12話 仲良くしようよ
「うわっ、何それ」
三つ目のアトラクションで留守番していた川口青空澄は出口から出てきた西浦あかりたち四人がクリーム塗れになっていることに驚いた。一応行く前からこの施設はクリームが体に付着するので制覇狙いで他回しにしている客が多いのは事前に分かっており、勝利を競って派手にクリームの壁を登っている姿は観戦していたから、多少汚れて出てくると想像はついていたが、その想像を遥かに超える汚れっぷりだった。
「メダルゲットだ」
「……洗ってくるわ。あなたたちも洗ってきなさい」
大森憩はアカリたちに勝利した証のメダルをアスミに見せる。だがクリームのついた手で掴んでいるメダルも汚れてしまったので、このままではケースに入れられない。留守番でケースを預かっていた彼女はメダルだけ受け取り、水道で洗って拭いてからしまうことにした。その間に備え付けのシャワーと洗濯機でクリームを落としてくるよう案内した。
メダルを洗うのと体や服を洗って乾くのを待つのとでは圧倒的に前者の方が早い。アカリたちの準備が終わるまで待つことになったアスミは、他のチームメイトに会いに行くか女子たちと話すかで迷い、後者を選択した。
「あなたたち負けたのね。向こうがメダル持ってたし」
アカリもイコイもチームメイトだが競争相手だった。というのは仲間割れではなく、どちらが勝ってもチームメイトはメダルをゲットできるようにするために、あえてチーム内で勝負した。
アスミは負けたことをどうこう言うつもりはない。むしろお互いにわざと負けてほしかったくらいだ。
「負けるなら頑張らなくてよかったのに」
アスミの意見にアカリは頷く。彼女はペアの美南哀月に流されなければイコイたちに勝つことを早々に諦めて、なるべく汚さないよう手加減するつもりでいた。完走しなくても制限時間が過ぎれば勝負は終了する。負けるデメリットはなく、一センチでも高く登ったペアには勝利の証にメダルが渡される。いっそ開始直後から動かないだけで、クリームが付着することなく、洗い落とす手間をかけず次の施設に向かえた。
「そんなの楽しくないじゃん」
そう言い返したアイリは、アスミならそう考えると読んだうえで勝負に臨んでいた。確かにメダルゲットという目的を考えれば、頑張る必要はない。けれどもせっかく遊園地に来て、施設に並んだ。ここでしかできないことをやらないのはもったいない。だからクリームが付着するのをお構いなしに勝負に本気で挑んだ。結果的に負けたしまったが後悔はしていない。
「だったら終わってからでいいじゃない」
するとアスミは反論した。本気で勝負したい気持ちは否定しない。だがその衝動に駆られるのは制覇を目指す今である必要はないと突きつけた。
「制覇してからまたやるのは駄目? ハチの奴みたいに」
施設には一度しか挑戦できないという制限はない。だから負けてメダルを取れなかった人は並び直して再挑戦する。メダル集めに参加していない客も、勝利してすでにゲットした客も、何度でも自由に挑戦できる。
だからアスミは、今回はお互いやる気ゼロでタイムアップを待ち、どちらかがメダルを手に入れる塩試合で終わらせて、おかげで汚れることなくすぐさま次の施設への移動を可能にするべきだったと指摘した。
現にアカリたちはすでにメダルをゲットした一つ目の施設にもう一度挑戦しようと思っている。初回は高得点のコツを知らず、途中で謎のオブジェクトが気になり勝負そっちのけでギミックの有無を確かめていた。だからもう一度並んでコツを把握した状態で競いたいと思い、それを実践するのは制覇した後にしようと約束していた。それと同じように、この施設も本気で勝負するのは二回目に回し、今は早く制覇することを優先する方がよかったと、アスミは言いたい。
「先に言ってほしかったな」
その意見にアカリは賛成すると同時に、気づいていたなら始まる前に提案してほしかったと呟く。だがアスミは故意に後出ししたと暴露する。
「私と出ていれば教えたんだけどね」
アスミはアカリとペアを組んで参加したかった。だがアイリに否定された。二つ目の施設のように、勝てないと考えるとわざと負けるような人と組むなんて、アカリが可哀想だと。その意見に屈し留守番を引き受けた彼女は、仕返しを目論んだ。アイリと組んだことを後悔させるために、意見を伏せておいたのだ。
「あなたは私を排除しようとした。それがこの結果」
自分がアカリと組んで参加していれば、また今度並んだときまで真剣勝負はお預けと提案し、スムーズに四つ目の施設に向かおうと誘導する気でいた。けれどもアイリがそれを阻止したから、余計なロスを生んだ。ペアの座の奪い合いに勝利した一方でそうしなければよかったと反省させたことに、アスミは心地良さを覚える。
アイリとアスミの衝突は、少し前に些細なことがきっかけで勃発した。二つ目の施設で、目立つと笑われるのを恐れたアイリが最下位から順位を上げるギミックの発動を出し惜しみ、そのせいで上の順位に妨害を入れるチャンスが来ないと悟ったアスミは勝負を諦め、気分を害した。
「もう止めようよ。私たち"同期"でしょ」
アカリは仲裁に入る。二人は他校生だが普段は仲が良いのをアカリは知っている。というのも彼女ら三人は特殊能力者になった時期が三ヶ月前の"同期"で、交流が盛んだ。
その縁で親しくなったこともあり、アスミは来年の高校受験で、アカリやアイリと同じ私立に進学しようと考えている。彼女の気が変わらず、結果も出されば、三人は同級生になる未来が待っているのだ。
「それに高校は一緒になるかもしれない。アイリだって決めたでしょ」
逆にアイリが高校は地元の公立に行くという可能性もあった。そうすれば小学校の旧友と再会できるし、登下校が楽になる。アカリとは学校が離れても"同期"として繋がっている。だが先日ある出来事を機に迷いがなくなった。その公立高校には行かず、今の私立の高等部に上がると。
「あの学校には行かない。内部進学するって」
アカリは笑顔でそう問いかける。高校でも一緒にいられることを喜んでいるように表向きは振る舞いつつ、アイリがその判断を下したきっかけが嫌な出来事であることを気にかけた、判断を後悔していないか不安に思っている。実際アイリ自身、勢い半分で進路を決めた。
「……そうね。絶対あっちには行かない」
「だったらアスミと仲良くしようよ」
だが今も揺らいでいない。アイリはアカリと同じく内部進学の意思を持っている。その意思をアカリは否定しないが、それならそれで今後同級生に、加えてもしかしたらクラスメイトになるかもしれないアスミとは拗れた関係でいるわけにはいかないと主張し、仲直りを促す。
進路決定とアスミは無関係なので、アイリは切り分けて考えられる。
「……ごめんなさい」
先に謝ったのはアスミだった。彼女は今のタイミングならうまくいくと予感し、即座に行動に移した。そして言葉を続ける。
「あのとき私、楽しくない理由をアイリに押しつけてた。でも私も諦めたせいで、余計につまらなくさせた」
アスミは自分の非を認める。二つ目の施設でアイリは途中で最下位になったとき、勝負を放棄した。そのせいで最下位が一位を妨害することによる自身の順位浮上が見込めないと悟ったアスミは手を抜いた。それは施設のギミックのない単なる競争ではつまらないからという理由だったが、思い返せばそれは主観に過ぎず、その思考のせいで二位争いをもつまらなくさせた。
勝負を塩試合にしたきっかけがアイリだとしても、そこにアスミが加担したのも事実。それを認めるところから反省し、和解を試みた。
「お互い様なのにそっちに押しつけて、ごめん」
「……私こそ、自分のことしか考えてなくてごめん」
悪いことをしたとは受け入れるけれども相手にも非があることも事実だと含みのある言い方がアカリは気になったが、横槍を入れる前にアイリも謝り返した。
「私が最下位でも上三人の勝負は関係ないと思ってた。でも私に頼らないと困る人もいたんだね」
普通の競争は、下位の動きが上位争いに影響を与えることはない。だがあの施設は最下位が上位を妨害するギミックがあり、同じ妨害でも人の得手不得手により影響が異なり、順位が変動する可能性がある。けれどもアイリはそれを考慮しておらず、発動を放棄した。それがアスミの戦意を削ぐきっかけになってしまったのを申し訳なく思う。
それは謝罪でありつつ、勝利を目指しても他力本願なアスミへの嫌味にも聞こえる。アカリは彼女がどんな反応をしているか視線だけ向けてみると、アイリを睨んでいるのが見えた。和解を促したつもりが余計にヒートアップさせてしまった予感がし、けれども割って入る勇気もなく、笑顔で見守る。
「そっちが役目を放棄したせいじゃん!」
「勝敗とかどうでもいいんでしょ?」
別にアスミはアイリと協力したかったわけではない。彼女が最下位から上がろうと妨害をしてきたら、自分だけは被害を抑えつつ順位を上げたいと考えていた。だから縋っていたのではなく最下位の妨害も計画に組み込んでおり、けれどもそれを台無しにされたと反論する。
するとアイリも言い返す。勝ちたい気持ちがあることは不思議ではないが、今まではその気持ちは絶対に必要なものではなかったこと、加えてアスミ自身さっきの施設では汚れず足早に制覇を目指すために力を抑えるのが正解だったと主張していた点と矛盾していると指摘する。どちらかに一貫性があるならそれが彼女なりのスタンスと受け止めるが、転々とするのでは気に入らないことにそれっぽい理由をつけて屁理屈を押し通そうとする自分勝手な人だ。
「……そうよ。楽しむにしろそうでないにしろ、皆の気持ちを合わせないと」
施設によって意欲に波があるとアスミも自覚している。そこで気づいたのは、波があるのは自分だけではないという点だ。
周りが本気のときに手を抜いたり、逆に全員で手を抜くべきときに本気になって周りをその気にさせたり。そういった協調性の無さの方に問題がある。周りに合わせてさえいれば、転々としている方がむしろ自然だ。
だから二つ目の施設では皆が本気で勝負しているなか手を抜いたアイリが悪いし、三つ目の施設では皆で手加減しようとアスミが呼びかけるチャンスを奪ったアイリが悪い。それが彼女の言い分だ。
「じゃあ今度から先に決めておこう。そして途中で折れない」
アカリはアスミの意見に概ね納得しつつも、二つ目の施設でアイリにつられて勝負を放棄した彼女も悪いと考えている。そこで提案した。あらかじめチームの気持ちを一つにしておく。それからいざ勝負が始まってからは、その気持ちを個人で変えない。例えば本気で勝負すると決めたら途中でやる気を失うことはせず、逆に勝負への執着を失くすと決めたら裏切って全力を出したことで怪我や疲労などのリスクを招くことをしない。
積極的であれ消極的であれ、チームで心地を一つにしておけば、決裂して揉めることはいくらか防げる。そう思うアカリは、それを実践するなかで今度こそ仲直りできることを願った。
「いいんじゃない。その方が誰が悪いかはっきりするし」
「そうね。特にこの場にすらいない誰かさんとか」
二人はアカリの提案に乗った。チームで決めた方針に背く人が出たらその人が悪いと明確に分かる。その意味ではそもそもチームメイトなのに単独行動している一人が該当する。
服を洗濯する都合、男子が別室ゆえこの場にいないのは仕方ない。アスミは洗濯の必要がないがアイリたちと会話するために入ってきた。
だが異性だとか留守番だったからだとか関係なく、そもそもチームの集団行動に背いている三郷楽阿に飛び火した。そのラクアは今も遊園地の入口近くのベンチで休んでいる。飛行機酔いとか朝早起きの弊害とかではない。メダル集めを仲間に任せて楽をしているだけだ。
「三つ集まったし、会いに行ってみない? ほら、一人で集めているかもしれないし」
だが今どうしているかはアカリたちは知らない。そこで一度様子を見に行くのはどうかと提案した。もしラクアが一人でメダルを集めていたら、そうと知らず彼女らも集めた結果同じメダルが揃ってしまうかもしれない。それは制覇にとって意味がない。重複の無駄をなくすためにも、会って様子を聞くのはありだとアカリは説得したい。
「「そんなことない」」
するとアスミとアイリの意見とそのタイミングがシンクロした。こんな形で息が合うことにアカリは複雑な気持ちを抱いた。




