第28話:バレンタインデーなんて……①
学生時代に、クラスの女子からチョコをもらう。
それは金も立場も関係なく、ありのままの自分が受け入れられる瞬間――いわば魂と魂の抱擁だ。
大人になり、どんなに魅力的な女と交わろうが、どんなに美人な女と添い遂げようが……。
学生時代にチョコをもらっていない――その一点においては、生涯通しての『負け組』なのである。
* * *
冬休みも終わり、何事もない日々が過ぎていく。
影山さんと『ツキヒ』の関係について、なにかしらヤバイ事態が発生するんじゃないかってビクビクしてたけど、別になんも起きないまま、気付けば半月が過ぎていた。
最近は、放課後に影山さんのところへ行くのが日課になっている。
以前は松原さんに引っ張られて、オロオロ着いて行くだけだったけど(だって違うクラスの女子に会いに行くのって、なんか恥ずかしいじゃん!)、最近は『読んでる小説の感想を言い合う約束』っていう大義名分のおかげで、気兼ねなく会いに行けてるって感じ。
それなのに影山さん、最近は課題の小説を読むのが疎かになってるみたいだ。『忘れた』とか『別の気になる本があって』と言かって、全然本を読み進めようとしてくれない。
なんで?
それとなく聞いてみたら、真っ赤な顔で俯いて『うっせーよ……あたしにも、都合ってもんがあんだよ……』ってい言われちゃった。
なんなんだよもう……。
僕はもう少しで読み終わるのに、影山さんが読み進めてくれないからネタバレになっちゃうし、感想も保留状態だ。だから、最近はたわいもない会話で終わる事がけっこう多い。
まあ、それはそれで嬉しいんだけどさ。
そう言えば、最近の影山さんはよく笑うようになったと思う。笑うって言っても、俯いた状態で口だけニヤニヤする、でっかい壺を混ぜ混ぜしている魔女みたいな笑い顔だけど……、とにかく僕との会話を楽しんでくれてるんなら、それでいいんだ。
そんなわけで、最近の僕はボチボチ幸せだ。
気になる事と言ったら、もうすぐ始まる期末テストと、一週間後のバレンタインデーくらい――
* * *
放課後。
今日も影山さんのところに行こうと席を立つと、隣のクラスにいる幼馴染の鉢山が飛んできた。
誤解があるかもしれないけど、僕にだってちゃんと男友達はいる! その中でも特に仲が良いのが、小学校からの友達である、この鉢山だ。
でも、この坊主頭の黒縁メガネは、中学でバスケ部に入ってからかなり忙しいみたい。運動音痴なのにバスケ部へ入部した理由が『モテたいから!』って不純なものなんだけど、そんな原動力でここまで続けてきたんだからすごい。その努力は賞賛に値する。
ちなみに僕は科学部。週に一回理科室に集まって言われた通りの実験やるっていう、とってもホワイトな部活だ。
「康平! お前に朗報を持ってきたぞ!」
僕の机の隣を陣取った鉢山が、やいのやいの騒ぎ立てる。なんだなんだ? 騒々しいな。
「ほら、もうすぐバレンタインデーだろ!?」
「うん」
「お前、どうせチョコもらえないだろ? 服部さんにフラれてたしな」
「お、おう」
やたら癪に障る言い方けど、間違いじゃないから何も言い返せない……。
「ならさ、一緒にバレンタインデーをぶっ潰そうぜ!?」
「はい?」
「どうせ俺たちはチョコなんてもらえないんだから、バレンタインデーなんてぶっ潰そうぜ!」
前言撤回。
脇目も振らずバスケに打ち込んでると思ってたのに、しっかりと非モテを拗らせてやがった。
「いや、いいよ。勝手にやれよ」
「なんだよその態度は! 昔のお前はそんなやわ坊じゃなかったはずだぞ? あ、わかった! 付き合ってる時に服部さんとヤってたんだな!? それが経験者の貫禄ってやつなんだなちくしょう!」
「いや違うよ……」
放課後で人が少ないとはいえ、公衆の面前でやったとかやってないとか叫ばないでくれ。
「そーいやお前、最近ニコリさんとちょくちょく一緒にいるよな……? 学園のアイドルで、鼻をかんだティッシュが高値で取引されてるっていう、あの松原ニコリさんと!」
え、高値で取引されてるの? 流石にそれはひくわ――
「さらに、八組の影山さんとも放課後イチャイチャしてるじゃねーか! 影山さん、なんか暗くて恐いけど、前髪上げると顔はかわいいって事、俺は理解ってるんだぞ!?」
なぬ? 影山さんが『実はかわいい』って事に気づいているとは……。さすが鉢山、やはり女子に対する造詣が深い……。
「お前、アレだよな? 最近、女に囲まれて調子こいるんだよな? 昔は『ゲームにしか興味ない』ってツラしてたのに、変わっちまったな」
「そうかなぁ」
確かに、最近は色々とあってゲームどころじゃない。お年玉で買ったゲームだってまだ机の隅に積んである。
「ほんとはバカにしてんだろ? バスケ部に入ってさえ、女友達一人できない俺の事を……」
「いや、そんな事ないよ。僕だって別に、影山さんや松原さんとそこまで親しいわけじゃ――」
「嘘だ! バレンタインチョコが約束されてるから、そんなに余裕ぶっこいてるんだ!」
「ちがうちがう。僕だってチョコもらえないと思うよ?」
うん、もらえるわけない。
最近は服部さんっていう(偽りの)彼女が(一瞬だけ)出来たり、学校のアイドルである松原ニコリさんと仲良くなったり、影山さんと……なんかこう、ちょっとだけ近づけたような気になったりしてるけど、本来の僕は、モテとは程遠い人間なんだよ。
勉強だってパッとしないし、運動だって普通だ。おまけに科学部。女の子に注目してもらえるシーンなんて皆無じゃん。
だから女の子からチョコなんてもらった事ないし、今後ももらえるなんて思っちゃいない。バレンタインを意識してソワソワするモテ男子の様子を見てると、なんか憂鬱な気持ちになってくる。
「まぁ、僕だってバレンタインは憂鬱だよ」
「憂鬱……だと?」
「うん。どうせもらえないのに、もらえるんじゃないかって期待しちゃう自分に、モヤモヤするっていうか……」
「だったら――」萎んでた鉢山の声が、メントスコーラみたいにぶち上がる「だったら、やっぱり一緒にバレンタインぶっ潰そうぜ!!」
「ええ……」しまった、また言い出したよ。「てかさ、ぶっ潰すって、どうすんのさ?」
「実は、バスケ部の先輩からすげー噂を聞いたんだ。バレンタインが近づくと、同じ学年の非モテが第二理科室に集まって、バレンタインデーをぶっ潰すために、怪しげな儀式をやってるって」
第二理科室と言えば、三階の隅っこにある空き教室だ。昔マンモス校だった頃の名残というか。今じゃ少子化で使う機会もなくて、物置みたいになってるって聞いた事がある。
「え、お前まさか」
「ああ、それに参加しようと思う」
曇り一つない清らかな瞳だ。やろうとしてる事はどす黒いけど……。
面倒くさいから放っといても良かったけど、そんな怪しい場所へ鉢山一人で向かわせるのもちょっと心配だ。きっと今以上に非モテを拗らせてて帰ってくるにい違いない。単なる風邪のお熱が、肺炎とかまで悪化しちゃったら始末に負えないじゃないか……。
「わかった。僕も行くよ」
ため息混じりに僕は言う。
「理解ってくれたか。ありがとう、我が親友」」
いや、理解ってはいないけどな……。
「行こう」
「行こう」
そういう事になった。




