第25話:そういや僕、影山さんの事、何も知らない
あれからすぐ、冬休みが始まった。
十八街道に閉じ込められた一晩(松原さんに至っては二晩!)は、表向きは親に内緒で外出してた事になる。想像はしていたけれど、やっぱりかなりヤバい事になっていた。
具体的にいうと、警察沙汰になっていた。
しれっと「ただいまー」とか言いながら家に入った僕は、寝ないで僕の帰りを待っていた両親に、今までにないほどめちゃくちゃ怒られた。お母さんには泣かれたし、お父さんには怒鳴られた。
本当に、すみません……。
そりゃ当然、どこに行っていたのかしつこく聞かれた。でも疲労しきった頭で上手いアリバイ工作が思いつく訳もないく、そもそも僕は嘘が下手くそだ。
だから、3人で口裏を合わせておいた。
もう――事実をありのまま話そう、って。
『信じてもらえないかもしれないけどさ、十八街道の神隠しにあって――』
神隠しの噂は大人の間でも広まっていたものの、両親は眉を顰める。普通に考えれば取って付けたような言い訳だ。
だけど僕は今まで両親に嘘をついた事なんてないし、そこそこいい子にしていたと思う。そんな僕が真剣な顔で『真実』を語るわけだから、大人2人は半信半疑といった様子だった。
事態が急変したのはその3日後。
十八街道で、行方不明になっていた人達の遺体が次々と発見されたんだ。
あのお父さん霊が作り出していた空間が消えた事で、異次元に取り残されていた人達の身体も、この次元に戻って来れたみたい。
単なる噂でしかなかった『十八街道の神隠し』は、途端に現実味を帯びる。
そんなわけで僕たち3人は『実際に神隠しにあった子供達?』って、町内で注目を浴びることになる。まあ、実際のところ「嘘かホントかわかんないけど……」って感じなんだろうけどさ。
そんなこんなで、身の回りがちょっとだけ騒がしくなりつつも、念願の冬休みが始まったって感じです。
* * *
クリスマスプレゼントでそこそこのお小遣いをゲットした僕は、中古のゲームでも買いに行こうかと、近所のリサイクルショップに来ていた。
古本のコーナーと、中古ゲームのコーナーと、家具や洋服のコーナーに分かれていて、休みの日になるとけっこう人が集まってくる。
立ち読みで時間を潰している悲しいおじさん達を横目で見ながら、僕は中古ゲームコーナーで一世代前のハードのゲームソフトを3つほど手に取る。これで2000円なんて、最高じゃん。
会計を済ませて、ホクホクな気分で店を出ようとする。もう一度古本コーナーの前を通った時、感じ慣れた『陰気』に気付いて足を止める。
あれ? 影山さんじゃね?
太ったおっさんと、白髪のお爺さんに挟まれて、影山さんが手元の文庫本をペラペラと捲っていた。休みなのに、制服を着ている。
どうしよう……。
僕は迷った。
影山さんに会うのが嫌だとかじゃない。でも、なんか気まずいじゃん? 学校以外で同じ学校の女子に会うの……。
スルーして通り過ぎようと思ったけど、思い直して足を止める。
そういや僕、影山さんの事、何も知らないんだよな。
十八街道の神隠し事件の後、影山さんは少し塞ぎ込んでいるように感じた。まあ、普段から無口なのは変わらないし、なんて言葉で表現すればいいのかわかんないけど……表情の所々に、なんだか重たいものを感じ取ってしまったんだ。
僕は何も知らない。
影山さんが何に怒って、何に悲しんで、何に喜ぶのか。
なんで影山さんが、あの『ツキヒ』ってやつにあそこまで怒って、お父さん幽霊の消滅をあそこまで悲しんだのか。
影山さんの事を、もっと知りたい――
ゆっくりと影山さんがいるコーナーへ向かう。小さいサイズの小説が大量に置かれていて、その文字の氾濫に眩暈がしそうだ。
その中から一つを選び取り、真剣な顔で文字を追ってる影山さんの横顔は、なんだか大人びていてカッコ良く感じた。
何を読んでるんだろう?
声をかけてもいいのかな?
次の一手が決めきれなくて、白髪のおじいさんの後ろで本を探しているふりをする。
本は作者名であいうえお順に並んでるらしく、このコーナーは全て100円らしい。あ、変な名前の作者さん……。けっこうどうでもいい情報だけが、頭の中に流れ込んできて困る。
どうしよう……。
もう一度、影山さんの方を見る。
目があった。
前髪に隠れた大きな目と、目があった
「は……? スケコマシ……?」
「や、やあ、影山さん」
「なんで、ここに……?」
「ゲームを買いに来て、ついでに小説でも立ち読みしようかな……って思ってさ」
少しだけ嘘をついた。
「小説……読むのかよ……」
「あ、うん、まあ。影山さんは、何読んでたの?」
僕がそう尋ねると、影山さんは顔を真っ赤にさせた。「なんでもいいだろ、クソが……」そう吐き捨てる影山さんの声が、古本屋の騒がしいBGMにかき消される。
影山さんの目の前、本棚に本一冊分の隙間があった。同じタイトルに挟まれているところを見ると、影山さんが手にしているのも、このタイトルなんだろう。
『雪の花が咲く季節にあなたを想う』
タイトルからすると、恋愛小説みたいだった。僕は影山さんの肩越しに手を伸ばし、その小説を手に取る。
「あ! これ、面白そうだね」
本棚の隙間が二冊分になって、支えを失った隣の本がコテンって倒れた。
「あ……」
影山さんは俯く。
裏表紙を見ると、あらすじが書いてある。高校生同士の恋愛小説みたいだった。
影山さん、難しい本しか読まないと思ってたけど、こういう小説も読むんだ――
影山さんの事をひとつ知れた。僕はなんだか嬉しいような、申し訳ないような、妙なキモチになる。
「えと……へぇ、やっぱ面白そうだ。僕、これ買ってこ。影山さんも、買う?」
気恥ずかしさが漏れていないだろうか。
俯く影山さんには、僕のこのなんとも言えない表情は、きっと見えないだろう。それだけが救いだった。
影山さんは更に深く頭を下げた。
頷いた、みたいだった。
そう、僕は影山さんの事を何も知らない。
この小説を読んだ彼女が、どこに怒って、どこに悲しんで、どこに喜ぶのか。
「じ、じゃあさ――」
なんか、図々しいかも知れない。キモいと思われるかも知れない。また『調子乗んなよスケコマシ……』って蔑まれるかも知れない。
でも、知りたい気持ちを、僕は抑えられない。
「この小説、読んでさ、感想を言い合おうよ」
「……は?」
「冬休み中に読んでさ、3学期が始まったら、どこが面白かったかとか、どこが悲しかったとか、そういうことを――いっぱいしゃべろうよ」
「あたしとしゃべっても……つまんねーだろ……」
「そんな事ない」僕は首を大きく横に振った。「僕は影山さんに知ってもらいたいし、影山さんの事も――知りたい」
「……なんだよそれ……」
「約束だよ」
「……気が向いたらな……」
影山さんは小声でそう言って、足早ににレジへと歩いて行った。その手には、僕が持つのと同じ小説がしっかりと握られている。
少しだけ、影山さんを知れるだろうか。
もっと、彼女に寄り添える自分になれるだろうか。
そんな事を考えながら小説の表紙に目を落とす。
淡い色彩で描かれた背中合わせの男女。
でもその手は、しっかりと握られている。




