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「完結済」「備品を数えるだけの仕事だろう」と婚約破棄された宮廷台帳官ですが、台帳48冊なしでは王宮が回らないようです  作者: 夢見叶
第7章 消さない第1頁

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第27話 備品だったもの、第1頁になる

 新しい台帳は、まだ1頁も汚れていなかった。


 革表紙は硬く、朝の光を受けた紙面は白すぎて、最初の一行を書く前からこちらの手元を試しているように見えた。王宮の48冊は、いつだって途中から私の前へ来た。けれど、この1冊は違う。最初から私の手で始まる。


 最初に書く備品は、銀細工の髪留め、小花意匠。旧番号4802。受取人不明のまま、4ヶ月仮保管。今は違う。


 指先で机の端に置かれたそれへ触れた。髪に挿されていない間でさえ、もう前とは重さが違って思える。品が変わったのではない。私の受け取り方が変わったのだ。


 背後で足音が止まる。わかってしまうことが、今は少し誇らしい。


「最初の一行だけは、自分で書け」


 低い声がそう言って、筆が机へ置かれた。削除したい気持ちは、もうない。あるのは、残したい一行だけだ。



 指先が、硬い筆を握る。


「旧番号4802番。銀細工の髪留め、小花意匠」


 声に出して数える。これまで何度も見返した記録を、今度は自分で最初から書く。喜びと怖さが混じった速度で、手は動く。


「ノエル」


 若い声が応えた。付箋の束を持ったノエルが寄ってきた。


「ありがとう。では続ける」


 日付。保管場所。受取人欄に、自分の名を記す。


「最後の一行だけ、少し待ってくれないか」


「了解です。僕は写しを取りません」


 その言葉が胸に落ちた。この家の記録文化は信頼で出来ているのだ。


 ノエルが下がる。筆をとった。



 所感欄だ。最初の一行。旧台帳では削除対象として扱われてきた欄。王宮では危険な私情とされ、朱書きをされてきた。けれど新台帳では違う。オリヴィエが「削除しない」と言い切った。


 筆の動きは迷わない。備品番号1番、銀細工の髪留め。その行の下に、私の所感を書く。受け取られるためにあった品。見つめるだけで胸が痛かった品。そして今、髪へ挿された時に初めて、過去の重みが全部落ちた品。


「旧番号4802。現在の管理番号、1番」


 声に出して確定させた時点で、もう戻りようがない。



 筆を置く。最初の1頁が、完成した。


 机を離れて、眺める。硬い革表紙。そして第1頁には、自分の字。備品番号から保管場所から、すべてが自分で書いた最初の記録。誰にも代筆させなかった。ベルナール卿も、ノエルも、すべてが私が最初に書く瞬間を、待っていてくれたから。


 白い頁は、一行で満ちた。その先はまだ空白だ。明日も、何年先も、書き続けるべき白い頁が、確実に存在している。過去へは戻らない。


 記録は、ときどき、書く人の人生そのものになる。


 この1頁が、そうなる瞬間を、確かに感じている。


 目をつぶる。涙は出ない。けれど、心臓の音だけが、いつもより大きく聞こえた。


 白かった頁は一行で満ち、残った余白は、これから先の2人のためにある。

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