『悲劇の貴婦人』は害獣夫を愛情深く飼育する
きらびやかな夜会の中心。
「はははっ!エレインが才色兼備の聖女だって?笑わせる」
私の夫――ロッジ伯爵アルベールは、取り巻きに囲まれて、今日も無邪気に醜態を晒している。
「確かに外面だけはいい。同世代では一番の美人だしな。だが中身は空っぽで、俺に従うことしかできない女だよ」
グラスをあげたりさげたりするメイドに、造りのいい顔が台無しの下卑た笑みを振りまきながら。
「身体も外側ばかり立派で…」
そういって彼は両手で何かを揉む仕草をし、取り巻きがどっと笑って私の胸に目をやる。
「だが中身はどうだ。子ども一人産めない欠陥品なのに、簡単に離婚もできやしない」
貴族学園で同級生だった貴婦人たちは、私への同情と彼への怒りを隠そうともしない。
「ちょっとエレイン!あの馬鹿に好き放題言わせておいていいの!?」
「なんであなたともあろう人が、あんなやつに馬鹿にされないといけないのよ」
「あなたが言えないなら、私が代わりに言ってきてやるわ!」
私は扇で口元を隠す。
「子どもを産めていないのは本当だもの。伯爵夫人としてあるまじきことだわ」
「エレイン…!だからって公衆の面前であの言葉は、いくら何でもひどいわ…!」
「いいのよ。私は彼と結婚できて幸運なのだから」
「何言ってるの!あなたの前にはもっといい求婚者が列をなしていたじゃない!」
友人たちは、私を心配してくれている。
ありがとう。けれど――
「心配しないで。本当に大丈夫だから」
「エレイン…!」
納得のいかない表情を浮かべる友人たちに別れを告げて、私は夫に近寄る。
「アルベール様、少しお酒が過ぎるようですわ。そろそろ馬車へ…」
私が優しく肩を抱くと、夫は「指図するな!」と私を突き飛ばす。
「めったに飲めない酒ばかりなんだぞ」
彼がこぼした赤ワインが、私の水色のドレスに広がって会場が凍りつくが、私は微笑みを崩さない。
「皆様、お目汚しを。失礼いたしますわ」
周囲が「おいたわしい」「まさに悲劇の貴婦人」と溜息をつくなか、私はまともに歩けもしない夫を支えて、夜会をあとにした。
◆
またある日の夫は、これ見よがしに愛人を屋敷に連れてきた。私の前で自慢げに彼女を肩を抱き、彼女にキスをせがむ。
「お前が子どもを産まないのが悪いんだ。俺の優秀な血を残す必要があるからな」
「ええ、もちろんです。すべて私の責任です」
「まったく…完璧な女だと皆は言うが、俺からすれば欠陥品も甚だしい」
私が「欠陥品」とは。
真実を言い当てている。
「アルベール様だけが、本質を見抜いていらっしゃるのですわ」
「…その響きは悪くない」
夫は「ふん」と鼻を鳴らして、「寝室に温かいワインを用意しておけ」と指示する。
「承知いたしました」
いつもの手順で、銀のカップに温かいワインを注ぐ。冷えに効き、子どもを授かりやすくなる温かいワイン。
そこに、私の幸せを維持する薬を適量。
「ふふ」
寝室でもう上半身裸になっていた夫は、私が手ずから運んだワインを手に取る。
彼にベタ惚れだという「愛人」も、私からカップを受け取る。彼女は私が三顧の礼をもって迎えたプロであり、夫に惚れているわけではない。完璧に演じてくれているだけだ。
二人は盃を合わせて、ワインに口をつけた。
「邪魔だ、出て行け。それとも混ざりたいのか?」
「いいえ。失礼いたします」
ああ、どうしようもない馬鹿。
女を蔑みながらも色に溺れて、女なしでは生きられなくて。
そして愛人を帰したあとで、「エレインも抱いてほしいだろう」と、偉そうに私を寝室に呼ぶのでしょう。
何でもしてくれる私でないと満足できないのに、素直にそうは言えなくて「慈悲を与えてやる」だなんて。
抑えようとしても、喉がくつくつと鳴ってしまう。
「エレイン…エレイン、どこだ!」
愛人が私に目配せして帰ったあとで、私は部屋に呼ばれる。
部屋に行く前に、温かいワインに薬を混ぜて飲み干す。
――避妊薬。
夫と愛人にも同じものを飲ませている。
だって、もし夫の子どもが産まれたらと思うと、ぞっとする。
中途半端に馬鹿な子が産まれるのは望まない。もし運よく夫並みに純度の高い馬鹿を授かれたとしても、「多頭飼い」は愛情が分散してしまう。
「それに、父親になって急に責任感に目覚められても困るわ。何もできない馬鹿のままでいてもらわないと」
出来の悪い子ほど可愛いのだから。
ここまで馬鹿なのはもはや希少種。手放すのはもったいない。
おいたばかりするこの子を、私の手元で飼ってあげないと。
その一途なまでの愚かさが、今日も私を極上の愉悦で満たしてくれるのだから。
子どもなど、いらない。
「アルベール様だけで、いいのです」
だって私は害獣にしか愛を向けられない欠陥品。
そしてあなたは私に捕らえられた害獣。
私に組み敷かれて鳴いてくれる限りは、愛してあげる。




