“いい夫婦を演じる必要はない”ということなのかしら
――数日後。
ソフィアは社交の一環として、前々から招待されていた、フィッシャー伯爵夫人のお茶会に参加していた。
午後の陽光に包まれたテラスには、白いクロスの敷かれた丸テーブルが設置され、陶器の皿に盛られた焼き菓子と、香り高い紅茶が用意されている。
参加者は、ソフィアを含め五人。
皆、優雅にお茶を嗜みながら、社交界の噂話に花を咲かせていた。
ソフィアはその会話に、微笑みを絶やさず耳を傾けていたが、心の中では別のことを考えていた。
(最近の旦那様、何だか様子がおかしいのよね。聞いても"何でもない"と答えるばかりで……お仕事のことで悩みでもあるのかしら?)
ここ数日、レイモンドの様子は明らかにおかしい。
朝食の席では、何か言いかけては口をつぐみ、視線を逸らす。
ティータイムでは話しかけてもどこか上の空で、「すまない、もう一度言ってくれるか?」と毎度のように聞き返される。
夕食のときも、まるで演技するのを忘れてしまっているかのように、長い沈黙が続く。
そんなレイモンドを、ソフィアは少なからず心配していた。
契約結婚とはいえ、三年も共に過ごせば自然と情は湧くものだ。気にならない方がおかしいだろう。
(今までなら、聞けば何かしら答えてくださっていたのに、ここ数日はそれもないし)
ソフィアは頭を悩ませる。けれど、ふと、頭の片隅に別の考えが過ぎった。
(それとも、離縁を目前に控えたわたしとは、もう、“いい夫婦を演じる必要はない”ということなのかしら)
なるほど。だとすれば、レイモンドのそっけない態度にも納得がいく。
そもそもふたりは、契約を交わす際、離縁の理由について深く話し合うことはなかった。
決めたことと言えば、お互いに“浮気やギャンブルなどの欠格事由はない”ようにすること。また、"白い結婚"であることを理由に、円満離婚にする――ということだけ。
円満離婚の中には、当然、"性格の不一致"も含まれる。
つまりレイモンドは、離婚理由を"性格の不一致"に持っていくつもりでいるのかもしれない。
(とは言え、直接説明されたわけでもないし、何事も決めつけは良くないわ。やっぱり、一度ちゃん話し合わないといけないわね)
そんな風に考えていると、隣の席の夫人に声をかけられた。
「そう言えば、閣下がお戻りになったと聞きましたわ」
閣下とはレイモンドのことだ。
ソフィアは笑みを返す。
「ええ、四日前に」
「今度はいつまで首都におられる予定ですの?」
「一月ほどと聞いておりますわ」
「まあ、それは良かった! でしたら、ぜひ来週、お二人でうちにいらしてくださいな」
夫人は嬉しそうに続ける。
「芝居一座を呼んでおりますの。アマチュアなのですけれど、会場で寄付金を募って、それを孤児院に寄付しようかと考えていて」
その発言に、他の夫人たちは盛り上がった。
「まぁ、素敵。慈善事業ですのね」
「夫人は本当にお優しいわ」
「わたくしも是非寄付させていただきたいわ。ご招待いただけるかしら?」
「ええ、勿論ですわ。皆さま、ぜひいらしてください。――侯爵夫人も」
その言葉に、ソフィアは、
(近ごろの旦那様の様子では、断られるかもしれないわね)
と思ったが、笑みを崩さず当たり障りなく答える。
「夫に確認して、お返事させていただきますわね」




