第31話:バレンタインデーなんて……④
「え、何このカマキリ……?」
学習机の引き出しの中で鎌をもたげたリュウジを、靴下に開いた穴みたいな目で見る鉢山。
『何じゃねーよ! 俺はムシキングだよ!』
唐突で意味不明なリュウジの返答に、「え!? しゃべるんだけどこいつ!」と目を白黒させる。
ホント言うと、こういう面倒くさい顔合わせは極力避けたかったんだけど、背に腹は変えられない。
僕が寝ないで考えた作戦を決行するには、鉢山とリュウジ――この二人の助けが必要なのだから。
* * *
土曜の昼過ぎ、僕は鉢山を家に呼んだ。
二人で遊ぶ時は色んなゲームハードを持っている鉢山んちに行く方が多い。だから鉢山が僕の家に来るのは、小学校以来かもしれない。
自分の部屋に人を招き入れるのは、ちょっとだけ落ち着かない。その上、鉢山が神妙な顔をしているもんだから、余計に居心地が悪い……。
「ごめんよ康平……。俺が、410団に誘ったばっかりに……」
普段の元気は鳴りを顰め、公園の隅に生えたキノコみたいにジメッとした表情の鉢山。僕が呪いにかかってしまった事について、かなり責任を感じているようだった。
「いーよ、気にすんなよ。それよりも、どうやってこの呪いを解決するか、だろ?」
ベッドに座った僕は、座布団に正座している鉢山に笑いかける。
ちなみに非モテ四天王の呪いは、女性――つまり僕が恋愛対象と認識出来る相手にしか発動しないらし。だから鉢山に対しては普通を保てるし、お母さんや愛菜に対しても同様だ。とは言え家族の女性陣は、僕から漂う異様な非モテオーラを敏感に感じ取ってるっぽいけど。
「康平、お前、いいやつだな……。いや、なんつーか『いい漢』だ。ここ最近、なんだか逞しくなったと思ってたんだぜ? うん、俺はずーっと前から気付いてたんだ」
「そっか……ありがと」
この騒動が起きる前は『お前、変わっちまったな……』って嘆いてたくせに、調子のいいやつだ。でも、そんなお調子者の鉢山に戻ってくれた方が、こっちとしても安心する。
「しっかし、どうやったら呪いを解除出来るんだろうな」
「非モテ四天王に、ちゃんと成仏してもらえばいいと思うんだ」
「成仏って……どーすりゃいいんだ?」
「それについては、僕に一つ考えがあるんだ。でも、その前に、鉢山に会ってもらいたい人? がいるんだよね」
首を傾げる鉢山。
そして僕は、学習机の引き出しからリュウジを取り出して、鉢山の前のローテーブルに置いた。
「え、何このカマキリ……?」
『何じゃねーよ! 俺はムシキングだよ!』
「え!? しゃべるんだけどこいつ!」
「こいつについては、僕から説明するよ」
僕は手短にリュウジと知り合った経緯を説明した。
それを説明するにあたって、影山さんや松原さんとの関係も話す事になったけど、『僕が女性にモテているのでは?』って誤解を解く事にもなるし、仕方ないよね。あまりプライバシーに踏み込まない程度に、頭を捻りながら説明する。
「お前、そんなラノベの主人公みたいな事してたんだな……」
本当にね。
何も知らない友人にあらためて説明してみると、僕はいったい何をやってたんだ? って思う。自分で自分の記憶に半信半疑だ。
でも目の前に人語を解すカマキリがいるのは事実で、そうなると僕の記憶も真実なんだろう。
「それで、その『考え』ってのは?」
「それは――」
ベッドに座った僕は、1人と1匹の表情を見ながらゆっくりと言う。
「非モテ四天王に、女性からチョコをもらって成仏してもらう――名付けて『バレンタインで浮かばれたいんでー作戦』」
「え? バレンタインでバカ連隊?」
「いや、バレンタインで浮かばれたいんでー」
『バレたいんで羽化したいんで?』
「違う、バレンタインで浮かばれたいんでー」
やめてくれ。
調子に乗ってつけたネーミングだけど、何回も言い間違いを指摘してると、めちゃくちゃ恥ずかしくなってくる……。深夜と徹夜のテンションってコワい。
「まあ、作戦名はさておき、概要はこんな感じ……」
僕は無駄に熱ってしまった顔を手であおぎながら、作戦のあらましについて説明する。
ヒントはこの前の『十八街道の神隠し』事件だ。あの時、魔女の三浦ハナさんは『幽霊の未練に共感し、それを取り払ってあげれば、成仏させられる』みたいな事を言っていた。
だから僕は、あの非モテ四天王の中に渦巻くドス黒い未練と、その解消法について考えた。それはきっと、一度も女性から好意を向けられなかった、不完全燃焼の人生に対する未練だ。
だったら形式的にでも、その未練を解消してあげれば、成仏してくれるかもしれない。
つまり、女の子の幽霊をスカウトして、非モテ四天王にバレンタインチョコを渡し……積年の未練を解消させる!!
そしたらきっと、成仏してくれるに違いない!
「鉢山には、宮本先輩たちに頼んで、もう一度非モテ四天王を呼び出してもらいたい」
「お、おう」
「そんでリュウジは、街中の幽霊から『いい感じの女の霊』を見繕う手伝いをしてほしい」
残念ながら、僕も鉢山も幽霊が見えない。僕の身近で幽霊を見れるのは、自分自身が悪霊の成れの果てであるリュウジだけだ。
『めんどくせーなぁ。もちろん、学研の「発見! カマキリの不思議!」ってエロ本、買ってくれるんだよな?』
「ああ、当然さ」
以前ネットで見つけて、こんな時のためにとリュウジに布教していたカマキリ本だ。立ち読みページを見るに限り、僕にはすごく詳しく書かれたカマキリの図鑑にしか見えなかったけど、リュウジは『うわ、え? マジでこんなところまで無修正で? やべーだろこれ、うわー……』って見入っていた。カマキリにはこの図鑑がどう見えているのだろうか?
「やってくれるな?」
僕の言葉に、1人と1匹が頷く。
『でもなぁ、俺、ニンゲンのオスとメスの区別が微妙なんだよな』
「ええ、そうなの?」
それはちょっと、いや、だいぶ不安だ。早くも雲行きが怪しい。
『だっておめーら、生殖器を服で隠しちゃってるだろ? そりゃ、あのニコリってやつくらい、胸んとこが強調されてりゃわかるけど……。姐さんみたいな感じだと、正直オスかメスか判断に迷う』
姐さんってのは影山さんの事だ。リュウジ、その言葉は影山さん本人の前で言わない方がいいぞ……。
「うーん、僕たちは霊が見えないから、それが男か女かなんて確認しようがないしなぁ……」
「せめて俺が、女子に逆ナンされるほどのイケメンだったら、男に飢えた女の子の霊が向こうから寄ってきてくれるのにな!! 俺、幽霊でもいいからモテてぇよ!」
鉢山、お前のモテたい気持ちはわかった。でも……本当にそれでいいのか?
『じゃあ、俺がフェロモンむんむんのニンゲンの姿になって、メスを引き寄せてみるか?』
「え?」
僕はリュウジを見る。
なんか変な事を言ったような気がするけど、よく聞き取れなかった。
「どゆこと?」
『霊体なら、おめーらニンゲンの姿になてやってもいいって事だよ。疲れるから、あんましやりたくねーけど』
「え……そんな事できんの?」
『俺はムシキングだからな。下等生物の真似事なんて造作もねーよ。ほら――』
カマキリの身体が水蒸気みたいに分解され、浮き上がって、ぼんやりと人の形を成していく。それは徐々にはっきりと、顔のパーツ一つ一つが縁取られていく。
『どうよ』
「え、マジかよ……」
そこにはイケメンの男幽霊が立っていた。髪は茶髪でツンツンしてるし、ちょっとワルって雰囲気があるけど、それがむしろ女ウケしそう。そんで、身近にいたらなんかイライラしそうなくらい、嫌味なほど顔立ちが整っている。
『俺の身体はよぉー、霊体を圧縮して、使い慣れたカマキリの実体をもたせてんだ。それを分解してやりゃ、好きな形に変える事ができんの。なんか気色わりーけど、ニンゲンの真似事だってヨユーよ』驚愕する僕たちの視線を受けて、ご満悦のリュウジ。『まあ、質量的な問題で、実体をもたせるまでにはいかねーがな。俺の霊体の大半は、姐さんに成仏させられちまったから――』
口の端を上げて笑う。
そんな仕草一つとっても、めっちゃ決まっている。なんなんだよもう、ニンゲン的な魅力がカマキリに負けるだなんて、悲しすぎるだろ。
「でも、これなら――」
これなら、ある意味、女の子ホイホイだ。寄ってくる女幽霊に片っ端から交渉していけば、きっと目当ての女性を集められるはずだ。
光明が目てきた気がする!
「よし、ピースは揃った! この勢いで街に繰り出そう!」
「おうよ! ナンパってやつだな!!」
そう、ナンパってやつだ。
初めてナンパする相手が幽霊ってのは、僕の人生に暗い影を落としそうだけど……まあいいや!




