第27話 備品だったもの、第1頁になる
新しい台帳は、まだ1頁も汚れていなかった。
革表紙は硬く、朝の光を受けた紙面は白すぎて、最初の一行を書く前からこちらの手元を試しているように見えた。王宮の48冊は、いつだって途中から私の前へ来た。けれど、この1冊は違う。最初から私の手で始まる。
最初に書く備品は、銀細工の髪留め、小花意匠。旧番号4802。受取人不明のまま、4ヶ月仮保管。今は違う。
指先で机の端に置かれたそれへ触れた。髪に挿されていない間でさえ、もう前とは重さが違って思える。品が変わったのではない。私の受け取り方が変わったのだ。
背後で足音が止まる。わかってしまうことが、今は少し誇らしい。
「最初の一行だけは、自分で書け」
低い声がそう言って、筆が机へ置かれた。削除したい気持ちは、もうない。あるのは、残したい一行だけだ。
◆
指先が、硬い筆を握る。
「旧番号4802番。銀細工の髪留め、小花意匠」
声に出して数える。これまで何度も見返した記録を、今度は自分で最初から書く。喜びと怖さが混じった速度で、手は動く。
「ノエル」
若い声が応えた。付箋の束を持ったノエルが寄ってきた。
「ありがとう。では続ける」
日付。保管場所。受取人欄に、自分の名を記す。
「最後の一行だけ、少し待ってくれないか」
「了解です。僕は写しを取りません」
その言葉が胸に落ちた。この家の記録文化は信頼で出来ているのだ。
ノエルが下がる。筆をとった。
◆
所感欄だ。最初の一行。旧台帳では削除対象として扱われてきた欄。王宮では危険な私情とされ、朱書きをされてきた。けれど新台帳では違う。オリヴィエが「削除しない」と言い切った。
筆の動きは迷わない。備品番号1番、銀細工の髪留め。その行の下に、私の所感を書く。受け取られるためにあった品。見つめるだけで胸が痛かった品。そして今、髪へ挿された時に初めて、過去の重みが全部落ちた品。
「旧番号4802。現在の管理番号、1番」
声に出して確定させた時点で、もう戻りようがない。
◆
筆を置く。最初の1頁が、完成した。
机を離れて、眺める。硬い革表紙。そして第1頁には、自分の字。備品番号から保管場所から、すべてが自分で書いた最初の記録。誰にも代筆させなかった。ベルナール卿も、ノエルも、すべてが私が最初に書く瞬間を、待っていてくれたから。
白い頁は、一行で満ちた。その先はまだ空白だ。明日も、何年先も、書き続けるべき白い頁が、確実に存在している。過去へは戻らない。
記録は、ときどき、書く人の人生そのものになる。
この1頁が、そうなる瞬間を、確かに感じている。
目をつぶる。涙は出ない。けれど、心臓の音だけが、いつもより大きく聞こえた。
白かった頁は一行で満ち、残った余白は、これから先の2人のためにある。




