表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/41

第33話:バレンタインデーなんて……⑥

挿絵(By みてみん)

表紙:武頼庵(藤谷K介)さん


挿絵(By みてみん)

かぶちゃん(影山蕪太郎):コロンさん

 スーパーの一角に、やたら煌びやかな箱の置かれたスペースが作られている。


 そこは、自分にとって一生無縁な場所と思っていた。


 でも今は、その過美な空間へと、花にたかるハエやアリみたいに惹かれてしまう自分がいる。


 買い物かごを片手に掛けた影山蕪太郎(かげやまかぶたろう)は、憂鬱な目でバレンタインデーの特設コーナーを眺めた。



   *   *   *



 日曜の夜は買い出しに行く。

 月曜から次の日曜までの食材を買って、冷蔵庫に突っ込んでおく。


 蕪太郎は料理が得意ではない。

 家庭料理というものを食べたことがないし、よくわからないからだ。

 学校の情報室にあるパソコンを使って、いくつかレシピを印刷してみたけど、いまいちピンとこない。人が台所に立って料理をしているという風景は、どことなく現実感が希薄だった。まるでテレビの中の出来事みたいに。

 

 だから大体は、適当な野菜と肉を、適当に炒めて食べていた。たまには煮るし、たまには生で食べる。

 それが蕪太郎の食事だった。


 父親にはカップラーメンを買っておく。

 複数の味を買い貯めしておけば、概ね文句は言わない。ある時はカップうどんを食べているのだろうし、ある時はカップ焼きそばを食べてるのだろう。ゴミ捨て場のカラスの食生活くらい、どうでもいい。

 あと必要なのは酒だ。

 紙パックの焼酎を1本買っておけば、大抵は大人しくしてくれる。強力な精神安定剤を千円程度で手に入れられるのなら、安いものだ。


 重たくなった買い物かごを手に、蕪太郎はセルフレジに向かう。その途中で、バレンタインの特設コーナーに出くわした。


 蕪太郎は、少し離れたところから、横目でそれを眺めた。まるで、薄く開けたドアの隙間から、妖精達のパレードを盗み見るみたいに。


 小学生くらいの女の子が、母親に何やら話しかけながら、ピンク色の包装紙に包まれた小さな箱を手に取っている。

 あの中に、チョコレートが包まれているのだろうか。まるで宝石箱のようなそれは、蕪太郎が知っているお菓子コーナーに並べられたチョコ達とは、なんだか別物ように見えた。


 自分には関係ない。

 関係ないはずなのに、その女の子の照れた笑顔から目を離せない自分がいる。


 ()()()()()()、気になる子がいるんだろうな――


 途端に、ある同級生の顔が思い浮かび、蕪太郎は大袈裟に首を振った。

 そして、人通りの少ないペットフードコーナーに逃げ込んで、乱れた呼吸を整える。


 なんで勝手に出てきやがるんだよ、このスケコマシが!!


 蕪太郎は、頭の中に思い浮かんだ人物に対し、全力の罵詈雑言を浴びせかけた。普段は声が小さいと言われるが、頭の中では爆音の怒号が響き渡る。

 

 てゆうかてめー、最近は全然、会いにこねーじゃねーか!!

 どーせ、別の女でもコマしてんだろ!? てめーはスケコマシだからな!!

 まあ、あたしはどーでもいなけどな!!

 お前が来なくたって、全然――


 全然、気にしてなんてねーからな!


 クソが!!


 敷布団を丸めて作ったお手製のサンドバッグをぶっ叩くみたいに、蕪太郎は言葉の拳を連打する。

 やがて疲れ果て、オーバーヒートした脳みそから立ち上る蒸気で、頭の中はぼんやりと霞む。


 この、クソスケコマシ野郎が……


 かわいい猫ちゃんが表示されたキャットフードの包装を眺めながら、蕪太郎は北風みたいな長い長い息を吐いた。


 本当は気付いてる。

 自分がスケコマシに、何かを期待してしまっていた事に――


 多分、それは星だった。

 夜空に浮かんでいたはずなのに、気が付けば足元に転がり落ちていた、小さな小さな星だった。


 でも、安易に手を伸ばしてしまえば、指先はぐっしょりと汚れてしまうだろう。

 その星は所詮、濁った泥水に映る、ただの虚像でしかないのだから。


「バレンタインデーなんて……」


 囁いた言葉は、思いのほか重苦しく響いてしまった。


 蕪太郎は憂鬱な気持ちでお菓子コーナーに向かい、小さなブロック型のチョコを手にとる。


 お菓子なんていう嗜好品を買うことは、ほとんどない。


 でも、今日ぐらいは、いいだろう?


 自分だってたまには、甘い世界に浸りたいんだ。


 蕪太郎はカゴの中にそれを放り込んだ。小さな小さなその願いの塊は、カゴの中に重ねられた陰鬱な日常の隙間へと、転がり落ちていった。



   *   *   *


 

 休みが明けた。

 

 バレンタインデーは数日後に迫っている。


 阿部康平は、出来るだけ誰とも話さずに、机に突っ伏して寝たふりをしながら、決戦の時を待った。


 影山蕪太郎は、来ないと半ば諦めながらも、放課後の教室で阿部康平を待っていた。


 そして、バレンタインデー当日――

季節外れのバレンタインデー、始まります(`・ω・´)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ