3話 幻想ではなく現実
西浦あかりたちは飛行機が着陸すると路面電車に乗り換えた。招待状が乗車券にもなり、お得に乗れた。
「見えたよっ」
川口青空澄が窓を指差すと、その先に遊園地が見えた。そこが彼女らの目的地。目を引き大勢の来場を想定しているような、縦にも横にも長いゲート。お姫様が暮らしているような城。海のように広い池に浮かぶ海賊船。デコレーションされた高い塔。遠くからでも見えるほどに大きなオブジェクトに期待が膨らみ、皆は食い入るように窓から覗く。
その中でアカリは窓の向こうを見るのをすぐに止め、外を眺める皆の横顔を見た。景色ならまたここを通れば見られるが、皆の反応は一緒にいるときしか見られない。特に初めて見たときの反応は今だけしか見られない。彼女にとっては、そっちの方が貴重な光景なのだ。
降りて入口へと歩いていくと、改めて迫力を感じる。突然こんな豪華な施設に招待されたことが夢に思えた。
「これ現実? オキナの幻想だったりしない?」
「触ってみれば?」
だがアカリたちが暮らす島には特殊能力が目覚める人がいる。能力は人それぞれで、どんなに不思議なことでも誰かの仕業かもしれないと疑ってかかるものだ。実際オキナは幻想の世界を作ることができ、大森憩は彼の仕業ではないかと思った。
だがオキナの力では、見た目だけ変わって実際は何も変わらない。彼が作った物に触れても、現実の同じ場所に何もなければ感触がない。
彼は能力を持っていれどここでは何も発揮していない。それを証明するべく、目の前にある物に触れて空振らないことを確かめるよう促す。
「待って。傷つけないよう優しくな」
「オーケー」
とはいえ不用意に触れて汚すのは迷惑をかけてしまうので、軽く触れて感触が伝わる程度に留めるよう忠告した。ただその相手がイコイだったばかりに、外壁にヒビが入った。彼が全力で殴ったのと同等の衝撃が加わったせいだ。不穏な音と凝視すれば見えるヒビに、一同は絶句する。
「全力出ちゃった」
「早く前行って! 逃げるのよ」
これはイコイの能力だ。最低限の力を出したとき最大限で出力される。慎重にと言われたら、却ってフルパワーをぶつけてしまう。彼は能力者になってまだ一ヶ月で、時折こうして自身の能力を失念し暴発してしまう。
言ったオキナも彼と知り合ったばかりなので、この展開は予測できていなかった。分かっていればイコイ以外に頼むか、力を緩め過ぎないよう彼に忠告しておいただろう。
ヒビを直すことができる能力者は、この場にいない。アスミはただちに逃亡すれば事なきを得ると能力で予感し、離れるよう呼びかける。
「ラクア早く!」
ただ一人、三郷楽阿だけはアスミの呼びかけに応じずゆったり歩いている。彼女は急かすも、彼は置いていかれると分かったうえで自分のペースを維持する。彼はヒビの件がバレることを恐れていないので、利点もなく疲れるのを嫌っている。
「逸れたら頑張って探してね!」
だがアスミたちを見失うのは困る。彼女がこの街の出身ということでガイドを任せておけば安心と捉えているから、離れてしまうと不安だ。移動で楽をしても後で探す手間がかかるのは面倒。だったら今は疲れても後で楽をしたいと考えを改め、走り出した。
「もう大丈夫」
難を逃れたと予感したアスミは徐々にペースを落とす。きっとラクアが最初から一緒に走ってくれていたら、もう少し早く減速できたのかもしれないが、過ぎてしまったことに文句は言わない。
「自分勝手に動かないで」
なお美南哀月はラクアの協調性のない行動を堂々と非難した。飛行機に乗る前、集合場所に遅れそうになった自分たちを責めてきた彼に仕返しするかのように。
「思い出してたんだ。瓦礫の感触を……」
ラクアは動き出しが遅れた理由を答えた。さっきオキナたちが話していた、これらは触れられるから幻想ではなく現実だという判別方法で彼は昨日の出来事を思い出した。思い出しただけでそれは走り出しが遅れたのとは別問題だが、正直に答えれば衝突が収まるわけではない。そういう理由なら仕方ないと思わせて衝突を避けるのを狙って、咄嗟にでっち上げたのだ。
「それでさっき、手を見てたのね」
「ああ。気づいていたのか」
楽して歩きたかったことと倒壊した学校の記憶に心を痛めていたのは、無関係だがほぼ同時に発生していた。それでアカリは関連していると誤解し、チラッと見えた彼の仕草の真意を読めた。
ラクアは最初に走らなかった理由とは関係ないものの、昨日のことを思い出して手で握る仕草をしていたのは事実なので、アカリの気づきを味方につけてごまかすことを続行する。一方アイリは彼女がそう言うのなら反論するわけにいかないと引き下がり、言い合いのヒートアップを免れた。
遊園地の広場で招待客一同はイベントの説明を受ける。指定された七つのアトラクションの制覇を目指してほしいというものだった。各施設は四人まで同時に挑戦できるもので、制覇は一人で成し遂げなくてもよい。何人かでチームを組み、分担して制覇するのでもチームでの達成と認められるというルールだ。チーム人数に制限はなく、四人以上で組むのを勧められた。
「じゃあ全員で一チームになれば一人一個とかでいいし、楽じゃね?」
参加者は彼ら六人以外にも大勢いる。他力本願思考のラクアは、その参加者内で知り合い同士チームに分かれるのではなく、面識の有る無し問わず一丸となるのを提案した。人数が無制限なら彼の案はルール違反ではない。他のメンバーをライバルのチームではなく味方にし、競争しない。そんなアイディアが出てくることは運営も想定済だった。
「達成感がないじゃん」
「楽に終わればよくねえか?」
ラクアの意見にオキナが反論する。確かに大人数で手分けして回れば早く制覇できる。順番通りやると時間がかかるのが、並行して進められるからだ。けれどもせっかく来たのに早く終わっては味気ないし、分担する以上は個人が挑戦するアトラクションの数が減って、行かずに終わってしまう場所が大半になるのはつまらない。
けれどもラクアは楽しさを求めず、楽に片付くことを最優先に考えている。一人が取り組む対象が減るということは負担も減るということ。力や元気は余るに越したことはない。
「終わった後に好きな所行けばいいだろ。行きたい人だけで」
それに制覇したら帰らなくてはならない決まりはない。早く終わったら閉園まで自由時間にすればいいとラクアは考える。これから他の人に任せて回れなかったアトラクションを、クリアしなくてはいけないという使命感を抱かずに失敗でもいいと気楽に挑める。特に興味がない人は帰宅できて、彼はそうしたい。つまりラクアの主張は、楽しみたいなら尚更全員で一丸となって早く終わらせ、残り時間を多く残してそれを自由に過ごす時間にあてればいいというものなのだ。
「でもほら、報酬はチーム全員で山分けってあるし」
チーム人数を増やすことはルールの範疇。だがそうすると見返り、つまり制覇の報酬の一人の取り分は減るというデメリットがある。これなら最低限のメンバーに抑え制覇を目指す方がお得だ。
「で、その報酬って何だよ」
「スゴいこと…… アスミ、分かる?」
とはいえ報酬の取り分が多かろうと少なかろうと、欲しくなければ差はない。そしてこの企画の怪しい点が、肝心の報酬がぼかされていることだ。アカリは招待状を受けたときから、ただ楽しんでほしくて人を集めたものではないと疑っている。その勘が当たっているなら報酬は嘘かもしれないと思っているが、この街出身のアスミなら何か知っているかもと思い、質問する。
「それはもちろん、夢が叶うことよ」
アスミははっきりと、目を輝かせて答えた。招待状にも説明にもない、きっと制覇した後に明かされるサプライズであるような情報をネタバラシするかのように。
「ここって元々そういうことに力を入れている街だし」
「確かにスゴいことだけど…… いいのか? そんな簡単に」
「夢にも限度があるんじゃない?」
「いや、逆に相当難しいのかも」
「それか実は、人が多いと不利になるとか」
報酬が賞金なら、山分けするとチームの人数の多さに反比例して取り分が減る。だが一人ずつ夢を叶えられるのなら、どれだけチームが大規模になっても損をしない。だったらラクアの案を採用し手分けして適材適所で担当する方が効果的に思えるが、人数が多いほど有利になって報酬は減らない、参加者には好都合な企画を催すものなのか、サービスに満ちていて却って怪しい。
考えられるのは三つ。人数が多いほど叶えられる夢がチープなものになるか、そもそも制覇できるものと思われていないか、そして人数の多さがむしろクリア難易度を上げてしまうかだ。
「様子見がてら、まずはこのメンバーで組むか」
「賛成。まあ三人ずつ分かれるのも手だけど……」
四人まで同時に挑戦できるのであって、三人以下では遊べないわけではない。そして同学年の能力者繋がりで揃ったメンバーは六人。これなら山分けするにも多くなく、一人の負担も大きくない、程よい人数だ。
だが始まる前で全員元気なうちから、四人に選ばれず暇になる人が出るのももったいない。四人より少ないときの難易度を知るためにも、最初は二手に分かれて回るのもアリという意見も出て、そうなるとどう分かれるかを考える作戦会議を始めたい。
だが問題が発生した。一人いない。見渡すとラクアがベンチで休んでいた。
「具合悪いの?」
さっき走ったとき反応が遅れたことといい、ラクアは調子が出ないのではないかとアカリは心配する。招待状が届いていたことを黙っていたのも、当日も集合場所に来るまで誰にも連絡していなかったのも、突発でい行けなくなるかもしれないと自覚していたように思え、その理由が体調不良ではないか不安になった。
「別に。休みたいだけだ」
「……紛らわしい」
アカリは睨むようにラクアを見下ろす。普段は背の高い彼を見上げて目を合わせるが、今は彼が腰掛けているので逆に見下ろしている。彼は彼女の表情から責められていると錯覚したが、実際はただ心配されているだけだ。
「で、帰るのか?」
「帰らないよ!? 今、三人一組に分かれようって話をしてて」
「……え、分けなくてよくね?」
六人をどう二手に分けようか考えようとしたら六人いないことに気づき、皆でラクアの元へ来たとアカリは経緯を伝える。だが彼は乗り気ではなかった。四人以上でチームを組む方が楽にクリアできると考えて、自分を余り物に計上していた。
「四人でやるんだろ? 俺ともう一人は休みでもいいじゃん」
「いいよ、五人で回ろう」
アスミはラクアの説得が成功する予感がせず、不毛な論争を始める前に早々に彼を切り捨てた。
「確かに、その方が報酬は豪華かも」
「うん。それに元々この五人で行く予定だったし」
チームが六人から五人に減れば報酬の取り分は多くなり、かなえてもらえる夢の規模が膨らむかもしれない。加えてラクアの参加は事前に誰も聞いておらず、彼以外の五人で回る計画を立てていた。だから彼が来なくても計画通りのようなもの。そう割り切って、最初は五人で挑戦すると決めた。
「じゃあ合流したくなったら頑張って探して」
「……ああ」
そうと決まればラクアをベンチに置き去りにすることになり外壁のヒビのときと同じ問題に直面するが、今度は彼は受け入れた。探す気はない。待っていれば彼らは再びこの近くを通るだろうと考え、そのとき進捗を聞いて合流するかまだ休むか決めればいいと判断した。
「今度は来ないね」
「何か考えがあるのかも」
ラクア以外の男子たちはひそひそ話をする。彼のことを疑うわけではなく、むしろ期待していた。
「でもこれ、アレでしょ?」
「ああ。たくさん休むほど、やる気を出したときのパワーが凄まじいって奴」
ラクアは頑張るのを維持するタイプではない。手を抜くところは率先して抜き、力を温存する。すると正念場でそれまで溜めていたエネルギーを解放する。この力は特殊能力と関係ないが、実力を発揮するためのオンオフの切り替えは彼の武器。
遊園地に対してやる気を見せていないばかりだが、いずれ力を解き放つ前触れだと期待している。だからここは引っ張り出して邪魔せず、好きなだけ休ませておいた方がいいと考える。
「じゃあまたな」
この五人で制覇できれば、ラクアのようなSランクに頼らず乗り越えられたという自信を持てる。けれどもきっと彼の力を借りるときが来る予感がし、そのときにまた会おうと約束し、女子三人と出発した。




