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これぐらいしなければ、彼女は俺を意識しない


 一方その頃、レイモンドは司令部の執務室に到着したばかりだった。



(彼女との約束の時間は午後二時か。なるべく早く終わらせなければな)


 レイモンドは今日、ソフィアとチャリティーに参加する予定でいた。


 チャリティーへの参加を誘われたのは一週間前。ソフィアに契約の延長を申し出たが速攻で断られ、内心落ち込みつつも、部屋を出たそのすぐ後のこと。


 レイモンドが廊下に出たところ、ソフィアに再び呼び止められた。




「あの、旦那様! お伺いしたいことが」

「……何だ?」


 レイモンドが立ち止まると、ソフィアは酷く気まずそうな顔で言う。


「実は、昼間の夫人たちとのお茶会で、チャリティーに誘われましたの。ちょうど一週間後の午後なのですけれど」

「チャリティー?」

「ええ。お芝居を呼んで、孤児院への寄付金を募るそうなのですが……」


 正直、レイモンドは驚いた。

 先ほど、ソフィアは契約の延長を断ったばかり。それなのに、気まずくも、こうして昼間のことを報告してくれる真面目さに、胸が締め付けられた。


「君は行くのか?」


 尋ねると、ソフィアはこくりと頷く。


「はい。おひとりで参加される方も多いそうですから……」

「なら、俺も行く」


 レイモンドが即答したことに、ソフィアは驚いたのだろう。

 大きく目を見張り、「でも、お仕事ですよね?」と心配そうな顔をされた。


「一週間もあれば、午後に時間を空けることくらい可能だ。そもそも、大勢の男がいる場所に、君ひとりで行かせられるわけがない」

「……! で、ですが、夜会ではありませんし、そのような心配は……」

「言っておくが、君を信用していないわけじゃない。ただ、昼だろうと夜だろうと、君に不埒な視線を向ける男どもを放ってはおけないということだ。君は、とても美しいからな」

「……っ」



 ――そんなやり取りをして、出席を決めた午後のチャリティー。


 本当は一日休みを取るつもりで仕事を進めていたのだが、三日前、ソフィアの侍女のアリスが、「五日後の奥様のご予定が全部キャンセルになって、お休みをいただいたんです。一緒に街にでも行きませんか?」と別の侍女を誘っているのを聞き、あることを閃いた。


 そうだ、デートに誘おう、と。


 そのために、レイモンドは本来休みを取っていた今日の午前もこうして出勤し、少しでも執務を片付けようと仕事に取り掛かっているのである。




 だが、机に書類を広げ、ペンを取ってしばらくしたとき——ノックもそこそこに、エミリオが顔を覗かせた。



「エミリオ? ……何しに来た」


 エミリオは毎度のごとく、入室の許可を出す前に部屋の中に入ってくる。

 レイモンドは、じろりと見据えた。

 

「お前、いつか軍規違反で裁いてやるからな」

「まぁまぁ、そう言うなって。俺とお前の仲だろう?」

「フン。――で、一体何の用だ。俺は忙しい」


 苛立ちを込めて睨みつけるが、エミリオはそんな視線をものともせず、口元をにやりと緩める。


「忙しいって? そんなに急ぎの仕事なんて無かったはずだけど。そもそもお前、今日一日休みじゃなかったか? ナントカ夫人のチャリティーに参加するって言ってただろ? 無くなったのか?」


 エミリオの問いに、レイモンドは目を細めた。

 ――なるほど。つまりこいつは、俺の様子を探りにきたわけか。


 レイモンドは、「ブルックリン伯爵夫人だ」と訂正しつつも、不愛想に答える。


「チャリティーは午後だ。それまでには戻る。それに、休暇なら二日後に変更した」

「へぇ? 何でまた? 夫人関係か?」

「…………まぁ、そうだ」

 

 随分突っ込んでくるな、と思った。

 だが、自分とソフィアが契約結婚であることを知るのは、エミリオだけ。


 正直、こういった質問は大層煩わしいが、エミリオの第三者的な視点は、今のレイモンドにとって必要不可欠なものだ。あまり無下にはしたくない。



 エミリオは、「ふーん」と呟いて、部屋の中央のソファにドカッと腰を下ろす。


「ところでさ、お前、最近夫人にプレゼント攻撃してるんだって? 昨日なんて、宝石店の宝石を全部買い占めたらしいじゃないか。流石にやりすぎじゃないか?」


 その声に、レイモンドは視線を机上に落とす。インク壺の縁を、ペン先でそっとぬぐった。


「百も承知だ。だが、これぐらいしなければ、彼女は俺を意識しない。それに、もしここで引けば彼女はきっと気まずく思う。そうならないためには、滑稽なくらいがちょうどいい」


 ――そう。レイモンドがこの一週間、ソフィアに執拗なまで贈り物を送っていたのは、それが理由だった。

 ソフィアに自分を意識してもらうと同時に、ソフィアに気まずくさせない方法。それが、プレゼント攻撃だった。


 エミリオはその答えを聞き、片肘をソファの背にかけてしばし沈黙する。

 しかし、数秒して、ゆるりと顔を上げた。


「お前、本気なのか?」


 その声は、いつになく真剣で。

 ――レイモンドは、頷く。


「ああ」

「だが、夫人からはきっぱり断られてるんだろう? 延長はできないと」

「……そうだ」

「なのに、こんな手段で気を引こうなんて。お前らしくない」


 レイモンドはピクリと眉を震わせる。

 ――エミリオは続けた。


「そもそも、ちゃんと考えたことあるか? 夫人は、『白い結婚』こそが最高の条件だって言ったんだろ? それってさ、夫人には、お前と離縁した後の計画がちゃんとあるってことなんじゃないのか?」

「……どういう意味だ」


 レイモンドは大きく顔をしかめた。

 エミリオが何を言おうとしているのか、正直わからなかった。


 そんなレイモンドを、エミリオは真っすぐに見据え、唇を開く。


「だからさ、夫人には好きな男がいるんじゃないかって話だよ。その男と一緒になる計画があるから、報酬の増額を提案しても、受け入れなかったんじゃないのか?」

「――!」


 ペン先が、書類の上に黒い染みをつくる。

 言葉を失うレイモンドに、エミリオは続けた。


「お前が夫人を愛しているのは理解できる。友として、応援したいさ。でも、この状況だろ。夫人との関係について、もっとよく考えた方がいいんじゃないか?」


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