第30話:バレンタインデーなんて……③
サイアクだよ……。
非モテ四天王に呪われてしまった翌日、僕は教室で女子達から凍てつく視線を浴びていた。
『今日の阿部くん、なんか違くない……?』
『なんかキモいオーラ出てるし、言動だって……』
『わたし、生理的にムリぃ……』
聞こえてないと思ってるんだろうけど、バッチリと聞こえてくる女子達のヒソヒソ話。
わかってる……。僕だってもわかってるよ、今の自分がやたらキモいって事。でも勝手に滲み出てしまうんだ、このキモキモオーラは……。
「あ、あの、阿部くん……?」
そんな状態だから、出来るだけ誰とも関わらないよう机に突っ伏していたのに……、クラス委員の森田さんが怯えた声を掛けてきた。
「作文の課題、今日までだから……その、私、集めて先生に持って行かなきゃだから……」
その目は僕を見ていない。必死に僕という存在を視界から外そうとしている。
でも、それもしょうがない。僕の今日1日の言動を見れば、そうなっちゃうのも仕方ない。
「ぐふふ……ちゃんと持ってきたでござるよ、森田殿」
あああ……やっぱり出た。
僕にかけられた『非モテ四天王』の呪い。今度は、落武者ヘアーのオタク系オーラが出てきやがった。
「森田殿は本当に優しいでござるね。まるで『悪役令嬢ピリキュア』のキュアエレガンスみたいでござるね。ちなみに拙者は、キュアキュート推しでござるが……はっ! これは失敬失敬! エレガンスを前にして飛んだ失言でござったな! 敬礼! 森田殿に向かって敬礼! でもエレガンスだって素敵なことは、もちろん拙者も知ってるでござるよ。特に第34話で、悪の組織『ダークテンセイジャー』の刺客、テンセートラックに子猫が轢き殺されそうになった時、エレガンス殿はその身を犠牲に子猫を……子猫を……うおおおおぉぉおおおおうぅぅ! エモいでござる! エモいでござる! エレガンス殿の献身の心に、拙者感涙を禁じ得ない……! で、何お話しでござったっけ? キュアエレガンスエレガンス、いや、森田殿?」
めっちゃ早口で捲し立ててしまった。
僕は何を言っているんだ? そりゃたしかに森田さんは妹が観てたピリキュアのキャラクターに似てる。髪型とか、仕草とかさ。でもいつもの僕なら、こんな怒涛のキモ台詞を投げつけたりしない!
でも口が勝手に、ゲロみたいな言葉を吐き出してしまう……。
「あ、阿部くん……ほんと、どうしたの? な、なにか、悩みとかあるなら、その、あの、先生に相談した方が……」
うあああ、めちゃくちゃ怯えてる。ごめんよ、森田さん。でも僕にはどうする事も出来なくて……。
「いつもどおりだよぉ、森田ちゃあん」
ああ、このネットリした話し方! 今度はノンデリの非モテかよ……。
「ところで、森田ちゃんの今日のブラ、ちょっと窮屈そう……。制服の上からでもわかるよ。また成長しちゃったかな( ^ω^ ) ? たわわなお胸が、はみだしちゃってるんじゃない? 身体もお胸も成長期なんだから、お母さんに言っておっきなサイズを買ってもらわないとね!」
「ひ、ひいいいいい……」
あああ! 森田さん完全に腰を抜かしてる!
そりゃ森田さんの胸が大きい事は、男子の間じゃ有名だし、正直気になっちゃうけど……だからってそれを本人に直接ぶつけたりなんて、普段の僕なら絶対にしない! デリカシーってもんがないのか? 今の僕は!!
「おい阿部!」
ついに痺れを切らした森田さんの親友――西川さんが僕に詰め寄る。
「お前、サオリになんて事言ってんだよ!? 気持ち悪りぃにも程があるぞ!? どうしちまったんだ? 阿部って、そんなやつじゃなかったろ?」
「それは……」
非モテ四天王の呪いで――なんて言ったって、誰が信じくれるんだよ。ああ、ほんと自分が嫌になる。
「それは……僕がクズだって事だよね? 死んだ方法がいい、どうしようもないゴミ人間だって事だよね?」
「いや、そこまでは言ってねーけど……」
「いいや、僕にはわかるんだ。森田さんも、西川さんも、僕には生きる価値なんてないって思ってるんでしょ? いやほんとは、世界中の人がそう思ってるんだよね? ごめんなさい。僕みたいなウンコがこの世にひり出されてしまって、本当にごめんなさい。どうすればいい? そこのベランダから飛び降りればいい? そうしたら西川さんも森田さんも、満足ですよね。わかりました。二人のために、僕は飛び降ります。よかったね、二人とも」
西川さんの顔が引き攣る。
今度はネガティブの非モテだ。クラス中の視線が痛い。だって僕だってムカつくもん、こんな僕……。
「あ……あ……」
どうしようもなくなって、僕は俯いた。
今度は『あ……あ……』しか言えない、コミュ障の非モテが発現してやがる。
後頭部と側頭部に女子の全員の敵意が突き刺さった。
そして森田さんの啜り泣く声。
昨日呪われてからずっと、こんな調子……。
僕の中に湧いた一瞬の感情を呼び水にして、普段は口が裂けても言わないようなキモ発言が勝手に飛び出してくる。
オタク、ノンデリ、ネガティブ、コミュ障。
非モテ四天王が司る、4つの非モテ要素らしい。
確かに、女子には好かれにくい特性だ。その上、僕を呪ってるのはモテないことにおいては最強の『非モテ四天王』。女子からの好感度の破壊力はハンパない。
昨日の夜、妹の愛菜に「今日のおにい、なんかすごくキモい……」って言われてから、密かにこの事態を恐れていたけど、やっぱり放っておくわけにはいかないよね……。
魔女の三浦ハナさんに相談しようか?
でも三浦さんはブラック企業で働いてて死ぬほど忙しいだろうから、影山さんや『ツキヒ』の事以外で三浦さんに頼るのは申し訳ないような気がした。
じゃあ、影山さんにやっつけてもらう?
いや、それは絶対にダメだ。
影山さんに頼るってことは、この呪われた状態で影山さんに会わなきゃいけないって事だ。そしたら今の僕はキモ発言で影山さんを傷つけてしまうだろう。そして……影山さんに『キモい』って本気で嫌われてしまう。
そんなの、死んでも嫌だ。
せっかく仲良くなれたのに……。
やっぱり、絶対に影山さんには知られたくない。
そうなると一人で戦うしかない。
僕が一人で、非モテ四天王を退治するしか――
* * *
その日の放課後。
「かぶちゃん! 久しぶりー!」
影山蕪太郎が一人居残っている2年8組の教室に、松原ニコリが顔を出した。
「なんかね、バスケ部とバレー部のサポートメンバーと、美術部のモデル? の相談が同時に来ちゃってね、ここ最近めっちゃ忙しかったの」
「ふうん、お疲れ……」
「うん疲れたー」
しゃがみ込んだニコリは、蕪太郎の机に両手を乗せてグッタリと項垂れる。
「でもねでもね、すっごくいい話聞いたの。スーパーで売ってる『黒い牡丹雪』ってチョコがめっちゃ美味しいんだって! ほら、バレンタインデーが近いから、いろんな新商品が出てるの」
「そりゃ……よかったな……」
「バレンタインデーの時、かぶちゃんにプレゼントするね」
「いらねーよ……施しなんか……」
「施しじゃないよー! 友チョコって言うんだよ、こういうの! かぶちゃんひどーい」
ニコリは頬を膨らませる。
「そ、そうなのか……わりぃ……」
「ううん! いいのいいの」
そう言って、ニコリはケラケラと笑った。自分には出来ない笑顔だな、って蕪太郎は思う。こんな笑い方が出来れば、自分はもっとスケコマシと仲良くなれるのかな? なんて事を考える。
「かぶちゃんはさー、阿部くんにチョコあげるの?」
「はあ!?」
心を読まれたかのような発言に、蕪太郎は動揺してしまう。
「いや、あげねーし……」
「なんで?」
「あたしからもらったって……嬉しくねーから……」
「えー? そんな事ないと思うけどなぁ」
含みを持たせた笑みを浮かべ、ニコリは蕪太郎の目を見た。
気まずさなのか、恥ずかしさなのか……よくわからない感情がもたげて、蕪太郎は目を逸らす。ニコリはそんな蕪太郎を見て、なにか納得したように小さく頷いた。
そして、それ以上何も言わなかった。
自分の感情が理解できず、戸惑う蕪太郎にとって、ニコリのその無言は優しかった。
「それじゃ、私はそろそろ帰るね。コンビニでマンガ買って、今日はいっぱい読むんだー!」
「宿題も、ちゃんとやれよ……」
「はーい。かぶちゃんも、一緒に帰ろ?」
「いや、あたしは……」蕪太郎はニコリから目を逸らしたまま、言い淀む。
「うん? どしたの?」
「あたしは、もう少しここにいる」
「うん、そうだねー」
ニコリは再び頷く。そして「またねー」と大きく手を振って帰って行った。
残された蕪太郎は、手のひらにじんわり汗をかいていることに気付く。
あたしが、スケコマシに、チョコを……?
そんなの、お互いに迷惑じゃねーか。あたしにチョコなんかもらったら、きっとみんなに揶揄われるに違いないんだ。そんなの、嫌がらせだろ?
じゃあ放課後、この場所で、バレないように渡せば……?
いや、あたしみたいな『陰気臭い女』にバレンタインチョコなんて貰ったら、スケコマシだって困るかもしれない。それに、あいつ、甘いのが苦手かもしれない。あいつの口から聞くお菓子の話なんて、スナック菓子がほとんどだから。
うん、きっと甘いのが苦手なんだ。
やめておこう。
そんな事を考え、一人で諦める。
でも――
聞いてみてもいいのかもしれない。甘いのが好きか、嫌いか、次にこの場所で会った時に。
会話はいつだってスケコマシが切り出していて、自分はそれに反応しているだけ。それはきっと平等なコミュニケーションじゃないし、そんなんじゃきっと……嫌われてしまう。
よし、もっと積極的に行こう! そう意気込んで、蕪太郎は小さくガッツポーズをした。
こっちからもスケコマシに話題を振る。
そして、あわよくば……
チョコ、欲しいか? って――
想像して、蕪太郎は顔を赤らめた。こんな顔をスケコマシに見られたら、動揺して弱々になった自分はきっとコマされてしまう。
片手で頬を仰ぎながら、蕪太郎は窓の外を見た。
今日も、来ないのかな――
落胆の色を滲ませながらも、蕪太郎はノートの隅に、次の会った時の会話のネタを書き連ねる。
非モテ四天王の『非モテ』部分を『容姿』で表現すると、阿部くんの容姿が変わったことになるし、昨今のルッキズム的問題からもとてもセンシティブな内容に触れることになるため……内面的な『非モテ』要素を抽出しました。その結果、すごくキモいものが生まれました:(;゛゜'ω゜'):
ちなみに幕田は『ネガティブ』部分にかなり共感というか、中学代は似たような暴走をしてた気がします。
うーん、こりゃモテない。




