九
「おじさんは高校のマラソン大会で一番を取ったことがあるんだよ」
おじさんは自慢げに話した。それもそうだろう。高校には小学校や中学校とは比べ物にならない数の生徒がいる。その中で一番を取るということは並大抵のことではないのだ。たとえ、それが、勉強だろうがスポーツだろうが。
「すごいですね!」
だから、本当に素直に俺の口から、そのような言葉が漏れた。そこには称賛の意しか含まれていない。
俺は文化部のため、筋肉量や体力は運動部に人と比べると大幅に劣る。それに、精神力もないから、だんだん辛くなってくるとこらえきれずにペースが落ちるタイプだ、つまり、持久走には向いていないタイプの人間だ。というよりも、そもそも身長が百七十センチに迫ろうとしているに、体重が五十キロしかない虚弱体質の時点で無理だ。
「と言っても、昔は勉強も真面目にしなかったからな……。これくらいしか自慢できることがないよ」
先ほどとはうって変わって、おじさんの口調は自嘲気味だった。
「いや、そんなことないですよ」
そう言った俺の言葉にも説得力は欠片もなく、完全に無力であった。
再び時計を見やったおじさん。今度は神妙な面持ちになって、
「じゃあ、僕はもう帰ることにするね」
と突然告別した。いや、おじさんがあの世に行くという意味ではない。ただ単に別れを告げただけだ。
そう言えば、俺とおじさんはお互いに名乗っていない。つまり、二度と会うことはない。
俺は帰り支度をするおじさんの姿をしっかり目に灼きつけ、
「さようなら」
と笑顔で見送った。
設問9:おじさんの最後の言葉は?