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禁じられた遊び(前編)

 (あやかし)と呼ばれる俺たちの一日は、人間界っぽく例えるとするなら、夜型人間とよく似たサイクルだ。

 夜明けとともに眠りにつき、昼をまたいで夕方に差し掛かる前にいそいそと起き出し、身支度を始める。

 そして、暮れ(なず)む空を眺めて大欠伸をこぼしながら、学園の門の向こうでいつもの面々と挨拶を交わすのだ。


 ある日の早い夕方のこと。

 いつものように俺と弁慶の二人が遅い夕飯――俺たちにとっては、人間で言う朝食の感覚と同じなのだが――にかじりついていると、隣のクラスのエドワードが、いかにもなけなしの勇気を振り絞ってという雰囲気で、挙動不審な態度を剥き出しにしながら、俺たちを呼びにやって来ていた。


 大好物のいちごジャムパンにありつける至福の時間に横槍を入れられ、わかりやすく怒りを露わにしている弁慶のことは、話を円滑に進めるため、一旦野放しにしておくことにする。

 いきり立つ弁慶の様子を目の当たりにして怯えまくるエドワードに、俺が出来る限り声の調子を和らげて何事かと尋ねてやると、彼は“校長に呼び出しを受けたから、今からすぐ校長室に来てほしいのだ”と言った。


 弁慶の他に、カールとジョニーのコンビも呼び出しを受けていると聞いて、校長の意図に関してはほぼ見当がつけられていたのだが……

 想定外の拘束時間の長さに、俺はもう、辟易だのなんだのを通り越して、強烈な精神的苦痛を感じ始めていた。

 

「あー、わかったかね、君たち。五体満足であることは非常に結構だが――」


 死んでる人間に向かって五体満足とはどういう了見なのかと、月並みなツッコミを入れたくなる気持ちは、既に枯れ尽くしてしまっている。

 人の世においても、この妖の集う中有界(バルドゥ)においても、“校長”と名の付く輩の話というのは、どうしてこうも無駄に長いのか――


 おそらくもう、一時間目の授業はとっくに始まってしまっている頃だ。

 退屈な授業と校長の長話と、どちらの方がマシかと聞かれると悩むところだが、少なくとも聞きたくなければ眠るという選択肢を選ぶことの出来る前者の方がまだマシなのではないかと思う。


 くそ――こんなことなら、俺も弁慶みたいに瞼の上にマジックで目を描いてくればよかったぜ――――


 普段は大鼾(おおいびき)を掻きながら授業の妨害ばかりしている弁慶が、こんな時にだけ器用に立ったまま静かな眠りに落ちていることに、俺は苛立ちを隠せずに居た。


 ああ、そういや立ったままずっと動かないでいることは、弁慶(こいつ)の十八番だったっけか。死んでからも立ったまんま動かなかったって話だもんな。


 どうでもいいことを延々と考え続けることで、俺はもやもやと胸を渦巻く苛立ちと共に、校長の意外と若そうで利発そうなしっかりとした声も、聴覚からシャットアウトしようと試みていた。


「ちくしょう――いつまで喋ってんだよ、クマ野郎が。偉そうに上から物言いやがって」


 とうとう痺れを切らしてしまったのか、ふさふさとした銀色の尻尾を床に向けてだらりと垂らしたカールが、うわごとのようにぼそぼそとボヤき始めていた。


 アホな不良の典型例であるカールの口から、共感できる言葉が飛び出すことなど滅多として無いが、今だけは俺も同じ思いだ。


「ああ、くそ――コイツが校長じゃなければ、ソッコーで中の“ワタ”引きずり出して、ガソリンかけて燃やしてやってんのに」


 カールに並び立つほどのアホな不良であるジョニーの口から出る言葉は、正真正銘の単細胞のカールから飛び出す言葉よりは多少マシなレベルの言葉であることが多いのだが、それでも、彼の行動の根本が“アホ”そのものである以上、共感出来る内容であることは滅多にない。

 しかし、やはり今だけは百パーセント共感出来ると言ってやってもいいと思えた。


 ちなみに、こいつの言っている“ワタ”とは、俺たち妖の者のよく使う“内蔵”の俗語を言っているのではない。言葉尻そのままの、ふわふわの“ワタ”のことを指して言っているのである。

 

 そう。

 この校長の体内の殆どは、ふわふわの“綿”で埋め尽くされている。

 俺たちの目の前で、蝋を噛むようなつまらない講釈を垂れ流し続けているセオドア校長の正体は――――“クマのぬいぐるみ”なのだ。

 正確な話をすれば“霊魂の宿ったクマのぬいぐるみ”なのだが、そんなことはどうでもいい。

 夕方も早い時間から俺たちは、磨き上げられたアンティークの机の真ん中にちょこんと腰掛けた、つぶらな瞳を宿したテディベアに、延々と説教を喰らっているのだ――今の自分たちの様子を外から客観的に見たらどうなのかと考えると、情けない気持ちが起こってきてならない。


 まあ、短い言葉で言うなら、“物凄く屈辱的だ”ということだ。


「いつも思うんだけどさ……あのクマ、女子にプレゼントしたら相当喜ばれると思わねえ? 後ろに刺さってるネジ巻き外しちまえば、死ぬかな?」

「ジョニー、外したらネジは俺によこせよ。あのネジ、純金だぜ? 換金したら、しばらく遊んで暮らせるぞ」


 聞けば聞くほど、実に妖らしいと思える発言だ。

 色欲に(はなは)だ正直なジョニーと、金銭欲に甚だ正直なカールの二人は、愛くるしいクマに視線は固定したまま、真面目顔はしっかりとキープしたままで、もはや好き放題を言い始めていた。


 出来ることなら、俺もこんなフザけたクマ野郎からの説教なんざ耳に入れたくはない。

 しかし、俺も弁慶も、その他の学園の面々も、表立って校長(こいつ)に逆らおうとするようなことは一切ない。もちろんそれには、一応のところ理由もある。


 はっきりとした根拠があるわけではないが、このテディベアの“中”には、相当とんでもないモノが封じ込められてるという噂が囁かれていたりするのである。

 一説によれば、本当なら今頃は地獄の最下層でふんぞり返っているはずの、自らの傲慢によって神に反旗を翻した、“あの悪魔”の魂が宿っているとか何とか――――


「まあとにかく、そういうわけだから……以後、気を付けるように。雪合戦を楽しむのは大いに結構だがね、えー、窓ガラスを割ったり、殴り合いの喧嘩をするのは――あー、分かるね君たち。私もね、所詮雇われ校長だから、細く長く、今の立ち位置を維持したいわけなんだよ。その辺のことも考えてもらってだね、んー」


 お前の立場なんか知ったこっちゃねえよ、という文句は、単細胞のコンビが即小声で代弁してくれたことで満足出来ていた。


「うー、まあね、君たちが無病息災で健やかな学園生活を送ってくれていることは、あー、私にとっても――」


 さも新しく思いついたばかりのような語調で、幾度と無く使い古された言葉を再び引っ張り出そうとする校長を見て、俺はまたも終着点が遠のいてしまったのかと、愕然としていたのだが。


 幸運というものは思いがけずやってくるものだ。

 つまらない話をおとなしく聞いてやっていたことが幸いしたのだろうか。


 持病の貧血を悪化させてしまったらしいエドワードが、直立不動のまま石像のようにばたんと真後ろに倒れてくれたのである。

 エドワードにとってみれば、不幸中の不幸そのものに違いはないのだろうが、蟻地獄のような説教の海から抜け出す糸口を見つけ出せず、途方に暮れていた俺たちにとっては、不幸中の幸い以外の何ものでもなかった。


『校長先生! 早くエドワードくんに輸血してあげないと!』


 取り繕った台詞を気持ち悪いくらいにハモらせて、俺たちはエドワードを保健室に運ぶという逃げ口上を盾に、ようやく地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴むことが出来ていたのである。

 普段はそれこそ真逆の主義主張しか示したことのない俺たちが、ここぞとばかりに(くつわ)を並べ、校長室の出口と、説教地獄からの出口という同じ目的地に向かって、一斉に回れ右の号令を掛けていた。

 目を回しながら浅黒の肌を土気色に染めたエドワードを引き摺り倒し、俺たちは先を争うようにして校長室のドアに飛びつこうと駆け出していく。


「あ、待ちなさい! あと一つだけ!」


 聞こえない振りをしようかと思っていたのだが、テディベアの纏う緩やかな気配が、ほんの一瞬だけ寒気のするような重みを帯びたように感じられ、俺は思わず振り返ってしまっていた。


「カールくん、ジョニーくん――君たち最近、禁じられているはずの“こっくりさん”をやって遊んでいるね? 危険だから、絶対に止めるように。義経くんも弁慶くんも、誘われても絶対一緒にやらないようにしなさい」


 こっくりさん――?


 明らかに目の色を変えたアホ二人を、俺は露骨に眉を(ひそ)めて怪訝がっていた。


 こっくりさんといえば、誰でも出来るお手軽降霊術の日本代表選手みたいなもんだ。

 特別な力を持っていない人間ならまだしも、怪物のこいつらが何でこっくりさんなんか……今時子供でもやらねえぞ、そんな地味な遊び。


「この中有界にはね――現世(うつしよ)に居た頃の行いから考えれば明らかな重罪人であるにも関わらず、複雑な理由があるせいで、わざと地獄行きを保留にしている“いわく付きの魂”というのが()るんだよ。こっくりさんには、そういった特殊な存在を呼び込んでしまう恐ろしい性質がある。ここでこっくりさんをはじめとした降霊術が禁止されているのは、そういう危険から君たちを守るためなんだ。分かったら、絶対にもうやらないと誓いなさい。いいね?」


 表情こそ元の愛くるしいテディベアそのものだったが、校長の言葉には、呪詛のように禍々しい威圧感が込められているような気がした。


「失礼しました」


 クマ校長に釘を刺されたカールが、どんな小憎たらしい顔で反抗心を浮き彫りにしているのかと気になった俺は、校長室の扉を閉める直前に、再びちらりとその横顔を見遣っていた。

 ところが、煩わしい説教の呪縛から解放された喜びで小躍りしている相方のジョニーと比べると、彼の表情は明らかに消沈している。

 すっかり伸びきってしまったエドワードの華奢な体を、持ち前の怪力で軽々と肩にかつぎ上げたカールは、いつになく深刻な表情で何やら考え込んでいるようだった。


 こんな単細胞でも、物事をじっくりと考えるなんてことがあるんだな。

 真っ先に浮かんだ皮肉の言葉は、とりあえず飲み込んでおくことにする。

 それよりも何よりも、俺はこの時、止めどなく湧き起こって来る妙な不安感で頭がいっぱいになっていたのだ。


 まさかこいつ、また厄介なことに首を突っ込んでるんじゃねえだろうな――


 言い知れない不安の渦に飲まれながら、俺は校長室の隣にある職員室前廊下を通り過ぎる。

 そして、薄暗い蝋燭の炎とともにぼんやりと浮かび上がった“保健室”のプレートの文字を見つめながら、まさにその真下のドアに手をかけようとしていたのだった――――

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