十
「ウッス」
と片手を挙げて挨拶したおじさんは、どこまでもおじさんらしかった。
さて、もう一踏ん張りするか。俺はそう思って問題集と正対するが、なぜか先ほどはあれほどあった無尽蔵のやる気が一向に湧かなかった。
「帰るか……」
俺もおじさんが去ってから十分ほどして、Mを出た。
外はすっかり寒くなっていて、吐く息はもちろん寒くて、マフラーと手袋は必須だった。
俺はそれらを装備すると、家に向かって歩き出しながら、今日のことについて振り返っていた。
いきなり現れたフランクなおじさん。しかし、よくよく考えると、俺が取った行動がどれか一つでも違っていたら、この出会いは実現しなかったのではないだろうか。そう、もし……。
もし、今日、部活に行かなかったら?
もし、今日、自転車で帰ってたら?
もし、今日、Mで、それもデパート前のそれで勉強してなかったら?
もし、今日、喫煙席に入らなかったら?
もし、今日、英語の問題集を広げなかったら?
あああ、人生とは面白い。たった一つの行動がこんな意味を持つなんて。偶然と偶然とが交錯して新たな偶然を生み、そして出会いが生まれる……。なんて詩的なのだろう。
そんなことを考えた俺は帰り道、勝手に詩人になりきっていた。そして、固く心に決めたのだった。
きっと一期一会の縁だったに違いないけど、今日のことは一生忘れやしない。
なぜなら、それは偶然の産物だから。
設問10:偶然の産物とは?
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