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“契約婚”なんだ。俺と、彼女は


 同じ頃、首都の海軍司令本部の一室で、レイモンドは一人、執務卓に座っていた。


 机の上には、小さな化粧箱。

 蓋を開ければ、銀色に輝く真珠のイヤリングが一対いっつい並んでいる。


 それは本来なら、既にソフィアに渡しているはずのもの。任地先の港で手に入れ持ち帰った、彼女へのプレゼントだった。


 けれど、未だに渡せないままでいる。

 


(……何をやってるんだ、俺は。情けない)



 この四日間、自分のソフィアに対する言動はあまりにも不自然だった。


 言葉は詰まるし、視線一つ合わせられない。もし再び彼女の口から『離縁』の二文字が出たら、どうしようかという恐ろしさのあまり、話しかけることすらできなくなった。


 当然、ソフィアはそんな夫の不可解な様子に気付き、気遣ってくれるのだが、それさえも全て演技なのかもしれないと考えると、何も言えなくなる。


 そんな自身の不甲斐なさに、ほとほと嫌気がさしていた。



(このままでは、彼女を惚れさせるどころの話ではない。嫌われるのも時間の問題だ)



 レイモンドは、はぁ、と深い溜め息をつく。

 するとそのとき、突然横からぬっと顔が覗き込んできた。



「そのイヤリング、まだ渡してないのか?」

「!?」


 瞬間、レイモンドはビクッと肩を震わせ、慌てて箱を閉じる。


「エミリオ……お前、いつ入ってきた。入室を許可した覚えはないぞ」

「何回もノックしただろ。返事をしないお前が悪い」



 呆れたように言うのは、海軍中尉のエミリオ・カヴァリエール、二十七歳。

 伯爵家の三男で、アカデミー時代からの友人だ。士官学校も同じで、今は職場の同期でもある。


 皮肉屋で社交慣れした態度の軽い男だが、情に厚く口が堅いということを、レイモンドはよく知っていた。



「だとしても、いきなり顔を近づけるな。男に近づかれる趣味はない」


 レイモンドは顔をしかめながら、化粧箱を胸の内ポケットにしまい込む。

 するとエミリオは、「俺だってそんな趣味ねーよ」と息を吐いた。


「お前、首都こっちに戻ってきてからずっとおかしいぞ。夫人と喧嘩でもしたのか?」


 レイモンドはギクリとする。


「……そんなことはない」

「嘘つけ。お前の部下から直接俺に話がくるぐらいだぞ。『大尉殿の様子がおかしい。いつもなら絶対にお許しにならないミスをしても罵倒一つ飛んでこない。変だ』ってな。嵐の前の静けさじゃないかって噂になってるんだからな」

「……あいつら。どうやら訓練量を倍にしてやる必要がありそうだ」


 額に青筋を浮かび上がらせるレイモンドを横目で見ながら、エミリオは手近な椅子に腰かける。


「で? 夫人と何があったんだよ? まさか離婚でも切り出されたのか?」

「……!」


 冗談めかしたその一言に、レイモンドの顔から血の気が引いた。

 エミリオは目を見開く。


「……はっ? いや、嘘だろ? 俺、冗談のつもりで言ったんだけど」

「…………」

「いやいや、だってお前、あんなに仲良くて……浮気どころかギャンブル一つ……」


 言いかけて、エミリオはハッとする。


「まさか、過去の女関係がバレたのか!? 昔の女から夫人宛に、お前との情事を暴露する手紙が――」

「黙れエミリオ。遊び人のお前と一緒にするな」

「じゃあ何だよ。喧嘩して夫人に暴言を吐いたのか? それとも、夫人の思い出の品でも壊したか? まさか、夫人に愛人――」

「違うと言っているだろう! 彼女を侮辱するな!」


 レイモンドは拳を机に叩きつける。

 その振動で、書類の山が崩れて辺りに散らばった。


 だが、エミリオはそれを拾うでもなく、平然と言葉を続ける。


「じゃあ何だよ。別に俺に話す必要はないけどさ、そんな顔するくらいだ。ちゃんと話し合うしかないんじゃないか?」

「……それができたら苦労しない」

「苦労って……。そもそも夫婦ってのは、喧嘩してなんぼだろ? 夫人はよく出来た方だから、これまで喧嘩にならなかったのかもしれないけどさ。それを乗り越えてこその夫婦なんじゃないのか?」


 なるほど確かに。エミリオにしては珍しくまともな意見である。


 けれど、それは"普通の夫婦"であればの話だ。"契約結婚"である自分たちには、当てはまらない。


 ――レイモンドは、苦々し気に呟く。



「……約婚、なんだ」


「――は? 聞こえなかった。もう一度……」


 眉をひそめるエミリオに、レイモンドはわらにもすがる思いで告げる。


「“契約婚”なんだ。俺と、彼女は――」


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