうやって本体である竜の身体と、人間のアレクの身体両方を動かしているのだろうって。
どちらかは遠隔操作、それか魂を2分割している、はたまたあいつには2つ同時に世界が見えている、など色々考えたが、本体のダメージがこちらに作用しているということは少なくとも両者はリンクしているはず。
なら、つけいる隙はある。物理的な意味じゃなく。
「おい、聞こえてるか、アレク! いつまでこんなやつに身体乗っ取られてんだよ! すぐにでもリーサと話せるんだぞ! いるんだ、この剣の中に! なぁ、ずっと望んでたんだろ。リーサともう一度言葉を交わすことを! 本当は復讐なんかじゃなく、そんなささいで、でも叶うはずのないものが欲しかったんだろ? 運がいいぞ、それが叶うんだから! ちょっと手を伸ばせば手に入る。だから、その手を伸ばしてくれよ。俺がリーサの代わりにその手を取ってやる!」
アレクの凝り固まった心を、きっとリーサが溶かしてくれる。
そのためには、2人でじっくり話す時間が必要なんだ。
「……耳障りだなぁ。無駄なんだよ、主の心はすでに……!? おい、主よ、やめろ、我に任せておけばすべて上手くいく……今さらそんなこと! 我がいたからここまでこれたんだぞ、身の程をわきまえろ、人間! わめくな、暴れるな、こじ開けようと、する、な……」
つばぜり合いの手が、ゆるむ。放たれてた圧倒的なオーラが消え、瞳から悪意が抜け落ちる。
「アレク! やっと、やっと戻ってこれたんだな」
成功、した。やりきったんだ、俺は。
前線にいるみんなのおかげだ。ティオたちが本体の方をなんとかしてくれるって信じてたからこそ、ここまで戦えた。
どれくらい戦い続けたのだろう。時間の感覚が曖昧だ。
身体から力が抜けそうになる。
まだダメだ、気を引き締めろ。リーサの言葉をアレクに伝える仕事が残っている。
俺が言葉を続けようとしたとき、アレクが静かに、ささやくように、予想だにしなかったことを言った。
「ソーマ……僕を、殺してくれ」