10話 仲間の思い
遊園地で七つのアトラクションの制覇を目指す西浦あかりたちは、三つ目の施設を前に作戦会議をしていた。四人で挑戦する点はこれまで二つと同じだが、今回はペアを組む。そこでアカリは川口青空澄と美南哀月の二人から、組んでほしいと手を引かれている。
他の人が彼女らをペアに誘わない限り、この状況は進展しない。そして誘いそうな人が来る気配がないので、日比谷興奈は提案する。
「ストップ。聞いてくれ」
まずは話を聞いてもらえるよう、アカリの取り合いを制止させる。解放されたアカリは残念そうにな顔をしているのでオキナは彼女が実は取り合いされている時間を楽しんでいて中断させられたことに不満があるのかもしれないと思ったが、好きにさせていても埒が明かないので、気にせず話を続ける。
「喧嘩するなら飛ばさないか? ここ」
七つの施設を巡る順番は自由で、彼女らは近い所から回っている。オキナの案はこの施設を後回しにして他の所へ移動するというものだった。
後になれば状況が変わる可能性がある。アスミとアイリのいざこざが解決すればアカリの取り合いにならず丸く収まるし、そうならなかったとしても今よりはお互い頭を冷やしているだろう。それに三郷楽阿が合流したら好きな相手であるアイリを誘うだろうから、そうなれば二人でペアになり残ったアスミがアカリと組めばスッキリする。
そこまで見越しての提案だが、意図の全部は語らない。端的に、なかなか決まらないなら他を先に済ませようというものだ。
「……そんな感じで他のチームも後回しにしているのかな」
そもそも彼女らがここに来たのは客の待ち時間が短いからで、アカリはその理由がずっと気になっていた。そこに今のオキナの意見に着想を得た。他の客も自分たちのようにどうペアを組むか決まらず、彼の言ったように考えるのを後にしたのなら、何人も移動した結果ここに残っている人が少なく、空いたので待ちも短い。
クリアが難しいとか挑戦すら躊躇うほど怖い施設だとか、ネガティブな理由があると危惧していたが杞憂かもしれないと期待した。
「なら戻ってきたとき混むってことじゃん」
そこにイコイのもっともらしい意見が割り込む。周りと同じ思考回路では、混雑は免れられない。後回しにして待ち時間が増えるなら、今決める方が早そうに思えた。ということで話は振り出しに戻る。
「じゃあ続きをどうぞ」
「待って、止めて」
オキナはアスミたちに取り合いの続行を許可すると、アカリは戸惑った。止めてほしいから彼が中断を持ちかけてくれて助かったのに、再開されては意味がない。
「恥ずかしいなら休んでいれば?」
「平気だし」
アスミは自分がアカリとペアになるためアイリに留守番を勧めてその権利を勝ち取ろうとする。彼女と対立する理由は前の施設で彼女のせいで一位を取れなかったことを根に持っているから。四位は他の相手を妨害できるルールだったのに、アイリはそうしなかった。それでアスミは一位になれる予感がせず勝負を放棄し、三位で終えた。
アイリが相手を妨害してくれたら可能性はあったかもしれないが、彼女はそうしなかった。相手の妨害か自身の急加速がランダムに発生するギミックがあり、アカリは後者で最下位から這い上がった。そのときの演出に見惚れたアイリは自分も彼女みたいにキラキラしたいと思い最下位になったのをチャンスと思ったが、直後に怖くなった。アカリだったから輝いていたのであって、自分が同じことをしても映えなくて嘲笑われるのではないかと。
最下位になるデメリットはない。そのためにチームメイト四人で勝負した。だからアイリは恥をかく可能性を引くよりは、前進せず自分以外の全員がゴールして最下位確定による強制終了を待つことを選んだ。その結果アスミが一位との差を詰める手段を失うことは気に留めず。
次の施設でもアイリは恥ずかしがって勝負を放棄するかもしれない。そんな展開になるくらいなら出番を譲る方が合理的だとアスミは主張すると、彼女は間髪入れず心配無用と言い切った。どこからその自信が来るのかアカリは内心疑問に思う。
「そっちは勝てるの? あの二人に」
今度はアイリがアスミに辞退させようとする。勝てるチャンスを奪われたことを責めてくるくらいなら、出るからには勝たないと気が済まないにちがいない。そして無理と悟れば早々に諦めるのが彼女の悪い癖だ。個人戦ならとやかく言うつもりはないが、ペアを組む以上、仲間の思いを無下にするのは見過ごせない。
「諦めたらアカリがかわいそう。一人でやるんじゃないんだよ今回は」
「それは…… ごめん。あなたを独りにすることしか考えてなかった」
アスミは痛い所を突かれた。アイリの言う通り、挑戦したところで勝てる見込みは薄いと自覚している。そのせいで勝負の途中で諦めないかと言われたら、ノーと断言する自信がない。そうなったときアカリは嫌な思いをするだろう。
そこまで考えてアスミはなぜアカリと組んで出たいと言い出したのか理解した。アイリとのいがみ合いに囚われて、彼女を除け者にしたい欲が先走ったと白状した。反省しているが、言い負かされた悔しさと、結局仲直りはできなかった悲しさに、唇が震える。
「じゃあアカリ、私と」
「うん……」
晴れてペアを組めたことに歓喜するアイリは手を差し出す。アカリはその手を笑顔で握り、残されたアスミに一瞬視線を向ける。この結末に満足していないとすぐに読み取れたが、今この場でどうにかすることはできない。
「預かってて」
アカリはさっき入手したメダルをアスミに渡した。するとイコイもメダルケースを彼女に手渡す。落とすと集め直しなのでそうならないよう留守番役に預けておく。彼女は除け者ではない。保管する使命があると励まそうとした。
参加する四人が決まったので、そのメンバーは施設の列に並ぶ。ざっくりとしたルールは把握したが、具体的にどうやってペアで協力してケーキの壁を登るのか、先に並んで挑戦している人の動きを観察して確かめる。
腰同士をゴム紐で縛って繋がった状態でスタート地点に立つと、一人がよじ登り、もう一人が体を浮かせる。そしてゴム紐の伸びる高さまで上がると壁に張りつき、今度はもう一人が壁から手足を離す。上の人は踏ん張りながら下の人が飛んで追い越し、上の人の上に張りつく。後はその繰り返しで、交互に上へ上へと登っている。
これはペア対抗のレース。制する秘訣は飛ぶ役が切り替わる時間をどれだけ短縮できるかであり、ペアの呼吸が合うかが重要。焦ると上の人が壁に張りつく前に下の人が飛んでしまい、二人とも飛んだ状態では少し落下してしまう。そのミスをしてもゲームオーバーではなく、途中からリスタートになる。制限時間内に高く登ったペアの勝利でメダルが渡される。
「まあどっちが勝ってもメダルゲットだけどな」
いかにミスを減らしつつ早く上に上がるかが勝利の鍵を握るが、目的は勝利でも記録でもなくメダルの確保。そしてメダル獲得条件は一定の高さへの到達ではなく、タイムアップ時点でより高くに止まっていたペア。なのでどんな結果でも一方のペアにはメダルが授与され、それはチーム共用。彼女らは三つ目のメダルをゲットできるのだ。そうなるように四人で並び味方同士で勝負する。だから難しく考える必要はなく、気楽にやればいいとオキナは呼びかける。ペアが同じチームでも貰えるメダルは一枚で、別々のチームなら二人それぞれに渡される。
そこがアカリは引っかかっている。勝利したペアにメダルが渡されるのなら、個人戦より取りやすい。それなのになぜこの施設は客が少ないのか。易しい難易度と裏腹に、何か避けたい理由がある気がしてならない。
「クリームは本物みたいだな」
イコイが指差す先には、勝負を終えてケーキ塗れの服に戸惑う客たちがいた。並ぶ人が少ない理由はコレだ。汚れるから後にしたいという変哲のないものだった。
「だったらなるべく汚さないよう慎重にやろう」
「俺らは気にしないけどな」
勝敗は関係ないこと、派手に動くほど汚れやすいことからアカリはアイリにゆっくり登ろうと提案した。一方でイコイたちは気にせず思いっきり登る気でいる。オキナも乗り気だった。
「……楽しくないんじゃアスミを追いやった意味がない」
するとアイリは彼らに対抗心を燃やした。そしてアカリの提案に従えば汚れずに次の施設へ向かうことができるが、招待された遠くの遊園地に来て並んだ施設でやることがそんなつまらないものでいいのかが引っかかる。
そしてアスミに留守番を決めさせた点は勝負を楽しむことができるかどうか。汚れるのが嫌だから退屈な時間を過ごしましたなんて結果は、勝てないから途中で放棄しましたと言うのと同等に味気ない。これならアイリの代わりにアスミが出てもよかったわけで、アイリは彼女を差し置いて自分が出る意義を見出したい。
「汚れるとか気にしないで、勝つ」
アイリの宣戦布告にアカリは内心戸惑う。登らなくても巨大なケーキを間近で眺めるだけでも満足できそうだし、他の客が避けていることに飛び込む思考についていけない。
けれども反対はしない。さっきアイリは不完全燃焼に終わった分、ここで目一杯楽しむことができるなら、それはそれでいいと思えた。それなら自分とアスミを交代させたいと言いたいところだが、やる気に満ちた彼女の横顔を見られるのは、ペアを組んだ近さの特権なので、譲るのはもったいないと考えた。
列が進むと、イコイたちと同様に汚れるのをお構いなしに登っている客を発見した。そこで新しく気づいたのは、ある程度登るとクリームの滝が降ってくるギミックが待ち構えていることだった。あんなものを浴びると綺麗になるまで時間がかかる。滝が降っている間は飛ぶことができないようで、滝が止まると踏ん張ったボーナスでペアで一気に上に飛ぶ。ケーキの山自体は頂上が見えないくらい高く、記録を狙う客に備えて高めに設計されているのが読み取れる。クリームの滝もあえて浴びたくて登る物好きもいるのだろう。現にイコイは興味津々で、アイリも怖気づく様子ではない。
ついにアカリたちの番が来た。といってもまだ登らず、前の客が登っている間にゴム紐やヘルメットなどの準備をする時間だ。ペアがゴム紐で繋がると、この時点で一心同体になった感じがしたアカリは、アイリがどんな反応をしているか気にかける。
「これでアカリと一緒……」
独り言にアカリは悪寒を覚えた。命綱のはずなのに首輪のような拘束感がある。けれどもこのゴム紐は勝負が終わるまでの一時的なものに過ぎないと自分に言い聞かせ、心を落ち着かせようとした。この震え自体が、勝負への緊張感という可能性もある。そう何かしら理由をつけて心を落ち着かせようと試みた。
今度こそ出番が来た。スタート地点に立ち、まずはアカリが壁際に立ち、アイリが飛んで上に行く。合図が鳴った直後、クリームの滝が降ってきて二人は焦った。並んで見ていた限りでは開始直後に降ってくる事例はなかった。ただ絶対無いとも言い切れず、どの高さであろうと収まるのを待ってから飛ぶことに変わりはなく、その瞬間を待つことにした。
一方イコイとオキナは合図直後からぐんぐん登る。彼らには滝が降ってこず、イコイはまさか開始直後に相手ペアだけ食らっているとは考えもせず、一瞬アカリたちが発した悲鳴にも気づかずスタートダッシュを決める。
オキナは気づいたいた。というより彼の仕業だ。あれは本物のクリームではなく彼が特殊能力で見せた幻想。
彼はアイリが楽しみたいのを受け止めたうえで、なるべく汚れずに済むよう、幻想のクリームを浴びせた。これなら汚れない。幻想ゆえ感触もないが、視覚だけでごまかせるほどのインパクトがある。
オキナは頃合いを見て幻想を消す。アイリたちは滝が収まったと思い込み、ようやくスタートする。バレていないようで彼は安堵した。後は適度に妨害を繰り返し、最初に本物の滝のギミックが発生する高さに彼女らが到達する前にタイムアップを迎えるよう狙う。
これは汚したくないが楽しんでもらいたいという思いやりでもあり、幻想に気づいたときどんな対策を打ってくるか見る挑戦でもある。お互いどんな能力を持っていて何ができるか、何をされると困るか。それらを把握する交流の機会でもあるのだ。




