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第五章 「これで解決ですか?」

第五章 「これで解決ですか?」



 その日の夜、圭介の部屋で圭介はベッドに腰を掛け、真理恵は机の椅子に座って、くつろぎながら今日起こった出来事を話していた。

 今やっと落ち着いてゆっくりとしているがこれまでの経緯が大変だった。美穂を自宅に送り届けたものの、圭介達が帰ろうとすると、帰らないでほしい、泊まってもらえないかと、聞き分けのない子供のように懇願し手に負えない状態だったのだ。

 あんな経験をした後で自宅に一人で夜を過ごすというのは決して心地の良いものではないだろう。まして早朝と午後、一日で二回も怖い目に合っているのだ、誰かと一緒に居たいと思うのは当然のことかもしれない。何とか美穂をなだめ今に至っている。

 二人は今日の出来事を対峙して、なぜこんなことが起こっているのか? どうして美穂なのか? あの女性は本当に美由紀なのか? を分かっている限りの情報で検討していた。

「圭ちゃん、もしかして何か分かった?」

 椅子に腰かけ机に頬杖をついていた真理恵が、考え込んでいた圭介の目が現実に帰ってきたのを見て今までの話を総括するように言った。

「大筋の謎は解けたと思う。後は明日……」

 そこまで言った時“ガチャ”と部屋の扉が開いた。そこからラフな格好をした美穂が現れる。

「先にお風呂ありがとう」

 濡れた髪をタオルで拭きながら、という何とも艶めかしい仕草で部屋に入ると、ベッドに座っている圭介の横に当然のように腰を掛けた。結局一人にするわけにもいかず圭介の家に連れてきたのだ。

しかし今度は真理恵の方が問題だった。高校生が異性の家に宿泊するのはおかしいと、猛烈に反対した。一部の人しか知らないとはいえ二人は婚約者だ、そんなことが許されていいはずがない。私の家に泊まればという真理恵の意見を美穂が受け入れず、結局真理恵も一緒に泊まるという条件で何とか事を収めた。

圭介は両親に事情を説明し。信用のある圭介に両親は真理恵も一緒だったらということで承諾してくれた。

 それにしても美穂はラフな格好をしている。首元が大きく開いて少し前かがみになると胸の谷間がはっきりと見えるようなTシャツに短パン、どう見ても圭介を挑発しているような格好にしか見えない。今日の恐怖体験は本当だったのかと疑わざるを得ない。

 それに何気なくサラッと圭介の横に座った事にも腹立たしさを感じた。当の圭介は何事もないような態度と表情で美穂に接している

「ところで私は今日どこで寝るの?」

 美穂が艶めかしい表情で、圭介に身を寄り添わすように言った。

(近い、近い!)

 真理恵は気が気ではない。

「隣の部屋が空いているから、今日はそこで早川君と長谷川君は休むといいよ。ベッドはないから布団を敷いて休んで」

 表情一つ変えずに圭介が答えると、

「え―っ! 私ベッドじゃないと眠れないの」

 何とも我儘で、下心見え見えの態度に、真理恵の堪忍袋が張り裂けそうになるが、両手をぎゅっと握り締め何とか耐える。しかしどうしたらこんなに積極的になれるのだろう? 苛立ち半分、尊敬半分の不思議な感覚に囚われる。そんな真理恵の葛藤をよそに、

「この部屋は一人しか寝ることが出来ないから、一人でも大丈夫ならこのベッドを使っていいけど」

 淡々と答える。

「それはそれで何だか怖いから、このベッドで一緒に……」

 それ以上は言わせまいと、次の言葉を遮るように、

「それは問題でしょ! まだ高校生だし、やっぱり節操は守らないと!」

 真理恵の突然の横槍にびっくりしたように身を仰け反らせると、子供を見るような目で真理恵を凝視し、体裁を整えると、

「前にも言ったでしょ! まだじゃなくてもう高校生なの」

 そう言いながら圭介の方に顔を向け、同意を求めるように、

「中山君はどう思う?」

「どうと言われても……。やはりその辺りは旧い常識かもしれないけど、一応一線は引いといた方がいいと思うから、君たちは隣の部屋で休んでよ。何かあったら直ぐに起こしてくれればいいから」

 圭介からそう言われ美穂はしぶしぶ納得した。その前で真理恵は大きく安堵の息を吐いていた。



 その日の深夜二時を過ぎたころ、まさに丑三つ時の時間に美穂は隣ですやすやと眠っている真理恵を横目にそっと布団から出ると、抜き足差し足で部屋を出て隣の圭介の部屋に静かに入っていった。

 ベッドでぐっすり眠っている圭介に近づくと、しばらくその寝顔を見ていたが、ゆっくりとした動作で圭介の布団に入り寄り添うように横になると、余程落ち着くのだろう。あっという間に小さな寝息を立てた。

 しかしその眠りも長くは続かなかった。



 美穂は美術室に作られた仮のステージの上でポーズをとっていた。髪を掻き上げたり、腕を組んだり、その場に座って誰かを挑発するようなポーズで数台のカメラの被写体になっている。その姿を別の場所から見ている自分がいた。幽体離脱したかのように自らの目で自分を見る、何とも奇妙な感覚に囚われる。

(これは夢だ!)

 感覚的にそう感じた。そう思うと心なしか高揚した気持ちでそれを見ることができ、撮影を楽しんでいる自分の姿を客観的に静観することが出来た。しばらくその夢を楽しむように見ていたが、

(!)

 画面が急に歪んできた。水面に映った景色を何かで撹拌したように崩れていく。錯綜された画面がしばらくの間続いたが、それが落ち着いてくると、そこには先程とは違う画面が映し出された。

 二人の男が掴み合いの喧嘩をしていた。学生服を着ているので高校生辺りだろうか。その後ろに一人の女生徒、登場人物は三人だけだ。喧嘩をしている男は二人共知らない顔だったが、もう一人の女性徒の顔をみてハッとした。その女生徒は自分そっくりに見える。いや正に自分自身だった。

 喧嘩はエスカレートしていき、かなり激しい状態になっていて、近くにいる女生徒もどうすることもできず怯えたような表情で立ち竦みその状況を見ることしかできずにいる。

二人の男子生徒は掴み合ったまま、あちらこちらと移動していたが、勢い余り立ち竦んでいた女生徒に衝突した。女性の身体が突き飛ばされるような状態になり“ふわっ”と浮き上がると、開いていた後ろの窓から身が投げだされるような恰好になった。

 一瞬の出来事だった。掴み合いをしていた男子生徒達も、息をのみその場に硬直する。その出来事に頭も冷静になったのか、お互い腕をゆっくりと解き窓に近づくと下を覗き込んだ。青々と茂った中庭の芝生に上にうつ伏せに倒れこんでいる女生徒の姿が小さく見える。その場で客観的に見ていた美穂も、男子生徒と同じ視線でそれを見ていた。倒れ込んで身動きしない女生徒はやはり美穂自身の姿にしか見えなかった。



「!」

 美穂は大きく息を吸いこみながら目を覚ました。夢だと感覚的には解っているものの、やはり自分が危険に遭遇している様子を見るのは気持ちの良いものではない。しばらく息を吐くことを忘れ大きく目を見開いていた。身体が呼吸という行為を思い出したのか今度は大きく息を吐く。今度は人間としての本能がそうさせるのか立て続けに大きく深呼吸をさせ気持ちを落ち着かせようとしていた。

 数分間はそうしていただろうか? 呼吸が落ち着くとゆっくりと躰を起こし横で眠っているはずの圭介に視線を移したがそこに圭介のる姿はなかった。

 急に部屋の明かりがついた。手に麦茶か何かを持っている圭介が部屋の扉の前に立っていた。

「大丈夫?」

 ゆっくりとこちらに近づいてくる。

「びっくりしたよ。朝方目が覚めたら早川君が隣にいて苦しそうに魘されているし、譫言のように“あれは私、あれは私” と言っているし」

 そう言いながら手に持ったコップを美穂に差し出した。

「取り敢えずこれを飲んで。落ち着くから」

 美穂はそのコップを受け取り、半分程一気に飲み干した。気持ちが落ち着いてくる。

「また何か怖いことでもあった?」

 美穂は直ぐに答えることが出来ず、長く息を吐き出して首を横に振った。

「夢を見たの、たぶん三村さんが美術室から落ちた時の状況みたいな感じの、でも落ちて倒れていたのは三村さんではなくて私で、それを別の私が見ていて……」

 美穂は自分を抱きしめるようにして少し震えていたが、少しずつ夢の内容を話し始めた。余程生々しい夢だったのだろう。しかし圭介は何もできないままその場に立ち尽くすしかなかったが、

「もう大丈夫だから、僕がここにいてあげるからもう少し横になって休んでいれば落ち着いてくるよ」

 そう言って美穂の肩に手を掛けゆっくりとベッドに寝かせると、布団を掛け、自分は机の椅子に腰を掛けた。しばらくしてベッドから小さな寝息が聞こえてきたので、部屋の電気を消し代わりにデスクライトを灯した。



 午前六時、既に明るくなっている空は、雲一つない晴天から気持ちの良い光を注がせていた。

 机でうつ伏せに蹲るように眠っていた圭介は、カーテンから漏れる明かりで目を覚ました。目を擦りながら躰を起こすと、大きく伸びをしてベッドで眠っている美穂に目を向ける。今は気持ちよく眠っているようだ。深夜の状態とは打って変わって安らかな寝息をたてている。若い女性の寝顔を見るものどうかと思い視線を放したとき、部屋のドアがノックと共に開いた。

「やっぱり、早川先輩ここにいたんだ! 目が覚めた時部屋にいなかったからひょっとしたらと思ったけど……。どうして圭ちゃんのベッドで寝てるの?」

 一瞬躰を仰け反らせて、驚いたような顔をしていたが、

「おはよう、真理恵! そう目くじら立てないでこれから説明するから」

 落ち着いた圭介の対応に、

「お、おはよう」

 バツが悪そうに返事を返した。ゆっくりと圭介の方に近寄ると、圭介は椅子方立ち上がり真理恵に席を譲る。真理恵が座ると、その正面に立ち昨夜の出来事を話し始めた。美穂が圭介のベッドに寄り添うように入ってきたことは省き、少しばかり改ざんした内容で話す。

十五年前の美術室の事故に酷似した夢を見たこと、その時落下した女性が自分だったこと、その無残な姿を別の自分が見ていたということ、そして全身が震えていて意識が呆然としていたことなどを掻い摘んで話した。

「だから取り敢えずここに横になってもらっているというわけ。別に早川君と何があったというわけではないから心配しなくてもいいよ」

 そう話を締め括ったが、真理恵にとっては納得できる話ではなかった。圭介を信じていないわけではないが、美穂の行動に警戒の念が沸き起こってしまう。

 早くこの事件を解決して、圭介と美穂の距離を遠ざけなければと思っていた。今日がゴールデンウィーク最後の休みだ、出来ることなら今日中に何とかしたいと思う真理恵だった。



 圭介は一日越しの山本家の前に立っていた。朝、美穂が目を覚ましてから、真理恵との間にひと悶着あったが、それをお互い納得するように宥め、一旦美穂と真理恵を自宅に帰して、それぞれ簡単な調べ物を頼むと、昨日行き損ねた山本家に足を伸ばしたのだ。

 目の間にある山本写真館の開きドアを開けると、ゆっくりと足を入れ

「こんにちは!」

 奥にいる男性に声を掛けた。その男性はこちらに目を向けると、珍しいものを見るような顔をしたが、

「圭介君! 久し振りだね。噂だけは色々聞いているけど、中々会う機会がないから、急でびっくりしたよ!」

 彼はこの店の三代目当主に当たる早苗の父親である山本武史だ。以前は頻繁に写真について教わっていたのだが、圭介がある意味有名になってからは、迷惑を掛けないようにするために足が遠のいていた。たぶん半年振りくらいの対面だろう。

「ところで急にどうしたんだい?」

 これまでと同じように気さくに声を掛けてくれる。圭介は少し躊躇しながら、

「少し聞きにくいことなんですけど、三村美由紀さん知っていますか?」

 一瞬武史の表情が強張ったかに見えたが、何事もないように、

「名前は知っているよ。十五年前早沖高校で事故にあった子だったと思うけど」

「その三村さんですが、事故の時に一緒にいた山本さんという学生のことで少しお伺いしたいことがあって、その山本さんというのはもしかしておじさんと何か関係がある人ですか?」

 単刀直入にストレートを投げ込む。武史はやはりそのことかと思うような表情で、

「三村さんの名前が出たから、もしかしたらと思ったけどあの事故の何が知りたいのかな?」

 圭介は早川美穂に起こったことを掻い摘んで話す。美術室で撮影会を行ったときに映った奇妙な写真。その撮影会以降美穂の起こる不可思議で怪奇的な出来事。そして既視感とも思える事故当時の状況を綴った夢を簡潔にまとめた。

 武史は腕を組み圭介の話を真剣に聞き、話し終わると腕を組んだまま椅子の背凭れに深く躰を預けると、

「余りあの時のことは話したくはないし、今の話も俄かに信じがたいことだけど、圭介君が言うことだから嘘は言っていないと思うし……。それに話を聞いていると状況が状況だけに放っておくこともできないね」

 武史は左斜め上を見ながら思案している。そして意を決したように、

「分かった、話そう! その山本というのは私の弟卓也のことなんだ。卓也は三村さんと同じ高校、早沖高校に通っていた同級生で。当時卓也は三村さんに思いを寄せていたようだが、彼女には付き合っている人がいて一方的な片思いだったらしい。ある日卓也は三村さんと付き合っていた子が、他の女生と腕を組んで歩いていたのを見て、そのことを問い質すと、開き直ったように二股を認めたそうだ。ある日そのことに関して二人は口論となり、つかみ合いの喧嘩となって、不運なことにそれに巻き込まれるように三村さんは三階から落ちてしまった」

 武史は一度話を止め、小さく溜息をつく。圭介にはその事故に係った親族関係者の気持ちが、忍びない気持ちと共に痛感できた。偶発的とはいえ一人の女生徒の人生を大きく狂わす結果となったのだ。

「あの後卓也は三村さんのところに何度か行ったそうだが、彼女には会わせて貰えなかったらしい。簡単に話せばこういうことだけど、あれから十五年も経つんだな」

 懐かしむことではないのだろうが、時というのは、人の気持ちを感化させる。武史は過去のこととして自分の中で合理化しているようだった。



 その頃真理恵は圭介と別行動でもう一人の山本宅を探していた。圭介に頼まれた訳ではないが遠藤先生の話を聞いて、どうしても当時付き合っていた山本という人物に会ってみたかったのだ。なぜあの時あのような事故が起こらなければならなかったのか? そしてなぜその後の彼女を見捨てたのか? 女性としては納得できない行動に憤りを感じながら図書室で十五年前に学校で起こった過去の記事を検索していたが、詳しい記事は見つからなかった。大きな扱いをされた事件ではない。ましてや未成年の事件である。名前や住所など掲載されているはずもなかった。

 横に置いていたスマホが振動音を鳴らした。図書館なのでマナーモードにしておいたのだが、硬い机の上を叩く振動は思ったより大きく聞こえる。周りの人達が一斉に真理恵の方に視線を向けた。慌ててスマホを手に取る。そして図書室から一旦出ると、

「圭ちゃん!」

『真理恵、今大丈夫?』

「うん、大丈夫だけど。」

『今から会える? 少し頼みたいことがあるんだ。僕の推測が正しければこれで今回の事象は解決するかもしれない』

「何か分かったの?」

『取り敢えずいつものところで、その時に説明するから

「分かった! ……うん……一時間後に』

 真理恵は電話を切ると図書室に戻り、使用していたパソコンの電源を切って、そそくさと図書室を出た。結局目的は達成できなかったが、圭介が何かに気付いたのだ、ということは既に解決したに等しい。イコール圭介と美穂との接触も無くなるということになる。そう考えると少し気分が晴れたように軽い足取りで圭介との待ち合わせ場所に向かった。





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