5話 開かずの黒い薔薇
最初のアトラクションへの参加を譲り目論見通り一人留守番する日比谷興奈は、その間に他の施設の下見という内職を済ませ、戻ってきた。さもじっと待っていたかのように西浦あかりたち四人と合流する必要があるので万が一にも遅れてはならない。時間に余裕を持って戻ってきたところ、まだアカリたちは施設の中にいた。彼女らはハチの着ぐるみを着て飛び、花の蜜集めで競争しているそのアトラクションに熱中している様子が窺えた。
「それ私の!」
美南哀月は花が開いて蜜を取れるようになるのを近くで狙っていたが、川口青空澄に背後から追い抜かれて横取りされた。交差点の赤信号で自転車を降りて待ち青に変わり、乗って漕いでスピードを上げるまでに時間がかかるのに対し、青になる瞬間に到着するように走っていた自転車は一度減速する必要がなく、交差点を渡る初速の差で追い抜かれたような感覚だ。もっとも交通マナーでは降りて自転車を押して歩いて渡るものなので良い喩えではないが。
ともあれこの取り合いは、花が開くタイミングをのんびり待っていたアイリと、予測して最速で取れるよう立ち回ったアスミで、後者に軍配が上がった。単に運が良かったともとれるが、そういった運に強いのがアスミの特殊能力。彼女は直感がはたらいたタイミングで動き出した。
挑戦している四人の各得点は、モニターにリアルタイムで表示されている。現在アスミの独走状態で、アカリは見て気づいた。二位の大森憩との差は少し前に見たときより広がっていることに。
アカリはここからの逆転は難しいと悟る。この施設は、蜜を吸いやすい花にハチは集める習性を学ぶものなのか、開いている時間の長い花ほど高得点が入る。だから勝負が終わりに近づくほど逆転できるだけの点が残らなくなる。つまり序盤に積極的に集めた人がそのまま逃げ切る作戦が有効だったのだ。
アスミの能力に適性があっただけではない。スタート時点で飛ぶことに躊躇したり飛べたことに感動して余韻に浸っていたりと、アカリたちは勝負に出遅れた。それがこの点差なのだ。最初から迷わずスタートしていれば、結果は違ったかもしれない。
「アイリ、次やるときはすぐスタートしよう」
だからアカリは今回勝つのは諦めて、もう一度挑戦するときにアスミに勝とうと呼びかけた。問題は二回もこの施設に挑む理由がないことだ。
「終わったら次の所行かない?」
「そうだけど、全部終わった後とか」
アスミの言う通り、今回の目的は七つの施設の制覇であって、すでにクリアした施設にもう一度行っても意味がない。並ぶ時間ももったいない。だからアカリは、制覇した後にまた来るのはどうかと提案した。
「……そうね」
制覇できる予感のがしないアスミは、それを他言することなく頷いた。もしかしたら未来が変わるかもしれないが、今予感している未来を告げてモチベーションを下げてしまっては僅かな可能性さえ潰れてしまう。
彼女の狙い通りアカリは前向きに捉え、本気で挑むのは次の機会とし、残り時間は勝敗と関係ないが試したいことに費やすと決めた。
「じゃあ今回はアスミの勝ちってことで」
アカリは笑顔で勝負の諦めを宣言し、できれば他の人の協力も得たいので、自分の負けではなくアスミ以外の全員を敗者と決めつけ、試したいことに巻き込んだ。
「あの黒い花、気になるんだ」
「あれ花なの? びくともしなかったけど」
フィールドで異彩を放つ黒薔薇が、アカリは気づいたときから気になっていた。一度触れてみたが蜜は拝めず、花が開くまで粘ることもなかった。彼女以外も同じで、蜜を取ったらどれだけの得点か、そもそも得点はあるのかは誰も知らなかった。彼女同様、中の様子を見えていないから。
「どうせハズレだろ」
「取りやすい蜜ほど点が大きいものね」
イコイは黒い花に興味がなかった。この施設の特徴は、開いて蜜を取るタイミングを狙いやすい花ほど高得点な傾向がある。早い者勝ちだから、一輪に固執するよりは動き回って手当たり次第漁る方が効率的。さっきまでは点数勝負をしていたから、確かめる気にならなかった。きっと今まで挑戦していた人も同じだろう。
「四人でやれば開くかも」
「それで私の勝ちでいいって言ったのね」
アスミはアカリの意図を察した。勝ちたい気持ちがある人は寄り道してくれない。だから勝者は決まったことにして、それ以上差を広げることも詰めることも意欲を失わせた。結果、全員で勝敗と無関係なことに協力する時間を作れるという算段だ。
「次はちゃんとやるから」
その時間は今しか作れない。なぜなら次回こそ最初から最後まで本気で勝負するつもりだから、得点に繋がるか分からない黒い花に構う時間はない。あっても一瞬で、一人で試しても今回と同じで無駄だろう。
今だから試す利点、代わりに次回は真剣にやるという譲歩。それらを挙げてアカリは説得する。
「次は誰かが留守番かもだけどな」
「そうだった」
なおイコイは気づいてしまった。この遊園地には彼ら四人で来ているのではない。招待状を受け取った人がツアーのように一斉に来場した。その中で彼らは同じ島で暮らす同学年の特殊能力者という共通点があり、その条件を満たす人があと二人いて、六人でチームを組んでいる。
ここにいない二人のうち、オキナは彼らと同行していたが施設が四人一組ということとハチが苦手という理由で引き下がり、外から観覧している。もう一人は入園早々ベンチで休んでいる。イコイはともかく、そのもう一人が興味を持って交代を所望してくると、次回の本気の勝負に誰かが参加できなくなってしまう。そもそももう一回並び直すとなるとオキナを待たせる時間も長くなってしまい申し訳ない。
「それなら私が代わるわ。代わらなくていいならやるけど」
進んで留守番をすると発言したのはアイリだった。やりたくないわけではないから、二人ともやらないと言って再びこの四人でやり合うことには賛成だ。
「能力が使えないからだろ」
「ラクアとやりたくないから」
イコイはなぜアイリが率先して名乗り出たか推理した。彼女の能力は地面にクモの糸を広げて触れた相手を拘束することだから、全員が飛んでいるこのフィールドでは効果がない。それをつまらないと感じ、何もできず負けるくらいなら勝負しない方がマシと開き直ったのだと。
だがアイリは否定する。確かに能力は存分に活かせないが、手の打ちようはある。花に糸を張っておいて、蜜を狙って触れたら最後、行動不能にするなどだ。だが考えがあると悟られては事前に対策されかねない。能力の使い道がないことへの否定をせず、それと別に交代で入ってくる三郷楽阿と近づきたくないという本音を、本人がいないのをいいことに暴露した。
「……確かにあいつに触られたら一瞬で墜落しそうだな」
「絶対そうするわ。点を取るより相手を潰した方が楽だって」
ベンチで休んでいるのはラクアだ。ハチが嫌いなオキナはともかく、クモ好きの彼はハチの着ぐるみを着て蜜を集める体験に抵抗はないだろう。だから交代で入ってくるとしたらラクアで、アイリは彼との関わりを避けたい。それが叶うなら参加できなくてもいいと言い切れる。
イコイやアスミはアイリが拒否する理由を勝ち目が薄いからだと考えたが、実際ラクアの人柄から勝負の展開が容易に想像できる。蜜の取りやすさと得点の関連性や謎の開かずの黒い薔薇。そんな要素など複雑なことは一切考えず、序盤に全員脱落させてその後独り占めすれば勝ちというシンプルな思考とそれが実現できるだけの実力を発揮してくるにちがいない。始まる前からアイリが彼との勝負を断るのも十分理解できた。
ただアカリは思う。きっとラクアはアイリと一緒に楽しみたいのだろうと。期待して参加してけれども彼女が抜けてしまったら、退屈そうに全員仕留めて張り合う相手がいなくなった蜜集めをする未来が想像できた。
「まあ、やるって言うかも分からないけど」
「そのとき考えようぜ。早くあの黒い花を」
とはいえラクアが参加するかは彼に聞かないと分からない。まだベンチで暇そうにしているかもしれないし、見栄は張ったもののこっそりついてきて陰から覗いて羨ましそうに思っているかもしれない。何にせよこの場で答えは出ないし、時間切れが迫っている。それまでにやるはずの、黒い薔薇の謎を暴くための時間がなくなってしまう。
四人は花の周りに集まると、まずはイコイが一人で全力で花を押すと告げた。いきなり全力を出すと暴発して周りを巻き込んでしまっていけないから、皆を少し離してから試す。
「……駄目だ、動かねえ」
「真面目にやって」
「全力だが」
しかし彼の全力でも微動だにしない。だが果たしてそれは全力なのか、傍から見ると疑わしい。力んでいるどころか力がまるでこもっていないような手つきと表情がその証拠だ。だがこれこそ自分なりの全力だとイコイは弁明する。彼は最大限に力を抜くと、逆に最大限発揮できる能力がある。全力を出すのなら普通の人と同じようにできるが、それは疲れて長続きしない。だから能力を活かし、維持しても疲れない全力を発揮している。へたに力むと無意味だから楽をしているように見えてしまうのだ。
能力者仲間とはいえあまり接点のないアカリとアスミにとっては、これがイコイなりの全力であることにしっくりきていない。だが今回のような交流を経て理解を深めていく。能力者は競い合う相手であると同時に、協力して課題を乗り越える仲間だ。
イコイは花に力を込める感覚に慣れてきたので援軍を求める。今なら人が近くにいても暴発しない。四人がかりで花をこじ開けようとする。
「アスミもちゃんとやってよ」
「だって無意味よ」
すると今度はアスミが楽をしているように見えた。スペースがないわけでもないのに片手しか使っていない。イコイは彼女こそ手抜きではないかと疑ってかかると、それは図星だ。彼女はイコイと違って力を抜いてもパワーは上がらない。
それがプラスにはたらくことはない。アスミはイコイだけ疲れないのをズルいと思っており、力んだところで動かせる予感がしないから、片手を使わずだらりと下げて、最初から手を抜いている。
残念ながらアスミの吐露した通り、四人がかりでも何も変わらなかった。能力者の集まりとはいえ、この場で有効なのはイコイのみ。開けるために工夫が要るとしても、この四人では力業しか使えないから、その意味では能力者ではない他の参加者と変わらない。結局この黒い花は何なのか分からず時間切れを迎えた。
「何か分かった?」
「何も。やっぱりただの置物じゃない?」
触れて何か感じた人がいないかアカリは尋ねるも、誰も頷かない。ここまでやって駄目なら、きっと誰がやっても同じだろうと考えたアイリは、勝負とは関係ない飾りではないかと告げた。アカリもそれで納得しておくことにした。
そして結果はアスミが最多得点となり、クリア者に認定された。施設のスタッフからはメダルが渡された。だがしまったり着けたりする場所がないと告げると、初めてメダルを受け取る人向けに配布しているケースも渡された。そこに嵌めて、残りは六つだ。
「なんかいいね、こうやって集めるの」
「皆のメダルだものね」
まるで旅をして集めるようでイコイはテンションが上がった。今回はアスミがゲットしたが彼らはチームを組んでいるので、これは彼らの前進でもある。次の施設で他の人が一位になっても、二枚目のメダルとしてゲットできる。アカリも彼と同じ気持ちで、少しずつ埋まっていくことを楽しみにしている。
だが彼女は笑顔の裏で黒い薔薇が気になったいる。もう一度この施設に来て花の中を覗こうとしても、今回と同じ結果に終わるかもしれない。今回で謎を明かして、大きな得点になるものだったら次回の真剣勝負への作戦会議の材料になって面白いと思ったが、この結果では誰も気にしない。むしろ気にして時間を無駄にすると負けが近づいてしまう。
「実はあの中に景品があるとか」
「なのかなぁ。制覇したらまた見に来よう」
だが何かがトリガーとなって変化が表れるかもしれない。候補は七つの施設をクリアする、いわゆる制覇の達成だ。そういうヒントがあったわけではないが、制覇に対する意欲を持つのは良いことだ。謎を解くために残り六つも頑張ろうと士気が上がった点では、効果的だったと前向きに捉えた。




