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第七章 現代救急①「名前のない息」
第七章 現代救急①「名前のない息」
鈴に触れた瞬間、真白は“あの夜”へ引き戻された。
救急外来。
若い男。身元不明。財布もスマホもない。
「名前、わかる?」
誰かが言う。
真白は首を振り、口の中が乾いた。
彼は息を吸い損ねるたび、目を見開いた。
怖い、という感情だけが、酸素より先に入ってくる。
真白は吸引し、酸素マスクを当て、胸に手を置いた。
手のひら越しに、心臓が必死に叩く。
“生きたい”って音。
「大丈夫、今——」
真白の声が、途中で途切れた。
彼は目を開けたまま息を止めた。
真白の手のひらに、叩いていた音が消える。
最後に残ったのは、名前のない沈黙。
——チリン。
未来の鈴が鳴った。
真白は現代から引き剥がされ、4655年の広間に戻る。
喉が痛い。
涙が止まらない。
マリクが、真白の指をそっと包んだ。
「残響だ」
「……消える?」
「消さない」
マリクははっきり言った。
「消したら、また誰かが死ぬ」
その言い方が、優しくなくて、逆に救いだった。




