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百鬼夜行の学園(後編)

【扉絵:B組トリオ(エドワード、ジョニー、カール)】


挿絵(By みてみん)

 すっかり陽は落ち、暗所恐怖症のエドワードが悲鳴をあげて騒ぎ出した頃、思い出したように夜空を見上げた弁慶が俺を羽交い絞めにして“待った”を掛けるまで、俺は一心不乱にカールと殴り合いを続けていた。


「何だよ、せっかくいいとこだったのに」

「もう放っといてもいいと思うぜ。空を見てみな」


 ボコボコに腫れ上がった顔をにやりと歪ませ、弁慶はすっかり闇色に染まった空を悠々と指差していた。


 いつの間にか豪雪は鳴りを潜め、薄くなった雪雲の隙間から、ぽっかりと月が覗いている。

 耳の奥をちくちくと刺すような冷気を撒き散らしながら北風が吹き抜け、巨大な月にかかった雲が、逃げ去るような勢いで右へ左へと流れていく。


「満月――――」


 今宵は満月。

 古今東西の妖怪・怪物・悪魔達がその力を何倍にも増幅させ、溢れかえる負の霊気に(むせ)びながら悦に浸る夜だ。

 霊体である俺はさほど影響を受けることはないが、妖怪や吸血鬼(ヴァンパイア)、まして狼男(ワーウルフ)なんて連中は、その精神の全てを狂気に支配されちまうほど多大な影響を受けるはず。


 ああ、なるほど。弁慶が言わんとしていたのはこのことだったのか。

 雪合戦がどうのと揉めていたときから、こいつがしきりに空の様子を眺めていたのは、そのせいだったのだ。


「なるほどな――ようやく理解したぜ」


 ぴりぴりと痛む口元を持ち上げた俺は、つい先程まで殴り合いをやっていたカールをしげしげと見つめていた。

 瞬き一つしないまま空に浮かぶ月を見つめたカールは、次第に訪れた急速な肉体の変容(メタモルフォーゼ)に、激しい咆哮を轟かせながら酔いしれているようだった。


『うう、うウう――あああアああ! アアアアアアッ!!』


 それまで、銀髪灰眼という色彩を除いては、ガタイのいい普通の人間と何ら変わらない容姿であったカールは、急激な変貌を遂げていた。

 切れ長の双眸は、爛々と光る充血した獣の眼光に変わり、腕と足は丸太のような太さに膨れ上がる。ふさふさとした銀色の毛並みが全身を覆い、やがて人と瓜二つだった頭部は、紛れも無い狼のそれへと変貌する。


 これこそ、彼の本当の姿。

 人狼と呼ばれる怪物の、本来の出で立ちなのである。


 通常、この姿になったときの彼は、本気を出した弁慶も俺もかなりの苦戦を強いられるほどの強さを秘めている――はずだ。


『――――か――――』

「か、カールっ! お前今日が満月だってこと、忘れてたのかよ! ……ま、まあ俺もすっかり忘れてたんだけどさあ……」


 しかし、実際俺達がその強さにお目にかかれたことは一度も無い。

 何故かと言えば、それは――――


『痒い! 喉の奥が痒いいいいぃぃぃぃっ!』


 掻い(つま)んで言えば、あれだ。

 やっぱりこいつは残念なお(つむ)の持ち主でしか無かったってことだ。


「お前、狼男のくせに、動物の毛のアレルギーだろうがよぉぉぉぉぉっ!」


 夜の(とばり)に包まれた校内に、ジョニーの甲高い叫び声が木霊する。

 月の放つ(あやかし)の力を感じながら、俺は再びくすりと口角を持ち上げていた。






*****






「仕方の無い子だなあ、カールは」


 包帯でぐるぐる巻きにされた挙句、点滴の管を腕から伸ばし、ベッドの上でしきりに唸り声をあげているのは、すっかり元の人間の姿を取り戻したカールだ。

 そのカールを見下ろし、白衣の男が小さく溜め息をついていた。

 彼は養護教員のジェイコブ。

 しかし、彼のことを本名の“ジェイコブ”で呼ぶ者は少なく、俺達にとっては“ジャック先生”の呼び名の方が一般的だ。

 喧嘩ばかりしている俺達にとって、ここで世話になることは珍しいことではない。

 けれど――出来ればここにはあまり寄り付きたくない。とくに、たった独りでここを訪れることだけは何としてでも避けたい。どんなに気分が悪くとも、怪我の痛みが辛くとも、だ。

 人間界の保健室はベッドが取り合いになるほど人気らしいが、この学園に限ってそんなことは有り得ない。ジャックはそれこそ寒気のするような金髪碧眼の美形の男だが、それを目的に女子生徒がここに通うということもまず有り得ない。

 ここはいつも閑散としていて、彼はいつも暇を持て余しながら、海外ドラマのDVDをエンドレスで眺めて過ごしているらしい。

 俺達生徒が(かたく)なにここを訪れることを拒む理由。それは、この白衣の男の正体が、あまりに悪名高い人間の悪霊だからだ。

 彼の二つ名は“切り裂きジャック(ジャック・ザ・リパー)”――十九世紀の末、イギリス全土を恐怖の渦に陥れた、未解決の猟奇殺人事件の犯人である。

 

「君達も随分顔を腫らしているねえ。エドワードの輸血にももう少し時間がかかりそうだし、治療をしていくかい?」


 そう言ってジャックは、奥の壁に貼り付けられた(いか)めしい木製の扉をほんの少し開けて見せていた。

 死人ばかりであるはずの中有界(バルドゥ)で、“入ったら最期”と噂される保健室の奥の部屋。電気もガスも通っているはずのこの学園で、照明が蝋燭(ろうそく)の灯火だけってのは一体どういう了見なんだろう。

 しかも、ゆらゆらとちらついたオレンジ色の光の下に、赤い液体のついた手術用のメスが転がっているように見えたのは、気のせいだろうか――


「いえ、俺達は――その、そんな大したアレじゃないんで。あははは」


 精一杯作った笑顔を浮かべたジョニーは、滝のように流れる汗を拭いながら、しきりに頭を掻いていた。


「そうかい? 残念だなあ。先生はいつでも退屈してるからね……調子を崩したら、すぐにここへおいで。ベッドはいつでも空いているよ」


 薄く透き通るような妖しい微笑みに、誰もがただただ愛想笑いでしか反応する事が出来ない。

 絶え兼ねたのか、ジョニーの奴は決してジャックに背中を見せないようにしながら、確実に保健室の出口を目指して蟹歩きを始めていた。

 ニタニタと引きつり笑いを浮かべた俺たちも、漏れなくそれに倣う。


「お――おい、お前らどこ行くんだよ! 俺を置いて行くんじゃねえよ!」

「はは、カール。俺ら夜の部の授業があんだろ? お前の代わりにノート取っといてやるからさあ」

「ぼ、僕も輸血はまた今度にしようかなあ。勉強が遅れるとパパに叱られちゃうし」

「え、エドワード――悪かったよ! カツアゲした金、バイトして返すからここに居てくれよ!」


 懇願するように管の刺さっていない方の手を伸ばしたカールは、苦々しく目を逸らしたエドワードに向かって悲鳴に近い叫び声をあげている。


「自業自得だぜ、カール。気弱な奴には優しくしてやるのが男ってもんだ」


 まさに弁慶の言う通り。

 しかし、放っておけばカールの存在意義が脅かされる可能性があるという点では無視できない状況なのかもしれない。

 けれど、無視しても無視しなくても結果は同じだ。こいつがアレルギー反応を起こしている事は事実なんだし、外に出しちまったら、またいつ月を見て同じことになるか知れない。

 ここは放っておくのがこいつのためなんだ、うん。


 心を鬼にした俺は、憐れむような視線を向け、カールの側を通り過ぎようとしていた。

 弁慶に至っては、数珠を片手に何やらぶつぶつと経をあげ始めている。


「茜ちゃん――茜ちゃんは優しいから、付き添ってくれるよな、なっ? 六花も待てって! 悪かったよ!」

「父上を愚弄した不貞の輩に掛ける情けなど無い、恥を知れ」

「調子に乗ってんじゃないわよ、チ×××野郎!」


 頼みの綱の女子二人にも見放されたカールは、動けない体を引き摺って、点滴の管を引き千切ろうともがいているようだった。


「ああ、ダメだよカール。そうか……発作が辛くて錯乱してるんだね。鎮静剤を打とうね……あと、もう一本点滴増やそうね」

「ま、待て――――何なんだよその変な色の点滴! 待て待てっ! 俺は死にたくねえ! 死にたくねえよおぉぉぉぉ!」

「ふふふ、馬鹿だなあカール。ここの住人は大抵みんな既に死んでいるんだよ。死んだ者に何をしようと、もう一度死ぬはずなんかないんだ。だから大丈夫、おとなしくしているんだよ……ふふふ」


 それからもカールは何やらビービー喚いていたのだが、それもメンバー全員が保健室の出口のドアをくぐる頃には、徐々に活気を失ってしまっていた。その理由は、聞かなきゃもう一度死ぬとしても聞きたくねえが――


「少しだけチクッとするよ……大丈夫、最初だけだからね。これだけはどうしても我慢してもらわないと。本当に、すまないと――思って――――」


 海外ドラマ好きのジャックのいつもの台詞が聞こえたところで重々しく扉は閉まり、学園には再び静寂が戻っていた。


 その後、不良の癖に授業の出席率の高さだけが売りだったカールが数日学園に顔を出さなかったことは、言うまでもない――――





【百鬼夜行の学園・完】

みてみんで仲良くしていただいてるMickさんに、Mickさん作『Crazy Stray Cat』の主人公キャットと、うちの弁慶のコラボイラを描いていただきました!

Mickさんありがとうございますー♪


挿絵(By みてみん)


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