4話 競争させよう
招待状を受けて遊園地を訪れた西浦あかりたち五人は、ここのメインイベントである指定のアトラクション七つの制覇を目指し、園内の散策を始めた。入園時は六人いたが、一人はベンチで休むと言うので置いてきた。
「はらぺこみつばち、これね」
最初に見つけたアトラクションの前で川口青空澄は立ち止まる。すでに他の客が挑戦しており、どんなアトラクションで何をするのかが観察できる。入口の看板にも説明書きがあり、アカリたちは見比べながら理解を深める。
「タイプは対決。四人でみつばちになってお花畑を飛び、一番多く蜜を集めたらクリア」
まず園内の施設はタイプがある。どれも最大四人で挑戦できて、対決と協力の二種類。対決は四人で点数を競い一番高い人がクリア、協力は連携して全員でクリアするものだ。
「やる? 他を見に行く?」
「これ、四人で一緒にやればよくない?」
今挑戦すれば戻ってくる必要がないが残りの施設が不明。素通りして他を下見しておくと挑戦しにここへ戻ってこないといけない。アスミは皆に尋ねた。
すると日比谷興奈は、確実にクリアできる方法に気づく。それはこのメンバー内で競うよう挑戦すること。
「確かに。チームでクリアすればいいし、全員同じチームなら絶対誰かが一位になる」
「ノルマは何点って決まっているわけでもないみたいだし」
七つ制覇するのは個人戦ではない。参加者で自由にチームを組み、その中で制覇すればいい。報酬は山分けで取り分が減るというデメリットはあるが。
そしてこの施設は四人で最も蜜を集めた、つまり一位を取った人がクリアになる。ならその四人のエントリーをチーム内で独占すれば、どんな結果でもチームではクリア達成なのだ。
そのことに気づいたオキナに、アスミたちは賛成した。誰が一位でどんな結果でもいいなら頑張らなくてもいい。そんな八百長みたいな手口を阻止するような、順位に加え何点以上でクリアなんてルールがありそうだが、ここにはない。
「試してみようか。ちなみに一人でやりたい人いる?」
「そしたら俺はパス。ちょっとハチは苦手で」
となると五人の中から四人を選び、そんな緊張感のないゲームをするくらいなら一人で他のチームと競いたい人がいればそうさせてあげようとアスミは考える。すると真っ先に身を引いたのはオキナだった。そもそも彼は自分が抜けることを先に考えており、他の四人に任せる際にどうすればクリアできるか考えた結果、四人一緒にやれば解決かもと気づいたのだ。
だがハチが嫌いというのは嘘で、四人が並んだり挑戦している間に一人で調査するための口実だ。招待状は抽選に申し込んだわけでもなく突然届いたもので、遊園地のことをよく知らない。どんな施設があるか、七つ制覇するだけというのは簡単ではないか。気になる点がある。
それなら皆に伝えて協力して調べればいい、とは考えない。オキナは皆の前では堂々としていたい。だから見えないところで足と頭を使うべく、その時間を作ろうと誘導する。
「なら仕方ないよね」
「虫だもの。ハチとかクモとか、苦手なのはおかしくない」
オキナの建前に美南哀月は疑うことなく共感した。それは蜘蛛好きな三郷楽阿への当てつけかとアカリは勘繰った。ラクアはベンチで休んでここにはおらず今の話は聞こえていないが、クモ好きの彼が聞いたらムッとしそうな言い回しだったからだ。
「じゃあイコイ、女の子たちをよろしく」
ともあれオキナの辞退に四人は合意し、その中で黒一点の大森憩は何かあったときにアカリたちを守るよう任された。同時に、彼女らと対決することになるわけで、勝敗は関係ないのなら手加減してもいいと考えた。
この施設は時折、蜂同士で蜜を奪い合う。花びらが開く瞬間を近くで待ち、開いたら早い者勝ちで取り合う。こういった場面でぶつかると怪我させてしまいかねない。朝に衝突した相手が頑丈なラクアだったからよかったものの、痛い思いをさせてしまうのは避けたい。
列に並ぶと中で対決している様子がよりはっきり見える。
「本当に飛んでる。吊るしているわけじゃなくて」
見えにくいワイヤーで浮いているのではなく、蜂の着ぐるみの力で飛んでいる。夢のような光景にイコイは驚いた。
「飛ぶの初めて」
「私も。どんな景色なんだろう」
人が飛ぶこと自体にアカリたちは驚かない。そういう特殊能力を持つ人が身近にいるからだ。イコイもいずれ慣れてくるだろう。
だがアイリの言うように、飛ぶ人を見るのと自分が飛ぶ側になるのは違う。ここで体験できるのは貴重な経験に思え、飛べる人の気持ちを知りたいとアカリは思う。その意味ではクリアに執着せず自由にするだけでクリアできるのは好都合だ。
一方オキナは近くの施設を回る。遠くのは後回しだ。今回の施設はルールの穴を突いた形だがイコイたちが一回でクリアするだろうから、彼らはすぐ戻ってくる。それまでに戻るために使える時間は短い。だから遠くのは次の施設に着いてから、またさっきみたく理由をつけて一人になったときに見に行く。今は次に回る候補に絞り、どんなギミックか、クリア難易度はどの程度かなど把握しておく。
基準になるのは施設のタイプ。ここと同じで対決なら、同じチームの四人で挑むだけでチームの一員が一位を取るのは確実ゆえ、施設のクリアも満たす。このタイプの施設が多いほど、勝敗を気にせず自由に楽しめる時間が増えて嬉しい。オキナはなるべく多く情報を集めるべく早足で、けれども道を忘れて皆に助けを求めるなんてみっともない失態を犯さないよう道と目印を確認しながら進んだ。
「飛べるのは楽しみだけどハチかぁ……」
「ホタルが良かったわ。せっかくなら」
「えー、ホタルもあまり飛べる感じしなくない?」
出番が回ってきて四人は衣装を着る。これだけで空を飛べるかと思うと心が弾むが、アスミは遠くや高くまで飛べるイメージのない虫の姿なことには少し不満がある。なお彼女の独り言を聞いた限りでは華やかな生き物の方が良いのかと解釈したアカリは、同感と答えつつホタルの姿になりたいと告げる。
だが実際は飛行能力を重視しているアスミにとってハチもホタルも変わらない。もっと高く遠くへ飛べそうな姿になりたい。
そんな彼女とは感性が違うと察したアカリは共感を求めるのを諦めてアイリに尋ねる。クモはともかくハチに抵抗があるのは本音のようだから。
「アカリにはハチの方が似合うと思う!」
「……ありがとう」
なお着ぐるみである以上違いは生態ではなくデザインで、その点ではハチの方が映えるというのがアイリの見解で、アカリが期待したものとは真逆の意見だった。落ち込む様子を顔に出さず微笑んでお礼を言った。
アイリも皮肉で言ったのではない。ハチらしい黄色と黒のカラーリングが心を掴んだ。この輝きはホタルでは表現できないだろうから、ハチで良かったと思っている。
「まああまり速くても危ないしな」
イコイとしては隼や鳶のように速くてかっこいい鳥になりたい。だがそれらをモチーフにすると相応の機動力がないと物足りなく、かといって再現したらあちこちで衝突や墜落事故が起こりかねない。それこそ今朝の彼が全速力で集合場所に向かっていたらラクアに衝突したときのように。
「そうね。空を飛ぶ夢を叶えるために死にそうになるなんて嫌だもの」
イコイの視点にアスミは納得した。ここは安全第一の遊園地だ。空を飛ぶという貴重な体験をしつつ楽しめるように、ゆっくり飛ぶハチを採用することに納得した。
「でも一位を取らせようとしてるのね」
「確かに。まあ誰が勝っても一緒だし」
だがアカリは疑問に思った。安全に楽しむことが施設のコンセプトなことには納得したが、それを使って競争させようとする催しを不審に思う。四人でスタートし一位になったらクリアというルールなら、速さや競り合いなど危険に繋がる行動に囚われてしまう。
果たしてただ楽しんでもらうために呼ばれたのか、何か裏に意図があるのではと不安に駆られる。だが今回みたくチーム内で競うのなら安心だ。緊張感がなくて物足りないと当初は思ったものの、何としてでも勝つプレッシャーを背負わなくて済む分、それが正解だったように思える。
いよいよスタートのときが来た。アカリたち四人は並んで、合図が鳴る。先頭に出たのは迷いなく飛んだアスミで、不慣れながらも体を浮かせて、得点である蜜を集めに花へと向かう。アカリは他の二人が躊躇しつつもアスミを目で追っていることに気づくと、自分もタイミングを合わせて飛ぶことにした。出遅れると想定外の事態が起こったときにアイリたちのヘルプが間に合わないかもしれないから、怖くても仲間から離れてはならないと意識した。
「疲れるか?」
「ううん、全然っ」
イコイはアスミに呼びかける。泳ぐのと走るのでは体力の消耗が全然違うように、飛ぶのは実は大変かもしれないと警戒し、先に試した彼女の反応を参考にする。それほどでもないと元気よく答えるのを聞いて、あまり体力は意識しなくてもいいと判断し、飛んだ。
「おー、飛んでる。二人もおいでよ」
イコイは飛んでいることに感動しつつ、蜜や勝負そっちのけで振り向きアカリたちを誘う。二人は目を合わせて頷き、一緒に飛んだ。
「飛ぶってこんな感覚なんだ……」
アイリは初めての感覚に、戸惑いと感動を覚える。自分が自分でないようなその感覚は、特殊能力者になった日に感じたものと似ている。
「あ、でも早く行かないと」
アカリはアイリの反応を眺めた後、並んで番を待つ客の反応に目を向けた。これから自分たちがああなることに期待と不安が混じった目をしている。同時に、これはアトラクションで長居するのはマナー違反だと自覚し、アスミのように先に進むよう促した。この感覚をじっくり味わいたいが、二度と味わえないわけではない。終わったらまた並び直せばいいだけの話だ。そう割り切って施設の本来の目的である蜜集め勝負に向かった。
花がいくつもあり、時折開く。そのときに飛び込んで蜜を取ると、蜜に書かれた得点が入る。蜜は最初に手に入れた人のもので、奪うことはできない。蜜によって得点は異なり、多く取っても油断はできない。コツコツ稼ぐか、高得点の競り合いを制するか。戦略は人それぞれだ。
「あれ、届かない」
まだ誰も行っていない大きな花に狙いをつけたアイリだが、花びらの壁を突破できない。だが諦めない。取りにくい蜜ほど高得点が設定されている予感がするからだ。
「俺もやる」
「横取りしないでよ」
力に自信があるイコイは手を貸しにいった。協力すると見せかけて得点を先に取ろうとしているとアイリに警戒されたが、そんな手口に走る気はない。パワーで役に立ちたいだけだ。
「開いたぞ」
「取れたっ。ありがとう……」
イコイも押してくれたおかげでアイリは蜜を入手できた。お礼を言った後に疑ったことを謝ろうとしたが、自力で取れた蜜より低い点だったことに驚き、言葉に詰まる。
「……つまみ食いした?」
「してねえよ」
実はイコイに取られていて残った得点が少ないとアイリは疑ったが彼は無実だ。そのやりとりを見ていたアカリは、心当たりがあることを伝える。
「花びらが多いと花粉が少ないからじゃない?」
「なるほど」
「苦労して取ってもあまりいいことないのね」
ゲーム的には難易度の高いものほど突破したときのリターンが大きい。けれどもここの配点は、現実の花にどれだけの蜜があるかが基準になっている。だから取りにくいわりに得点が低い。
「罠じゃん」
「ゲームを通じて蜜やハチのことを知ってもらいたいのかも」
ゲームあるあるを逆手に取ったトラップではないかと文句を言うイコイに、むしろハチの生き方の理解を深めてもらうための仕掛けではないかとアカリは告げる。
「なるほど。じゃあ取りやすい花ほど美味しいってことか」
イコイの解釈にアカリは頷く。同時に彼女は思った。獲得が容易な蜜は取り合いになりやすい。得点が大きいのなら尚更だ。蜜の仕組みを学べるように見えて、実は争いへと誘導させる策にも思えてくる。この遊園地に招かれた人は、勝負への執念を目覚めさせるための実験台なのではないか。そんな不安が芽生えつつも、彼女は気丈に振る舞った。




