8話 特別な一枚
遊園地の二つ目のアトラクション、馬車娘。馬車を引く馬になりきって、ランダムで表示されるマークの配色の通りにボタンを押すとスピードアップするレース。西浦あかりは二位で、一位の日比谷興奈を追う。
だが差は開く一方で、それは二人のボタンを押す速さの差が原因。利き手に頼ることが多いアカリと、両手を交互に使う器用なオキナとでは、体力の消耗ペースが違う。
このレースは最下位が相手に攻撃できるアイテムをたまに手に入れられるが、その最下位が立ち止まってレースを放棄したので、そのチャンスにすがることはできない。
そのせいで三位も一位になれる可能性はないと諦めたので、事実上アカリとオキナの一騎討ちだ。
アカリは勝負が始まる前は、二位まで上がれると思っていなかった。美南哀月と川口青空澄が勝負を放棄するという想定外の事態を迎えた結果、繰り上がりでそうなった。
このチャンスを彼女は無駄にしたくないと思った。だからオキナに勝つ。このレースは童話のシンデレラがモチーフで、馬車の向かう先は王子様の待つ舞踏会。そこでお姫様として踊るのは、女の子の夢だから、勝って叶えたい。
一方オキナは一位になることに執着していない。他の選手、特にアイリを警戒して序盤から飛ばしたが、理由は分からないが彼女には特殊能力を使っての妨害をする意思がないと察知し、張り合わなくていいと思いつつある。そして今度は周囲の反応を気にした。彼が一位になるのとアカリがなるのとで、どちらが良い反応をするのかを考えた。結果、自分が目立ち過ぎては駄目と判断し、一位を譲ることにした。
オキナはボタンの押し間違いを連発し、失速した。そしてアカリが追い抜き、そのまま一位になった。馬車を引く馬になって走っていた彼女は、魔法という名の施設のギミックによりドレスに着替えた。ガラスの靴で階段を駆け上がり、王子様と対面した。
そこは城の中なのに、庭だった。五千ほどの赤い薔薇の花の咲き揃っている庭で、その中に佇む王子様はシンデレラの王子様とは違う。フランスの小説、星の王子さまだ。
アカリは好きな小説のワンシーンを思いがけないタイミングで目の当たりにして、感極まった。嬉しくて涙が出る。
これは施設のギミックではない。後を追ったオキナが特殊能力で見せている幻想だ。彼女がその小説のファンという話を同級生から聞いていた彼は、この施設に皆より一足早く訪れた際に、王子様との舞踏会があると把握していた。アカリが一位を取ったらこの幻想を見せると準備していた。他の二人が一位だったときは別の幻想を考えていた。
そうとは気づかずアカリは王子様から一位の証であるメダルを渡された。幻想ゆえ実際に渡しているのは遊園地のスタッフだが、それは彼女には見えていない。
「このメダルは何枚もあるけれど、私にとっては大切な一枚」
メダルは四人のレースの一位に渡される。アカリたちより前に並んでいた客たちも同じデザインのメダルを入手したし、これから挑戦する人もそれを手に入れる。それこそこの薔薇たちのように大量に存在する中の、ある一枚をアカリも手に入れた。
けれどもこの一枚は彼女が勝負を制して掴んだ特別なもの。この一枚のために費やした時間だけ、大切なものの重みがある。小説の名言をもじって、アカリはそう告げると、満足して出口を抜けた。
「え、アカリが一位なの!?」
外で待機していた大森憩は、アカリがメダルを持っているのを見て驚いていた。アイリたちは手ぶらなので、この四人で勝負して彼女が一位だったのは本当だと実感する。
「まあ誰でもいいか。どうぞ」
「嫌」
イコイは預かっていたメダルケースを開き、嵌めるようアカリに促す。だが彼女は手放そうとせずメダルを強く握って胸元へ寄せた。彼は手柄を奪うつもりではない。アカリともアイリたちともチームを組んでいる仲間で、その仲間でメダルを七枚集めることが目標だ。あと五枚必要で今すぐケースにしまわなくてもいいのだが、一緒に保管しておく方が紛失のリスクを抑えられる。
誰が一位でもいいというのは、チームの四人が一斉にレースに挑めば、誰かしらが一位になってメダルをゲットする。つまりチームとしては確実に入手できるのだ。だから頑張る必要がなく彼女に一位を譲っても不思議ではなく、順位の追求をしなくていいと割り切ったのだ。
「裏切るのか」
「違う。けど、私の」
「まあ落とさなければ自分で持ってていいけど。こっちとは色と形違うし」
イコイはアカリがチームを抜けてメダルを持ち去るつもりかと疑ったが彼女は否定した。単に手元から離れるのを惜しんでいるだけと告げると彼は彼女の言い分を飲み、自分で管理していてもいいと答えた。
もし失くしたらまた並んで誰かが取り直せばいいだけの話だし、全部揃ってから一旦しまえばいい。デザインを見比べると一つ目と分かりやすく異なるから、どれがアカリの欲しい物か分からなくなる心配も要らない。
「どんなレースだったんだ?」
「一位二位三位四位」
イコイはオキナに勝負の展開を尋ねると、まずは誰が何位だったかを順番に指差して答えた。結果は二位がオキナ、以降は変わらず三位がアスミで最下位がアイリ。だが順位の内訳を聞いてもなお彼はどんな展開でそうなったのか見当もつかない。まず一位と予想していたアイリが最下位の時点で何が起こったのか読めない。
「なんで止まったの? あれじゃ逆転できないじゃん」
アスミはアイリを詰める。彼女が勝てないと諦めたのは暫定最下位のアイリが止まったせいだ。相手を妨害できればテンポが崩れて順位がひっくり返る可能性はあったが、それができるアイテムを手にするチャンスが訪れるのは最下位だけで、立ち止まっていてはアイテムを引けない。そして後退することもルール上できないから、誰も妨害されずゴールを迎えた。
アスミが逆転する可能性はない。そう察知した結果三位で終わったのだが、アイリが諦めていなければ彼女もまだ諦めなかったわけで、そうした理由を問い詰める。
「……自信がなかったの。翼が生えても、アカリみたいに可愛くなれるか」
アイリは理由を明かす。それはアイテムの演出。当初は彼女も真剣に走っていた。そのときは最下位がアカリで、アイテムによって馬がペガサスになるように翼が生え一時的に急加速し、追い抜かれた。そのとき横切った姿に見惚れ、自分もそうなりたいと憧れた。最下位になったとき、アカリみたいになれるチャンスだと思った。
だがいざなると思うと勇気が出なかった。あれはアカリだから綺麗なのであって、平凡な自分が同じ格好をしても似合わないのではないかと不安に思った。
「笑われたくないから、何もしないで終わらせたくて」
自分の姿を笑われるのは恥ずかしい。それならアイテムを手に入れない方がいい。だが最下位になってしまった以上、進めばそのアイテムが来る可能性がある。使わず走る手もあるが、自動的に発動するタイプだとしたら手遅れだ。あらゆる可能性をケアした結果、手に入ることがないよう止まることを選んだのだ。
「それでビリでもいいって思ったのね」
「うん。それにほら、メダルは貰えたし」
アイリは客観的に印象の悪い行為に及んだという自覚がある。だが勝負の結果ではなく目的を考えれば、結果なんて誰も気にすることではないから目くじらを立てるものでもないと開き直る。
確かに諦めたせいで真剣勝負は中断されアスミのモチベーションを失わせてしまったが、最後まで全力で競っていたとしてもチームの誰かがメダルをゲットすることに変わりはなく、それ自体がこの勝負の目的。だから四人で対戦の施設にチーム四人で挑み、その四人で競い合った。他のチームに一位を取られメダルのコンプリートが遠のくことにならないように。
「そのせいで私は一位になれないって予感がしたのね。それがなければ私だって……」
アスミは敗因をアイリに押しつけた。前の施設で一位を取った彼女は、ここでも一位を取りたいと思っていた。逆に低い順位を取ると、さっきのがまぐれだったと思われかねない。けれども取りたいという願いが叶わないと察知したことで、二位でゴールすることすら諦めた。それは彼女の自己責任だとアイリは反論する。
「でも二位にはなれたんじゃない?」
妨害アイテムに頼らないとオキナの安定感を崩すことはできなかった。けれどもそれでできないのは一位を取ることであって、彼に次ぐ二位で終えても四人の中なら上位に入る。メダルゲットには無縁の半端な順位とはいえ、笑われるような順位でもない。プライドが傷つくのが嫌なら頑張って二位を目指せばよかったのではないかとアイリは思った。そしてその願いを自分が邪魔したとは思っていない。アカリの急加速は三位に浮上したときに切れたから、そこからアスミが本気で逃げ切っていれば良かっただけの話に思えた。
「そんなの楽しくないし」
アスミの反論は、単なる真剣勝負ではつまらないというものだった。アイリの言い分は正しい。一位に上がることはできなくても実力で二位を維持することはできた。三位に上がったアカリがもう一度アイテムを使うことはないので、後は実力勝負。だが施設の想定した面白さを体験できない。それでもいいならよそでボタンの早押し対決でもすればいい。
どんなアイテムを出るか、どのタイミングで最下位から加速すれば逆転勝利できるか。施設のギミックを活かした駆け引きがこのレースの醍醐味のはずだ。魅力を半分も出さないレースなんて、ここでやる必要がない。
勝てない以外にも楽しめないと予感したことも、アスミが勝負の途中で手を抜いた理由なのだ。
「せっかく一位取ったのに嫌な気分になるね」
「仕方ないよ。二人はああいう子だから」
オキナはこっそりアカリに呟く。負けず嫌いのアスミがルックスに自信のないアイリに八つ当たりし、勝者のアカリには目もくれない。だが彼女は二人の内面をよく知っている。今に始まった話ではないから、比較的冷静でいられた。とはいえ傍観しているわけにもいかず、かといって何と言って割って入るべきか分からない。
「で、オキナはなんで負けたんだ?」
イコイは尋ねる。アイリとアスミのやりとりを聞いて、二人が下位に沈んだ理由は分かった。だがそれはオキナがアカリに負けた理由とは無関係に思える。実際そうだ。二人の立ち回りが彼に影響を及ぼしたわけではない。
「それはもちろん、これは女子に一位を譲るべきだから」
「……譲ったの?」
オキナは素直に明かした。最初からアカリというか女子に一位を取らせるつもりで勝負に臨んでいて、けれどもアイリにはなるべく勝ちたいから最初は本気を出していた。たださっき彼女の本心を聞いて、彼女に負けると警戒しなくてもよかったことに気づいたから、結果的には独り相撲だった。
そしてアスミも一位争いから脱落したので消去法でアカリに一位もといお姫様の権利を渡そうとした。
手加減されていたと知ったアカリはお礼を言おうとしたが念のため確認した。けれどもその雰囲気が、手抜きを責めるような感じにオキナやイコイに解釈され、伝わらなかった。
「嘘です。余裕こいてちょっと押し方変えてみたら逆効果だった」
オキナは咄嗟に嘘をついた。一位を譲りたかったのは強がりだということにして、本音は走り方で試行錯誤したことで減速したとアピールする。
「次にイコイと勝負するときを見据えて、もっと速い走り方を探っていたんだ。そのせいで一位逃した」
「へえ、面白いじゃん」
この四人で一位を取ることはできても、それはイコイがいないから。施設を制覇して余った時間にまたこの施設に挑戦してそのときは彼と競うことになったとき、今回と同じ走り方では勝てないかもしれないと考えた。
そこで何かスピードを上げられる方法はないか、独走している間だけ試そうとして、うっかりアカリに抜かれて抜き返せないままゴールしてしまったマヌケを晒したと告げた。
次を見据えて裏目に出たのなら、手加減と責められることはない。そんなオキナの言い分をイコイは信じ、ぜひ勝負したいと思った。
なおアカリは責めていたのではない。表情だけならそう捉えられるが、本心はお礼を言いたかっただけだ。けれども言えなくなった。オキナなりに試行錯誤した結果なら、勝たせてくれてありがとうなんて煽りと同義な発言はできない。
ともあれこれで二つ目のメダルも順調にゲットした。残る施設はあと五つだ。




