第三章 「少し近づき過ぎていませんか」
第三章 「少し近づき過ぎていませんか」
美穂が怪奇現象に見舞われる数時間前、時間にして午後七時、圭介と真理恵は圭介の部屋で話をしていた。圭介はベッドに腰を掛け、真理恵は机の椅子に向かい合って座っている。こんな時間に一つ屋根の下に思春期の男女が二人でいるのはどうかとも思うが、それは婚約者同士お互いの両親も納得の上なのでさして問題にならない。二人とも相手方の両親に信用があるようだ。
「いったい何が起こっているのかしら」
今日学校で撮った圭介の写真を見ながら頭を傾げるような仕草で言った。
「よく分からないけど、奇怪なことが起こっているのは確かだと思う。早川君に原因があるのか、美術室にあるのか、それとも無関係にたまたま写っていまい被害を被っているだけなのか、どちらにしても何らかの対策を考えないと何かが起こってからだと遅いし」
圭介は立ち上がり真理恵の方に歩み寄ると机の上に置いてあるノートパソコンの電源を入れた。すぐ横に立っている圭介に真理恵は座ったまま圭介の腰に手を回す。
「ねえ! 美穂先輩の事どう思ってる?」
美穂の圭介に対する言動に不安を感じているのか、上目使いに圭介を見ながら潤んだ瞳で言った。
「別に何とも思っていないさ。真理恵が心配するようなことは一寸たりとも脳裏にないから安心していいよ」
優しい表情で答える圭介の言葉を聞きながら椅子から立ち上がると真理恵の方から圭介の唇に自分の唇を重ねた。
「大丈夫。僕はそんなに器用じゃないから他の子に目移りすることはないよ」
唇を離し優しく告げると真理恵を抱きしめた。
翌朝、圭介と真理恵は肩を並べ、遠藤先生に話を聞くために学校へ向かった。ゴールデンウィーク中ではあるが遠藤先生のことだから学校に来ている確率はかなり高い。そういう先生なのだ。
真理恵に確認してもらう予定だったのだが、圭介も聞きたいことがあり一緒に行くことにした。
学校に着くとその足で直接職員室に向かい遠藤先生を探す。何人かの先生がいたが、案の定遠藤先生も机に座り何かを書いていた。二人は先生の方に歩み寄ると、
「遠藤先生。少しよろしいですか?」
圭介が丁寧な言葉で話しかけた。遠藤先生は何かを書きていた手を止め振り返る。
「中山か!どうしたんだ?」
「少し教えて頂きたいことがあるのですが」
「少し待ってくれるか」
遠藤先生はそう答えると、再び書類の方に向き直りペンを走らせ始めた。圭介達は二、三歩下がって先生の作業が終わるのを待つ。何を書いているのかわからないが達筆な文字で流れるように書いている。十分程経っただろうか先生の手が止まり、ペンを置くと圭介達の方に向き、
「ここでいい話か?」
そう言い、圭介が頷くと、近くにある他の先生の椅子を二脚程引っ張り出すと二人に勧めた。少し迷いながらも勧められた椅子に座ると、
「勉強の事なら儂はお前に教えることなど無いぞ。お前の方が全てにおいて知識は優っているからな」
中山圭介という人物は教師にとって非常にやりにくい生徒なのかもしれない。
「実は昔あったという写真部についてお伺いしたいのですが」
「写真部? ああ十五年前に廃部になったやつか。昔の写真部の何を聞きたいんだ?」
昔を思い出すように天井を見上げながら余り触れたくないような表情で答えたが、圭介はそんな先生の表情にもおかまいなしに尋ねる。
「その写真部はどうして廃部になったのですか?」
遠藤は腕を組み思案するように、
「うーん。あまり話したくはないのだが、どうしても聞きたいことなのか?」
「出来れば教えて頂きたいのですが。実は……」
先日起こった出来事の一部を掻い摘んで話した。遠藤は思慮深く聞いていたが少しずつ難しそうな表情に変わっていった。
「色々と原因を考えてみたのですが、どうもしっくりとくるものがなくてひょっとしたら過去の写真部に何か原因があるのではないかと。そのせいで写真部は廃部になったのではないのですか?」
遠藤はしばらく考え込んでいたが、意を決したのか、
「中山だから話すが、余り外に口外しないでくれよ。」
圭介と真理恵は小さく頷く、
「あれは十五年前の冬だったかな、十二月の半ばの事だったと思う……」
遠藤の話によると十五年前の冬、当時十人近くいた写真部で今回圭介達が行ったような撮影会を行ったらしい。当時の部長だった山本洋二という男子生徒と恋仲にあった三村美由紀という女生徒との間に割って入った一人の男子生徒がいた。彼も写真部員であったが、二人の関係を知りながらも強引に交際を求めたらしくちょっとしたきっかけで山本とその男子生徒が喧嘩を始めた。俗にゆう三角関係の縺れというか、その男子生徒がありもしない噂を喧伝し圭介の耳に入ったことが原因らしいのだが、取っ組み合いの喧嘩になり、その喧嘩の仲裁に入った三村美由紀が突き飛ばされる格好になった時、運悪く三階にある美術室の窓から落下してしまったのだ。幸いなことに下には大きなタマツゲの木が覆い茂っていたため命は助かったが、今でも寝たきりになっているらしい。
そのことが原因で写真部は一週間の活動停止になったが、数人の部員がそれを機に退部してしまったため結果的に廃部になってしまったという。
「いやな事故ですね。それでその女生徒は今でも病院かどこかにいるのですか?」
「今は自宅でご両親が目覚めるのを信じて看病しているそうだ。あれから十五年も経つから、もし目が覚めたとしても日常生活は難しいだろうな」
「そうですね。全身の筋肉が衰えてしまっているでしょうから」
圭介の隣で真理恵が、聞かない方が良かったかもしれない内容に悲しそうな表情をしている。
「ところで山本さんという方は、今どうしているのですか?」
「山本は結婚してこの街のどこかで暮らしているらしいが、俺もよくは知らない」
遠藤のその言葉に真理恵がポツリと呟く、
「山本さんは事故の後三村さんとの関係を切ったのかしら、もしそうなら悲しすぎる。私はそんな人嫌だな」
「山本さんは山本さんで色々あったんだと思う。確かに悲しい話だけど現実はドラマや小説のように綺麗ごとでは生活できないからな。生きているからこそつらい選択する必要もあるさ」
圭介のその言葉に不本意さを感じながらも真理恵は黙って聞いていた。
学校からの帰り道、二人は居心地の悪そうな雰囲気の中肩を並べて歩いていた。あれから色々と話を聞いたが重苦しい内容の話しか聞くことができず二人とも気分的に参ってしまったようだ。
その雰囲気を打破するように真理恵が重い口を開いた。
「何かつらい話だったよね。特に三村さんなんか今も寝たきりなんでしょ。救われないよね」
「そうだな……」
圭介が続きを話そうとしたときポケットの中の電話が鳴った。電話を取り出し、
「はい、中山です」
しばらく相手からの言葉を聞き、うん、うんと相槌を打っていたが、
「わかった、今からそっちに行く」
そう言って電話を切ると、
「また早川君に怪現象が起こったらしい。今から行くけど真理恵も一緒に来るかい」
真理恵は小さく頷き、二人は歩く速度を速め先を急いだ。
美穂は一階のリビングで自分を抱きしめりように両手を肩に回し小さくなりながらソファーに座っていた。両親は一昨日から親戚の家に出かけている。今誰もいない閑散とした部屋の中で心細い時間を過ごしていた。
昨夜は背筋が凍るような体験をし、気を失った美穂は、部屋のドア下で気を失っていた状態のまま朝六時頃意識を取り戻した。そのまま部屋にいることもできず、直ぐにリビングに下りて照明を点けた。外は既に明るくなりかかっていたが、少しの暗さもその時の美穂には耐え難いものだったようだ。
直ぐに圭介に連絡しようと思ったが、こんなに早くから電話をするものどうかと考え直し、取り敢えずテレビを点ける。画面に映るいつもの見慣れたキャスターの顔を見ると少し落ち着いてきた。
しばらくボーっとしながら見ていたが、気分が良くなってきたのでキッチンに向かいコーヒーを入れた。再びソファーに座ると温かいコーヒーを一口啜る。体内に流れ込むカフェインが美穂の頭をすっきりさせた。少し冷静さを取り戻したことを確認認識すると壁掛け時計の方を見る。午前七時一時間近くボーっとしていたようだ。
テレビは芸能界のどうでもいいような出来事を淡々と放送している。美穂はスマートフォンが二階の自分の部屋にあるのを思い出し、余り行きたくなかったが意を決して取りに行く事にした。階段を上がり自分の部屋の前まで来ると、一呼吸おいてゆっくりとドアを開ける。いつもの景色が目に入り、何も変わり映えがしない部屋に安堵しながら中に入った。机の上に置いてあったスマートフォンを手に取ると、机の下の落ちている一枚の紙に目が止まった。昨日圭介から貰った魔除けだ。昨夜はこれのおかげで助かったのだと思いそれを拾った。そのまま部屋を出てリビングに下りる。
ソファーに座りもう一度時計を確認したが、まだ時間的に圭介に連絡とするのは早いようだ。テレビに視線を戻し、そのままソファーに横になる。体が気怠さを訴えるように脳に指令を送っている。数分間その姿勢でテレビを見ていたが、気を取り直し起き上がると頭と躰をすっきりさせるためにシャワーを浴びることにした。
衣服を脱ぎバスルームに入ると少し熱めのお湯に設定し頭からそれを被った。躰を流れる熱いお湯に身を任せるとすっきりとしてくる。その間に湯船にお湯を溜めた。
たっぷり二時間近くお風呂に入り、髪を乾かし服を着た時には既に九時を少し回っていた。ソファーのローテーブルの上に置いてあったスマートフォンを手に取ると圭介に連絡を入れた。
午前十時、圭介と真理恵は美穂の家にいた。真理恵が一緒にいることに怪訝さを感じたが今はそんなことを深く考えている時ではなかった。昨夜の出来事を説明するのに、記憶をたどりながら詳細に説明することに意識の大半を使っていたからだ。
リビングのソファーに九十度の角度で隣り合って座り、上手に相槌を打ちながら話を聞いていた圭介は、話が終わると、
「それは写真の女性に間違いなかった?」
「間違いないと思う」
「そうかあの写真の女性は早川君に何かを訴えるために現れたのかもしれないな」
「でも、どうして私なの?」
美穂の疑問も最もだ。美穂自身何も思い当たることがないのだから。
「それは分からない。早川君とその女性と過去に何か関係があるのか、それとも共通点があるのか、単に波長が合っただけなのか」
圭介が腕を組みながら考え込んでいると、並んで座っていた真理恵が、
「さっき遠藤先生から聞いた三村美由紀さんとは関係がないのかな?」
「そうだな、それが現状での唯一の手掛かりだな。その三村さんのお宅に行ってみるか。何か分かるかもしれないし、早く何とかしないと早川君に何かが起こってからでは遅いからな」
「私も一緒に行ってもいい?」
美穂が伺いを立てるように言った。圭介は小さく頷く。
「それと……」
少しもじもじしながら上目使いで圭介に視線を送る。強烈な目力に隣にいた真理恵でさえドキリとした。世の男共ならイチコロだろう
「今日もお父さんとお母さんいないの。私一人で心細いからよかったら泊まってくれないかな……」
その不適な言葉に反応したのは真理恵だった。
「そ、それはまずいでしょ!」
圭介を庇うように身を乗り出し、狼狽えたような口振りで言った。真理恵としては絶対にあってはならないことだ。
「長谷川さんがどうしてそんなに慌てたように言うの?」
真理恵の行動に疑問を覚えたのか、懐疑的な表情で真理恵に言った。
「だって、まだ高校生でしょ! どう考えても一つ屋根の下で一夜を過ごすというのはまずいでしょ」
不敵な笑みを浮かべ美穂が反論する。
「逆にいうと、もう高校生でしょ。色々なことがあってもおかしくない年齢だと思うわ!あなたはまだ子供だから分からないかもしれないけど」
美穂の意味深な言葉と、真理恵に対する挑発的な言葉、圭介に向ける眼差しに憤慨と危機感を覚えた真理恵は、
「じゃあ、私も泊まる。それなら間違いも起こらないだろうし体裁的にも大きな問題にならないと思うから」
真理恵の些細な抵抗に、さらに反論しようと美穂が身を乗り出そうとしたとき、
「それなら、写真部のみんなも呼んで、今回の出来事の対策を夜通し討論しようか」
圭介の提案に美穂は乗り出そうとした身をソファーに落ち着かせると、不満げな表情で圭介の方を見る。逆に真理恵は圭介の横で安堵の表情をしていた。
その後写真部のみんなに連絡を取り、由貴と悟志は午後七時に早川宅に合流することになったが、早苗は用事があるらしく今回は不参加となった。
その話をまとめた二時間後、三人は三村宅の前にいた。
「ここみたいだな」
圭介はそう言いながらインターフォンのボタンを押すと、インターフォンから小さなチャイム音が流れた。
『はい。どちら様でしょうか?』
少し警戒感のある女性の声が返ってきた。圭介はインターフォンに顔を近づけ、
「すみません。中山と申しますが、こちら三村美由紀さんのお宅でしょうか?」
『はいそうですが、御用件は?』
さらに警戒感を深めたようで、疑心的なイントネーションで答える。
「十五年間、早沖高校で起こった事故の事でお話伺いたいのですが……。余り話をしたくない内容だとは思いますが、僕の友人に起こっている奇妙なことと何かしら関係がありそうなのでご協力お願いします。」
「はあ」
乗り気のない返事が小さく響く。
「もしかしたら、美由紀さんが目覚めないのは医学的理由だけではなく、他の理由が考えられるかもしれません」
圭介のその言葉に、
「すみませんが、もう一度お名前を……」
僅かばかり前向きな感情を含む言葉が返ってきた。
「早沖高校の中山圭介と言います」
“ハッ”とするような息使いがインターフォン越しに感じ取られる。
「もしかしてあの中山圭介さんですか?」
「“あの”というのはどういう“あの”のことか判りませんが、中山圭介と言います。どこかでお会いしたことがありましたか?」
「いえ、失礼しました。有名な天才、中山圭介さんのことは存じ上げています。少々お待ちください」
圭介の名前はこのような一般家庭にも浸透しているようだ。数々の新聞や雑誌、そしてテレビで取り上げられているので、知る人は知っているのかもしれない。こんなところでこの名前が役立つとは思いもしなかった。
しばらくすると、目の前に見えている玄関が“ガチャ”という音と共に開いた。少し開けて用心深く圭介の顔を見ていたが、自分の知っている顔と一致したのか、扉を大きく開けた。五十代半ばの少しやつれたように見える女性が顔を出し、
「初めまして三村です。中山さんのことはテレビや雑誌で拝見したことがあります。希有の天才であるとか。美由紀の身に何が起こっているというのですか?」
微かな希望の光を瞳に宿しながら尋ねた。
「まだはっきりとしたことは判りませんが、美由紀さんに合わせて頂けませんか? 今僕達に起こっている出来事と美由紀さんとの関わりを確認したいと思っています」
圭介の言葉に意を決したのか、躰を横にずらし玄関口を大きく開けると、圭介達を促した。
「どうぞお入りください」
圭介達は八畳程のリビングに通された。昔ながらの作りになっていて、テレビを正面に向かい合わせのソファーが真ん中にあり、テレビと対峙して大きなサイドボードが置いてある、サードボードの中にはワインクラスや陶器の器が綺麗に装飾されていた。
勧められるままソファーに腰を掛けると、美由紀の母と思われる女性は、一旦奥の部屋に行きしばらくしてコーヒーを持って帰ってきた。
「すみません、お構いなく。突然お邪魔したのはこちらですから気を遣わないでください」
圭介は恐縮して頭を下げた。隣で真理恵と美穂も同様に頭を下げる。
「美由紀さんのお母さんですか? 美由紀さんにお会いすることはできますか?」
早速とばかりに声を掛ける。
「美由紀の母です。美由紀は奥の部屋にいますが、お話をすることはできないと思います。十五年間眠り続けています。月に一度お医者様に診てもらっています、が呼吸もしていて脳も生きているそうで、眠っているのと同じ状態だそうです。今の医学では考えられない事象でどう対応していいのか判らないようです」
美由紀の母は自分ではどうすることもできないジレンマを、誰かに話したいとばかりに言った。
「中山さんは先程、医学的だけではなく他の理由があるかもしれないと仰っていましたが何かあるのでしょうか?」
「まだはっきりとしたことは判りません。美由紀さんに会わせて頂ければ何か判るかもしれません」
母親は少し考えていたが、
「分かりました。こちらへどうぞ」
そう言って圭介達を奥の部屋に導いた。通された部屋の中に介護用のベッドに仰向けに眠っているように見える美由紀かいた。長い年数眠っていたせいか髪はかなり伸びている。それでも時折散髪をしているのだろう、綺麗に整えられていた。
その顔を見た途端、美穂が、
「この人!」
「やはりそうか。もしかしたらと思っていたけど」
圭介も同じ反応を示す。真理恵も同様の感覚を表情で表していた。正にあの写真に写っていた女性に瓜二つだ。美穂に至っては恐怖心を呼び起こされたのか圭介の陰にしがみつくように隠れる。
「あの、どうかされました?」
母親が訝しげに三人に声を掛ける。
「あっ、いえ、すみません。ところで山本さんという人はご存知ですか?」
「はい、知っています。美由紀が高校生の時にお付き合いしていた方のようです、何度かお会いしたことがあります」
「その山本さんとは今は?」
「いえ、事故以来会ったことはありません。その方が何か?」
圭介は右手の人差し指と中指を額に当て何かを思考していたが、
「もう少し時間をください。もしかしたら何か解決策が考え付くかもしれません」
そう言って再び思考の途に就いた。
(十五年前の事件、美術室、写真の女性、山本洋二、そして早川美穂、これらの繋がりとそれを繋げるための新たなピース)
どの位経っただろう。圭介は顔を上げ母親の方に振り向くと、
「美由紀さんの事故の原因となった喧嘩ですが山本さんともう一人はどなたですか?」
「同じ山本さんという苗字です」
「そのもう一人の山本さんとも今はお付き合いがないのですね?」
「いえ、その方の家は近所でしたので、今でも挨拶程度ですが顔を合わせることがあります」
再び圭介は思考の世界に舞い戻り今までのキーワードを脳内で整理した。圭介の頭の中で構築されているパズルはまだピースが少し足りていない。そのピースが見つかればパズルは完成する。
今回はかなりの時間を思考に費やしていたようで、隣にいた美穂が、
「中……」
圭介に声を掛けようとしたところを真理恵に止められた。真理恵は幼馴染ということもあり圭介の性格をよく把握している。そして婚約者として圭介の思考を中断してはいけないということも熟知していた。しばらくの間、誰も圭介に声を掛けることが出来ず時間が過ぎていく。
圭介が動いた。
「あともう少しなんだけど、中々完成しない」
沈黙の後の突然の発言に、何のことか周りの人達は分からないようだが、真理恵だけはその意味を理解していた。
第四章に続く