2話 行くか迷ってて
招待状を受けた西浦あかりたちは遊園地へ向かうべく空港の集合場所に到着したとき、それよりわずかに先に着いた大森憩たちが走って人とぶつかった。全速力だったので衝撃も大きく、弾みで転倒した。
「大丈夫!?」
「平気平気。よくある、こ……と……」
イコイは立ち上がろうとしたが足に力が入らない。痛みはなく、妙な疲労感がある。彼は全速力だったが、それで疲れることはない。最低限の力を発揮したとき、それが最大限で出力される。そんな特殊能力を持つイコイは好きなだけ全力疾走できるから、バテることはない。
あくまでも極力力を抜いたときの話で、普通の人が維持できる全力に合わせて力を込めると、能力が発揮されず普通に疲れる。だから同行していた日比谷興奈をキャリーケースに乗せ、それをイコイが引くことで解決していた。
疲れるはずがないのに疲れている。この異変を能力によるものだと察し、ぶつかった相手を考えればからくりが読めた。
「悪い、俺がスイッチ入れてた。掴まれ」
「だよな、サンキュー」
ぶつかった相手は三郷楽阿。彼もまた能力者で、触れた相手を過労させる。常時発揮されるのではなく本人の意思でオンオフ切り替えられるが、人混みを鬱陶しく感じる今、ぶつかった相手全員やってしまえばいいと暴力的思考になっており、オンを維持していた。そこにイコイが衝突し異様な疲れが溜まったが、彼を陥れるつもりではなかった。
巻き添えにしてしまったことを謝りつつオフにして手を差し伸べると、イコイも応じて軽く手を握った。
「痛え!」
「あっ、手が……手の力が」
イコイは疲れのせいで手の込める力を弱め、却って全力でラクアの手を握ってしまった。不意討ちに驚いた彼は反射的にオフからオンになり、イコイの手もまるでずっと何かを握りしめていたかのように疲れさせてしまった。
「仕方ない。自力で立って」
オキナはラクアが引っ張り上げることではなくイコイが人の手を借りることがゴタゴタの原因と気づき、それなら代わりに自分や他の人が手を貸しても同じように圧迫されると予見し、誰も犠牲にならないよう自力で起き上がるよう促す。実際、疲れただけで怪我ではないからすぐ回復するはずだ。
「……ごめんな。いきなりぶつかって」
「いや、俺こそぼーっとしてた」
ひとまず事態は飲み込めたのでオキナはラクアに謝る。人に衝突しそうだと気づいたが、イコイの反応は間に合わなかった。それはラクアも同じことで、唐突だったので避けたり能力の効果を切ったりするなどの反応ができなかった。避けても奥の人とぶつかりそれはそれで厄介だから、能力を即座に切っておけば最も楽に済んだ。そうすればイコイが疲れることはなく、こんなやりとりをする手間はかからなかったと思うと、瞬時にそこまで頭が回らなかった自分にも落ち度はあるとラクアは返す。
「ぼーっとしてこんな所に来たの?」
「そうそう! 誰か聞いてた?」
衝突の件は些細な問題だったということで、美南哀月は話題を切り替える。ここに集まったのは招待状を受け取りそのことを申告していたメンバーで、ラクア含め彼の同級生は誰も申告していなかった。とはいえここは空港で、別件で訪れていても不思議ではない。ラクアが来るという話を誰か聞いていたか川口青空澄は尋ねるも、皆知らないと首を横に振る。
ラクアは招待状を見せる。ここへ来た理由はアイリたちと同じだとアピールした。それを見てアカリは安堵した。彼も一緒なら心強い。だがその安心感をもっと早く抱いておきたかったのと、受け取った時点で申告してほしかったとも思う。そうしたら事前に相談したり計画を立てたりできていた。
「言ってくれればよかったのに」
「いや…… 行くか迷ってて」
アカリはラクアに怒っているわけではない。すぐ申告してチャットに参加していれば、彼も会話に混ざれていた。それは彼にとっても良いことだろうから、その機会を逃したことをもったいなく思う意味合いで、彼女はそう呟いた。
だが、サプライズでも来てくれて嬉しい気持ちが表に出ないせいで、ラクアはアカリに責められていると捉え、黙っていた理由を告げる。
何も予告なしに集合場所で合流して驚かせようというつもりではなかった。行くと言って行かないよりは行くとも行かないとも言わない方が問題ないと考えた結果だ。
だから彼は、ここまで来ただけで出発すると決心したのではない。
「邪魔なら帰るけど」
「待って!」
歓迎されていないムードを感じ取ったラクアは引き返そうとし、アカリは呼び止める。居てほしいと思うのは彼女だけではない。
「来なよ。お前がいると安心だし」
「なんたってSランクだものな。学年トップの」
特殊能力はランク分けされており、ラクアの評価は最高ランク。彼抜きではイコイとオキナ、そしてアイリのAランクが一番高い。ただそれでは心もとない気がしており、そこにラクアが来てくれれば一気に盤石になった感がある。
「逆にお前らが危なっかしいだけだろ? こんなギリギリに着いて」
その感覚をラクアは疑問視した。前提としてランクは戦闘力ではないがそれは皆も理解しているので他に考えられた理由を挙げる。バタバタしていた五人から見れば、余裕をもって到着していた一人が堂々としていて安心感があると思っただけではないかと。
ラクアは理由があって早めに着いていた。混雑や急いでの移動を嫌ったのと、経路がアイリと同じなので鉢合わせを避けたかったからだ。
「楽に着くよう頭使えよ。時計狂っているのか」
「私のせいじゃない。確かにこの時計はズレやすいけど」
疲れたりぶつかったり、急ぐことにはリスクがある。それらを回避するために時間に余裕を持って計画を立てておくのが基本だとラクアは馬鹿にする。その言い回しから、懐中時計を身に着けているアイリは自分の不手際と思われていると察し、否定する。これはおしゃれであって時計はおまけみたいなもの。時間はスマホで確認するし、悪いのは寝坊したアスミだ。
だがラクアにとってはどうでもいいこと。なら誰が悪いのかと聞き返すことはなく、そもそもアイリが否定した時点で以降の彼女の言葉を聞き流しており、無視して愚痴を溢そうとする。
「フられたからって怒るなよ」
「フられてねえけど!?」
オキナに冷やかされラクアは動揺する。アイリを好きなことは本人以外にだいたいバレており、本人に告げていないだけで断られたわけではない。確かに今のは感じ悪いやりとりだったが、好意を拒絶されたことへの逆恨みなどではない。そもそも嫌われていないと信じている。
「途中で会いたくないから早く出たのに…… 皆が遅刻するならもっとのんびりすればよかった」
話を戻すと、楽はしたいが楽だけすることはできない。ゆったり移動するには早く出発する必要がある。皆が普通に来ると読んで早起きしたが、皆が遅ければラクアは普通に来るだけで遭遇を回避できていたので、無駄骨だったとため息をつく。
ギリギリだけど遅刻はしてないと反論されるも、間に合ったかどうかは重要ではないので構わず次の話題に移る。出発前に済ませないといけないから、いつまでも余計な話に時間を割いていられない。
「で、どんな所に行くんだ?」
「チャットに招待したから読んで」
「嫌だ」
説明している時間がないのはアスミたちも同じで、これから向かう場所が彼女の故郷にある遊園地だということを筆頭に、昨日チャットで同じ説明をしている。招待状が届いていたことを隠していたラクアはチャットに入れていなかったから内容を知らないが、メンバーを追加すれば過去のやりとりを見られる。
自分のペースで読めてラクアとしても楽と思っての提案だが彼は拒否した。
「要約して話せ」
「この横着者」
全部読むのは面倒だから、重要な部分だけ話してもらいたい。そんな我儘を言うラクアにアスミは呆れつつも、彼は立て続けに主張の合理性を語る。
「まだ行くとは決めてねえんだ。出発まで時間あればじっくり読んで行くか行かないか選べたんだけど」
「それ届いたときに言ってくれたら読む時間あったんだけどね」
確かに行くことが決定事項なら、離陸してからチャットを読めばいい。機内でも過去の会話からオフラインで読み返せる。だがその前提が間違いで、ラクアは引き返すことも視野に入れている。
なら尚更封筒を受け取った段階で連絡してほしかったとアスミは反論する。皆に知らせたら絶対行かないといけないなんて決まりはなかったし、土壇場のキャンセルでも認めるつもりでいた。
アカリも頷く。もしもラクアが早々に会話に混ざっていてそのうえで欠席を選んでいたら、自分もそうしていただろうから。
「過ぎたこと言われてもな」
「あーもう! 私の故郷、夢を叶える街の遊園地で」
「行く」
ああすればよかったと言われても、これはゲームではないのでやり直すことはできない。グチグチ言うラクアに痺れを切らしたアスミは要望通りざっくり説明を始めた。直後、彼は参加を決めた。同行者が詳しいならガイドは任せればいい。校外学習の班員の気分で、班長に着いていくだけでいいと考えたのだ。
「じゃあ六人? 行かないって人いる?」
ともあれラクアが合流してこのグループは一人増えたが、減らないとも限らない。疲れたり気分が悪くなったりして事態するならここが最後のチャンスなのでアスミは確認を取るが、誰も手を挙げない。晴れて六人で出発だ。
「私たちはここの席。どう座る?」
アスミに案内された機内の座席は二人掛けで、誰がどこかは自由。決めるのも旅行の醍醐味だとアカリは思いつつも、面倒だから早い者勝ちでいいとラクアが言いそうなので彼の様子を窺う。
「じゃんけんで決めない? グー、チョキ、パーで」
「いいぜ」
だが予想外なことに、アスミの提案に彼がいの一番に乗った。
「男女で分かれる?」
「六人でいいよ。前もすぐ決まったし」
男女隣り合わせを三組作るように二手に分かれてじゃんけんする方が確率的には早く決まりやすい。だが同性で隣り合うパターンのできる全員での一斉じゃんけんでもそこまでグダらなかった実績を理由に、アイリは分けない派につく。本音はアカリの隣がいいので男女ペアだけは避けたい。
「俺もそれでいい」
ラクアも賛成した。アイリの隣になれる確率が下がるのにとアカリは内心気にかける。だが彼はあえて可能性の低い方を選んだ。組める可能性が低い方が、ハズレのときの心のダメージが軽いからだ。
アスミたちも反対する理由がなかったので、性別関係なく二人ずつに分かれるべくじゃんけんを始める。
ラクアは前回、というのは先月の"同期"との交流会のことで、そのときアイリが出した手を覚えている。自分もその手を出せば今回は一緒になれると思った。前回彼と組む結果になったアカリは彼の狙いを察知し、前回と同じ手を出して、組める可能性をアイリに譲った。なおアイリも同じくアカリと同じ手を出した。
あいにく一発で決まった。組み分けはアカリとアイリと、アスミとイコイ、そしてオキナとラクアになった。
アイリはニコニコしてアカリの隣に座る。組みたい相手と狙った通りに組めて嬉しい。一方アカリはいよいよ引き返せないことに不安を覚えるも、その本心は隠して笑顔を見せた。
一方ラクアはオキナに、行くかどうかなぜ迷っていたのかを聞かれた。学校で起こったことはすでに知れ渡っているので、お察しの通りだとぶっきらぼうに答える。
オキナも分かっており、質問を変えた。ではなぜ、行かないと即決したのではなく行く選択肢を残しておいたのかと。
すると彼は、うっかりミスをしたからだと答えた。招待状が届いたことは同級生にも秘密にしておこうと思っていたのに、気が緩んで写真で証拠を載せてしまった。それで引き返せなくなり、バレてしまった以上は行くしかないと考えた。
それから他校の知り合いの参加者にも黙っていたのは、同級生と言い合いになったからだと明かす。あんなことがあったのに呑気に遊びに行くのかとチャットで非難され、無視して黙って現着した。参加表明せず引き返せば嘘つきにならず、同級生には言われた通り断ったと前向きな報告ができる。
実際は出発してしまったが、すぐ帰ればうまくごまかせると楽観視している。すぐ帰れればの話だが。




