20話 この瞬間を大切にしよう
遊園地の五つ目のアトラクション、ワニ退治。四人がレーンに立ち、それぞれの列から迫るワニを両手に持った二つのハンマーの適切な色の方で叩き、倒した数を競う。序盤は三郷楽阿がリードし、持久力自慢の彼はタイムアップまで失速せず逃げ切りを狙っていた。
だが後半からミスが多発。違う色のハンマーで叩くと得点にならずそのワニは去っていく。だから叩き間違えるても即座に逆の色で叩けばいいということはない。間違えたらすぐ次のワニの色を見て、振る手がどちらか判断しなくてはならない。
しかしその判断力が鈍っている。原因は集中力の低下。ラクアと競っている三人の影響だ。
大森憩は始まる前に誤って疲れてしまい、なるべくこれ以上の体力の消耗を抑えるためにワニ姿をした機械のセンサーが反応する最低限の力を込めて叩くよう意識した。だが彼の特殊能力により却って最大限のパワーが発揮される。それで疲れることはなく、一発叩けば正解でも不正解でもワニは次のワニと交代するので、本気で一発叩いた程度で故障もせず、結論彼に不都合なものはない。叩いたときの衝撃音の大きさが、横のラクアにストレスをかけている。
日比谷興奈もイコイ同様、始まる前にラクアにちょっかいをかけた結果、彼の能力によって疲れさせられてしまった。そこで自分のモチベーションを上げつつ周りに気を逸らさせるために能力を使った。見た目を幻想空間に変える能力で、遊園地をジャングルに変えた。変わった見た目だけなので正面のワニを倒すことに専念すれば影響はない。だが視界に入る余計な情報がラクアにとってはストレスだった。
そして美南哀月はラクアが精神的に追い詰められていることに気づき、さらに邪魔して集中できなくさせてしまおうと話しかけた。ワニ退治とは無関係で聞いたり答えたりするメリットはない。そんな話をふっかけられて彼は限界を迎えた。
他の三人の中では、体力に余計な消耗のないアイリが優勢。だがイコイたちは彼女に勝つために作戦を切り替えることはしない。変えてしまうとラクアへの干渉が甘くなり彼が調子を取り戻しかねない。一位になることよりラクアを抑えつつあわよくば最下位に陥れる方が面白いと密かに結託し、タイムアップ。一位はアイリ。だが彼らはチーム。チームとして五枚目のメダルをゲットし、残る二枚を入手すれば七つの施設制覇となり、スゴいこととやらが起こる。
「疲れてなければ俺だって一位になれたのに」
「自業自得でしょ。ラクアの能力知っててあんなことするから」
目論見通りラクアを最下位にできた。Aランク能力者が力を合わせればSランク能力者を下せると証明したので気分がいい。だが始まる前の過労がなければアイリとの一位争いに食い込むことができたはずなので、そのチャンスを捨てていたことを悔やんだ。
だが自己責任だとアイリは一蹴する。始まる少し前にハンマーを受け取った待ち時間にふざけてラクアを叩いたのはイコイたちの悪ノリだ。そんな行為に走っていなければ万全の状態で臨めていたし、便乗しなかったアイリは普段通りの力を出せた。能力を使うこともなく一位になれたのだ。
ただ本調子を出せなかったのは自業自得の二人だけではない。誰よりも普段通りの自分を発揮できなかったのはラクアだ。一緒に出口から出てきた彼に、アイリは話しかける。
「どうして負けたか教えてあげる」
アイリは能力者になった時期がラクアと近い。別々の中学校に進学して疎遠になっていたがその由縁で再び関わるようになり、同学年で最高ランクの彼の実力を認めていた。だが数日前から幻滅した。言いにくいと思っていたことも平然と口に出る。
一方で聞いているラクアは敗因はお前たちが邪魔なせいだと言い返そうとしたが、会話したい気分でもないので好き勝手言わせることにした。その方が早く終わらせられて楽になれる。
「ラクアは体力に自信があるからって最初から飛ばしてた。最後まで全力をキープするつもりで」
アイリの話でイコイとオキナは思い出す。始まる前、ラクアの場合この施設をどう攻略するか分析したとき、人を過労させる能力は機械のワニ相手に効果がないので意味を成さないと判断した。彼は認めつつ、けれどもその能力を活かすために日頃から鍛えており、そこで培った持久力はハンマーを速く振り続けていられるから能力抜きでも勝算はあると捉えていた。
アイリもラクアの意見は強がりではなく、本調子なら宣言通りの結果になるだろうと思っていた。だがメンタルの脆さで容易に調子を崩すので、徹底して妨害してこの結果を叩きつけたのだ。
「でもそんなの気持ち的にキツい。休んだり頑張ったり、緩急つけた方がいい」
最後まで続ける体力があっても、気持ちが折れてはペースが乱れてしまう。まさに今回のラクアの結果だ。集中したいときに周りに邪魔されて、体力は削がれてしまいのに失速し、立て直せなかった。
「ここまで頑張ったら一旦休む。休んだときに私たちに反撃する。そうした方が勝負になったはず」
終始ワニ退治に専念する。そんなラクアは周りの妨害に抵抗するタイミングを掴めず、終始受け身になり、やられる一方だった。
アイリの知るラクアの長所は、一つのことに専念させ、かつ持続ではなく適度に休憩と追い込みを入れてペースに並を作ると、良い結果を出せることだ。だが今回は休憩を入れず、専念を阻止するノイズの対処もできなかった。それが今回のボロボロの結果をもたらしたと彼女は言いたい。
「今まで休んでいたから今回は休まなくても平気だって思っていたのかもしれないけど」
アイリの言う通り、ラクアは彼女らが施設を四つ回っている間ベンチで休んでいた。チームの一員でありながらメダル集めを彼女らに任せ、ずっと座っていた。その分ここの施設は休まず全力を維持できると思ってその作戦に出たのかもしれない。だが結果は違った。
「そんなことなかったみたいね」
自分の力を過信したのか周りを甘く見ていたのか。何にせよラクアにとって想定外の事態となった。そんな現実を突きつけて、別に彼に言い分を求めていないアイリは背を向けた。
「お疲れ様」
四人で勝負する都合、観戦に回り出口に先回りしていた西浦あかりと川口青空澄が合流した。アカリは途中までラクアが圧勝していたのに途中から崩れ次々と追い抜かれていったのを見届けており、浮かない顔をしている彼を見てひとまず労った。
「見てアカリ、私一位」
「あっ、おめでとう」
ラクア相手のときとは打って代わりニコニコとメダルをアカリに見せびらかすアイリ。誰が勝とうとチームでメダルが手に入ることに変わりはなく、せっかくなら今回初参加のラクアが活躍する姿を見たかったアカリは、表向きは笑顔で彼女の一位を祝った。そしてすぐ切り替え、ラクアを気にかけた。
「ラクア、調子悪いの?」
「……ああ。少し休んでくる」
「言い訳? 最初から本調子じゃなかったみたいな」
ラクアは面倒事が嫌いだ。だからアカリに心配されたのをチャンスと思い、具合が悪いことにして再び一人で休もうと目論んだ。時間は有限だから、休んだ分遊園地で遊ぶ時間は減ってしまう。また来ればいいものの、そのときはアイリやこのメンバーと一緒とは限らない。そもそも自分が行けるかさえ確定ではない。未来は何が起こるか分からないのだから。
だからこの瞬間を大切にしようと腰を上げたが、やっぱり気が乗らない。自然な流れで休みにいこうとしたが、またもアイリにグチグチと言われてムカついた。
調子は彼女らに思惑通り崩されたのではなく、元から崩れていた。だから敗因は作戦負けでないと否定しにきた。そう受け取ったアイリは再びラクアに物申す。
「さっきから何だようぜえなあ」
「うぜっ……」
ついにラクアが言い返した。その一言にアイリと、アカリたちも驚いた。彼はアイリのことが好きで、そのことを彼女以外は知っている。彼女が鈍いだけで割と態度に出ていて分かりやすい。
いくら気が立っているとはいえそんな乱暴な言葉をぶつけるなんて、とアカリは驚き、真っ向から喧嘩をぶつけられたアイリ自身も絶句して、そしてカッとなった。
「ごめんねっ、私が無理に誘ったせいで」
アカリは先手を打って仲裁に入る。元々ラクアはメダル四枚集まったところで合流する気ではなかった。けれどもアカリは制覇まで半分を切ったこと、せっかく一緒に来たから彼のリアクションも見たいことなど伝えて誘い、彼を引き入れた。
一緒にいたい気持ちを受け取ってくれたものと思っていたが、実際は我慢させてしまったのではないか。そしてさっきの勝負で気持ちが悪化したのなら、それは巻き込んだ自分に非があるとアカリは考える。
そんなラクアにアイリが気を悪くしたのなら、それもアカリの責任だ。だから言い争いにならないでと願い、間に割って入る。
「……そもそも謹慎中に遊園地に来たのが悪いというか」
「今はいいよその話は!」
このチームは同学年の能力者で遊園地の招待状が届いたメンバーで結成された。ラクアもその一人だが、彼に限っては遊園地に来る資格がなかった。それだけのことをしたのにそれは遊園地とは無関係だからと棚に上げて、けれども参加表明すると何か言われるのを嫌ってか招待状を受けたことを皆に黙っておき、空港で合流して初めて彼も招待状を受け取っていたことを知った。
それだけ後ろめたいことをしていた人なんて、最初から来ないのが正解だったとアイリは呟く。ラクア以外の五人で来ていたら、揉めることは少なく楽しめていたにちがいない。実際これまでの四つの施設は、彼女とアスミが一度揉めたくらいだ。
「ラクア抜きにしても私とあなたで喧嘩したけどね」
「そうなの?」
「それは…… 勝ちたい人と勝てなくていい人が一緒にやっていたからで」
ここでアスミがアイリのストップに入る。ラクア抜きなら平和だったなんてことはなく、むしろアイリの方がトラブルメーカーだと彼女は思っていた。なるべく言いたくなかったが、ここまで好き勝手暴れているのなら放ったらかしにできず、カードを切った。
そしてアイリもその件に自分も非があると覚えている。勝とうと足掻いたら観客に笑われるのではと不安になり、そんな姿を晒すくらいなら勝負を捨てた方が無難と考えたが、その判断がアスミが一位になる可能性を奪った。その反省から、施設に挑戦する四人で気持ちを揃えることを意識した。確かに誰が勝ってもチームでのメダル獲得を達成できる施設はある。けれども全員が勝ちたい、あるいは勝てなくていいと気持ちを一つにしないと勝負中に気を悪くしてしまいかねない。だから同じ揉め方はしないとアイリは思っている。
そしてその話を初めて聞いたラクアは、その場に居合わせなかったことを後悔した。いたらアイリの力になれたかもしれなかったが、自分の意思で離れていた。
「ラクアはどう? アイリがいなければ楽しめてるんじゃない?」
そしてアスミは問いかける。聞こえたアカリは余計に揉めるのではと懸念したが、彼女の表情で察した。アスミは意地悪で言っているのではない。和解のチャンスを察して、あえてそう問いかけたのだと。彼に否定させ、アイリの良い所を白状させれば、和解し、ついでに告白も見られるかもしれない。
アカリはアスミに協力したいと思った。しかし心のどこかで、それを嫌がる自分もいた。
「そしたら来てねえよ」
「……どうして?」
「何でもない」
だがラクアはグループチャットでアイリが招待状を受け取っていたことと彼の同級生は他に誰も受け取っていないことをあらかじめ知っていたから参加を決めたのであって、その前提が満たされていなかったらそもそも行かないので楽しいも何もないとばっさり答える。
その意見にアイリは首を傾げ、ラクアはボロが出たことに気づき慌ててごまかした。
「俺の分まで働いてくれそうな奴がいなくなるから」
好きな子が行くからではなく頑張ってくれる子が行くから来た。そうラクアは取り繕い、アスミたちは溜め息をつく。せっかく告白ついでに和解のチャンスだったのに、そして本心を吐いて楽になれるのに、見栄を張って機を逃した。
そして彼の言い分を聞いたアイリは困惑した。そんな風に思われていたのかと。
「じゃあ何? 私がいたからずっとサボっていたの?」
「そうだな」
そしてラクアがベンチで休んでいた理由をアイリはそう解釈した。彼自身は思いがけない形で言葉と過去の行動が繋がり、利用した。実際は別の理由だが、それを白状するのは面倒なので、さも彼女の解釈が正しいことにした。




