やはり、この任務は断るべきだった
舞踏会から二日後の朝、レイモンドはエミリオと共に、とある港を訪れていた。首都から一日ほどの距離にある、国内最大級の交易港オルディナである。
ことの発端は、二日前の王宮舞踏会に遡る。
上官に呼び出されたレイモンドは、入港した帝国船に不審な積み荷があるとの報告を受け、その処理を命じられた。
その際、偶然その場に居合わせたエミリオも「共に任務にあたらせてほしい」と願い出て、二人は揃って港へ赴くことになったのだ。
――そして今、問題の船は港に繋がれていた。
該当の船は多くの兵士たちに囲まれ、甲板には開封された木箱が山のように積まれている。
香辛料、織物、陶器――帳簿に記された品々は一見すると何の問題も見当たらないが、それはあくまで表面上に過ぎなかった。
「大尉、こちらをご覧ください。香辛料の袋の中に、もう一つ袋が入っておりまして――」
部下に促され、レイモンドはエミリオと共に木箱の中を覗き込む。
香辛料の袋の中には、さらに別の袋が仕込まれていた。
「二重袋か。……中身は――火薬だな」
「はい。他の箱にも似たような仕掛けがありまして」
エミリオが織物の木箱を漁ると、布地の間から金属の光が覗いた。
「こっちは短銃の部品か」
さらに陶器の木箱を調べると、二重底になっており、その隙間には弾丸がぎっしりと詰め込まれている。
レイモンドの眉間に、深い皺が寄った。
「……これほどの量を、よく持ち込もうとしたものだ」
この国では、武器の輸出入は軍が厳しく管理している。いかなる法人と言えど、許可なく武器を取り扱うことは許されない。
――にも関わらず、やはり金になるからか、こうして密輸しようとする者が後を絶たないのが実情だ。
エミリオは手のひらで弾丸を転がし、口笛を鳴らした。
「これ、相当質がいいぞ。それにこの量。これだけあれば、一所領の私兵団を丸ごと武装させられる。領主が裏で抱え込めば、ちょっとした戦支度にもなりそうだ」
「感心している場合か。――船の責任者を連れてこい」
「はッ!」
部下が敬礼し、足早に甲板を離れていく。
やがて兵士に伴われて現れたのは、小太りで金の指輪をいくつもはめた成金男だった。
顔は青ざめ、額には脂汗が滲んでいる。
男はレイモンドを見るなり「ヒッ」と小さく悲鳴をあげて、必死に弁明しはじめた。
「お、お許しくださいませ! 私は何も知らなかったのです! ただ運べと言われたから運んだだけで……よもや積み荷にこのようなものが紛れ込んでいようとは!」
レイモンドは一歩前に進み出て、威圧感たっぷりに見下ろす。
「つまりお前は、中身を知らずに運んだだけだと言うのだな? 出航前に荷を検めるのは商売人の基本だが、それについてはどう説明する?」
「そ、それは……何せ急いでおりましたもので……」
しどろもどろに答える男を尻目に、レイモンドは部下から帳簿を受け取り、依頼主の名を指でなぞった。
「この荷の持ち主は“アルマ商会”か。帝国にも王国にも、このような名の商会は存在しない。商売人のお前が、それを知らなかったとは思えないが」
男は震える声で弁明を続ける。
「い、いや……確かに聞いたことのない名でしたが、そのような依頼は珍しくありませんし……破格の報酬でしたので、つい……」
おそらく嘘ではないのだろう。報酬に目が眩み、いいように使われる間抜けな人間はどんなところにもいる。
レイモンドは短く息を吐き、煩わしげに吐き捨てた。
「もういい。詳しい事情は軍部で聞く。――連れて行け」
「はッ!」
男は兵士に両脇を抱えられ、情けない声を上げながら甲板から連れ出されていった。
レイモンドはその背を冷ややかに見送り、苛立たしげに視線を積み荷へと戻す。
(小物が。余計な手間をかけさせやがって……)
密輸船が摘発されることは特段珍しいことではない。
取り扱いを禁止されている武器以外でも、希少性の高い金属や宝石、生物や特定の植物など、許可なく持ち込むことのできないものは山ほどある。
つまり、今日のようなことはレイモンドにとって日常業務の一環にすぎないのだが、問題は事務処理がやたらと煩雑で、報告書や押収品の管理に膨大な手間がかかることだった。
(この量の押収品……明後日までに軍港に着けるといいが。慣れない土地でソフィアをひとりにするわけにはいかないからな。――それに……)
レイモンドの脳裏に過ぎる、一昨日の夜の出来事。
ソフィアとイシュの関係が、気になって仕方ない。
(……今頃、彼女は何をしているだろうか)
ソフィアが無事目覚めたことは、屋敷の使用人が放った鷹便で把握していた。
だがその後のことまではわからない。
使用人には、問題が起きたら追って知らせろと命じてある。つまり何も連絡がないということは、特段問題はないということ。
だが自分がこうしている間にも、あの二人が逢瀬を重ねている可能性は捨てきれない。
そんな考えばかりが浮かび、レイモンドの心を苦しめていた。
(やはり、この任務は断るべきだった)
レイモンドが鋭く目を細めたところで、隣のエミリオがわざとらしく息を吐く。
「……お前さ、昨日からずっと機嫌悪いよな。今度は何があったんだ? 夫人と」
毎度のことながら言い当てられ、レイモンドはぴくりと眉を震わせた。
「俺はそんなにわかりやすいか?」
「ああ、わかりやすいね。ま、俺は嬉しいけどな。夫人と出会う前のお前は、人生諦めたような顔してたから。今の方がずっと人間らしくて、俺は好きだよ」
「――何だと?」
思わず声が低くなる。だがエミリオは気にも留めず、レイモンドを横目で流し見た。
「で? 結局何があったんだよ。ファーストダンスはいい雰囲気だったのに、結局あの後、お前も夫人も戻ってこなかったろ。俺、気になってたんだよね」
「…………」
いつになく真剣な声で問われ、レイモンドは沈黙した。
あの夜のことを他人に話していいものか。これを話すということは、自分の醜い嫉妬心を曝け出すことになる。
だが、最初にソフィアとヴァーレン商会の関係について助言をくれたのはエミリオだ。
つまり、エミリオには現況報告をする義務があるのではないか。
悩んだ末、レイモンドは口を開く。
「実はあの夜、王宮の庭園で――」
夏の海風が吹き抜ける甲板の上で、レイモンドは地平線の彼方を見やり――今の苦しい胸の内を吐き出した。




