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第九章 扇動者サイード(実害)
第九章 扇動者サイード(実害)
解放派の中心に、サイードという男がいた。
声がよく通る。笑顔が柔らかい。
柔らかい笑顔ほど、危ない。
サイードは“部分解放”を実演すると言った。
「見せよう。あなたたちが失ったものを」
群衆は泣きながら頷いた。
泣く顔は、優しい。
でも泣き顔は、簡単に怒りへ変わる。
鈴ではなく、保管層の膜に細い亀裂が入れられた。
息が、線になって噴き出す。
ひゅう、と冷たい風のように。
その瞬間、都市の広場で人が倒れた。
倒れたのは、泣いていた青年じゃない。
隣にいた老人だった。
老人は突然、誰かの戦争の記憶を“自分のもの”として吸い込んだ。
目が白くなり、叫び、掴みかかった。
「返せ! 俺の家族を返せ!」
誰に言っているのかわからない。
でも拳だけが答える。
群衆の中に、怒りが連鎖した。
泣きが怒りを呼び、怒りが怒りを増幅する。
波形が一気に尖る。
真白の身体が勝手に動いた。
圧迫。固定。気道確保。
救急の手順。
世界の救急でも、やることは同じだ。
真白は叫ばなかった。
叫ぶ声は、暴走に混ざる。
真白は“手”で止めた。
止血するみたいに。
サイードが、遠くから穏やかに笑っていた。
——解放は救いじゃない。武器だ。
真白の胃が沈んだ。




