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ひまわり  作者: 仲村 歩
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帰路




有り得ない非現実的な事が夏休みも終わりに近づいた時に起きた。

婆ちゃんの海の家では買い出し用に原付のズーマを使っている。

リアにキャリアが組まれ大型のボックスが取り付けられていて、その他も黒川さんと青野さんが面白がって弄っていた。

普段は僕が足として使っているが海の家仕様なので少し恥ずかしい。


そんなズーマが機嫌を損ねた。

海の家を閉めて帰ろうと思った時に何故かエンジンが掛からない。

日中は黒川さんと青野さんが乗っていたので問題なかった。ガソリンも入っているのに潮風の所為で電気系統が調子悪いのかもしれない。

黒川さんが色々と調べてくれたけれど結局動かず、仕方なく置いて帰る事にした。

「明日、バイク屋に連絡して取りに来てもらいます」

「それじゃ、クラゲ。気を付けて帰れよ」

「はい、また明日」

「「蒼ちゃん、またね」」

4人が楽しそうにお喋りしながら駅に向かい歩きだし、僕は婆ちゃんを待っていた。

日が沈みだいぶ暗くなってきているのに熱帯夜になりそうなくらい蒸し暑い。

しばらくすると婆ちゃんがいつもの様に巾着袋に売り上げとつり銭を入れて歩いてきた。

「蒼佑、寄り合いがあるから先に帰っておきな」

「分った。それじゃ預かるよ」

「悪いね」

「先に帰ってご飯の準備をしておくから」

婆ちゃんから巾着袋を受け取ってリュックに入れて背負うと皆が一日頑張った重さが肩にのしかかる。

そんな重さを振り払うかのように軽快に歩き出す。


帰宅を急ぐ人で混み合う駅を避けて歩いて家に向かう事にした、ズーマでも直ぐなので歩いてもそんなに時間はかからないだろうと思った。

流石に住宅街に入ると人影は疎らになり時々自転車が追い越していく。

少し歩くと見慣れた家々が見えてきて後ろに嫌な気配がして足を速め、今まで一度も味わった事のない得体の知れない恐怖を感じ。

そして振り返ると生まれて初めて見る人間ではない人型の動くものが目に飛び込んできた。

「な、何なんだ。あれ」

はじめは僕が持ち帰っている売り上げを狙っているひったくりかと思ったけれど振り返ってみて走り出す。

地の利があるので巻こうかと思ったけれど逃げるのが先決だ。

それでも見たことが無い生き物の方が人間である僕より遥かに早く、先回りされて袋小路に追い詰められてしまう。

恐怖に押しつぶされて声が出ず歯も噛み合わないほど震えている。

異形の影が長く伸びた鋭い爪を振り上げ無意味でも腕で頭を抱えてこれから襲う激痛に耐えた。

血飛沫か何か分らないものが腕を伝い垂れ落ちる。

しかし、痛みはなく恐る恐る目を開けると信じられない事が起きていた。

目の前には息も絶え絶えの女子高生が見たこともないセーラー服姿で立ちはだかっている。

土砂降りの雨が降ったかのように髪も制服もずぶ濡れでその手には見たこともない太刀が握られ、太刀からも水が滴り落ち怪我でもしているのだろうか不可侵領域に近い右足に包帯が巻かれていた。

「都会の人間は水を汚し過ぎるんだ」

スプラッター映画に出てくるゾンビの様な奇怪な声を上げて化け物がずぶ濡れの女子高生に向かっていく。

容赦なく太刀を振り払った女子高生が片膝を着き、異形の影は跡形もなく消えていた。

声をかけるべきか迷ってしまうが助けてくれた事には違いなく何とか歩き出すと彼女は肩で息をしている。

大丈夫ですかと声をかけるにしても見るからに大丈夫そうでないのは一目瞭然で。

考えても答えは出てこないのでその代わりに500ミリのペットボトルを差し出してみた。

「美味しいお水ですけど良かったらどうぞ」

彼女に差し出したのは沖縄の婆ちゃんが送ってきていつも飲んでいる海の天然水というミネラルウオーターで僕自身も美味しいと思っている。

何も言わずに彼女が手にしてキャップを開けて一気に飲み干すと、近くのあまり綺麗と言えない境川の方で何かが落ちるような音がして彼女の姿が消えていた。

一瞬だけど彼女が微笑んだ感じがしたのは気のせいだろうか。

それよりずぶ濡れの彼女は何物であの異形の影は何だったんだろう。

この場に留まっていても仕方が無いので警戒をしながら家に向かった。


婆ちゃんに非現実的な事に出会った事を話すわけにもいかず。

しばらくすると何故か沖縄の婆ちゃんから僕宛てに塩が入った小さな紅型の小袋が送られてきた。

なんでも沖縄のお守りらしい。

僕の体の事を知っている緋山先生に夏休みの終わりに遭った不思議な事を話してみた。

「そうか、そんな事が遭ったのか」

「先生は信じってくれるんですね」

「クラゲの言う事は信じている。不思議なことは目の前で見ているしな」

それは僕の体質の事を言っているのだろうと察しがつくけどあんな悪夢みたいな事と一緒にされると流石に何も言えなくなり口を噤んでしまう。

「そんな顔をするな。クラゲより経験値が高いんだ。この意味が解るよな」

「まぁ、先生は僕なんかより年上ですし」

「そう言う事だ。クラゲの体の事だけを言っているんじゃない」

だけをって……完全に否定はしなかったという事はそう言う事なのだろう。

仕方が無いけど受け入れる事しかないようだ。

僕自身、何故こんな体になったのかさえ分からず戸惑っていると言うより不安になっているのが本当の所で。

それはあの悪夢のような出来事をこの目で見たから。

僕自身も化け物なのかもしれないと言う疑念がどうしても自分自身だけじゃ拭いきれない。

「そろそろ潮時なのかもしれないな」

「先生、なんの引き際なんですか?」

「引き際じゃなくて頃合という事だ。日本人なら正しい日本語の意味を学ぶように」

緋山先生の言っている意味がいまいち掴み取れないけれど今までもこんな事があったのであまり気に止めなかった。

何事もなく秋が来て冬が過ぎこのまま進級して変わらない生活が続くと思っていた。


3学期も何事も無く終わり悪夢のような出来事も少しだけど思い出の中に沈み込んでいく。

そんな時に婆ちゃんに思いもよらない事を告げられた。

「蒼佑、春になったら石垣島に行きな」

それが婆ちゃんに言われた思いもよらない言葉だった。

突然、石垣島に行かなければならない理由を聞いても『行けば判る』の一点張りで。

男が細かい事をゴチャゴチャ言うなと一喝されてしまい、それなりに仲良くしていたクラスメイトに別れを告げる事も出来ずに石垣島に送り出された。



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